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INTERVIEW

トップインタビューニューロティカ×LOW IQ 01 & THE RHYTHM MAKERS - 新宿ロフト出演回数最多バンドによる渾身企画第6弾は、昭和のプロレスを彷彿とさせる闘魂の異種格闘技戦!?

新宿ロフト出演回数最多バンドによる渾身企画第6弾は、昭和のプロレスを彷彿とさせる闘魂の異種格闘技戦!?

2023.04.18

アツシは“ポンコツ先輩”、NAOKIは“格好いい先輩”

──あっちゃんはイチさんの音楽をどう捉えていたんですか。

アツシ:SAのNAOKIがタワレコでやってた配信番組(『BARボイラールーム』)で市川くんと共演したときに、CDをいただきまして。それがまあオシャレと言いますか…こういう音楽もちゃんと勉強して聴かなきゃいけないということで、家のお菓子屋でもラジカセで聴いてましたよ。お客さんが来たときにそういうオシャレな音楽を聴いていると自慢もできますから(笑)。午前中は医者帰りのお爺さん、お婆さんが多いから別の音楽を流してましたけど、午後の若い人が来る時間帯はずっと市川くんのCDをかけてました。

01:まあ、僕自身は自分の音楽を1mmもオシャレとは思わずにやっているんですけど(笑)。そのNAOKIくんの配信番組のことはよく覚えています。NAOKIくんとちゃんと話したのはそれが初めてで、一緒に「FALLIN' FALLIN' INTO YOUR HEART」をセッションでやったりして。1組目のゲストがあっちゃんとナボさんで、あっちゃんに「ポンコツ先輩、今日はよろしくお願いします!」って挨拶したら大笑いされて。

アツシ:僕が「ポンコツ先輩」、NAOKIが「格好いい先輩」って呼ばれてね(笑)。

01:そうそう。NAOKIくんは「ずっとスタイルも変わらず格好いい先輩」(笑)。そんな軽口を叩いてもあっちゃんが優しいのは百も承知だし、僕はただ甘えさせてもらっているというか。「これ以上言っちゃまずいな」とか、そのへんの嗅覚は心得ていますから(笑)。

アツシ:相手の懐に入るのが上手いね。オヤジ殺しだ(笑)。年上のバンドマンだと誰と仲がいいの?

01:仲良くさせてもらっている人たちはたくさんいますけど、その中でも特に仲が良いのは自分より4つくらい上の人たちですかね。渡辺俊美くんとか、佐藤タイジくんとか。もちろんNAOKIくんも。

アツシ:違う世代から刺激をもらえることって多いよね。僕もナボちゃん、カタルと一緒にやって以降、POTSHOTやGELUGUGU、ロリータ18号や氣志團といった下の世代のバンドからいっぱい刺激をもらえたから。

──ニューロティカのメジャー・デビュー時のメンバーがごっそり抜けたのが1995年で、それと入れ替わるようにイチさんのSUPER STUPIDが頭角を現してきた印象があるんです。MURPHY'S LAWの来日ツアーでSUPER STUPIDがシェルターに出演したのが確か1995年6月だったと思いますし。

01:80年代末期のバンドブームがひと段落して、90年代に入るとクラブシーンが活気づくんですよね。ライブハウスも冬の時代と言われて、ミクスチャーやラウドロックが世界的に主流になってきたのがその90年代半ばの交差点だったのかなと。僕らも当時はお客さんが10人しか入らない中でライブをやっていて、それならそれで自分たちが本当にやりたいこと、好きなことだけをやっていこうと思って。事務所に所属していたわけじゃないからノウハウも知らないし、ライブをやるにもツアーを組むにも自分たちで手探りでやっていくしかなかった。対バンをして仲良くなって、コンタクトを取り合って。そうして90年代の初頭から互いに切磋琢磨しながら形作られてきたのが“AIR JAM”と呼ばれるシーンだったんです。

──この『Big Wednesday』の対バンとしても出演したPOTSHOTのRYOJIさんが、「世代的にバンドブームの時代の音楽は大好きだったんですけど、その後、少し大人になってきて、USインディーズ・シーンとかも聴いてたので、メジャーのレコード会社の関わり方を含め、あの終わり方は格好悪いなと正直思っていたんです」と話していたんです。つまり自分たちがバンドをやるにあたっては、あっちゃんたちの世代を反面教師にしていたということなんですが、そういう部分はイチさんにもありましたか。

01:いわゆる当時のバンドブームに対するアンチテーゼはありました。僕は中卒でずっと音楽を好きでやっていたけど、中学のときに楽器をやってなかった奴が高校の文化祭でコピーバンドをやるようになるんですよね。そういうのを見て違和感を覚えたのは確かです。僕の知るバンドというのはもっとコアでマニアックな存在で、人からちやほやされるようなものではないと思っていたから。少なくとも高校生がスコアブックを見ながら片手間でやるようなものじゃないと思ってましたね。僕は当時から音楽を生業にできたらどれだけ幸せだろうと考えていたので。ちょっとでも音楽で生活できたらいいなと思ってたし、敷居の高い新宿ロフトに出るのがあの頃の憧れでしたね。ロフトやシェルターは当時のストリートシーンを象徴するライブハウスだったと思うし。

──ライブハウス冬の時代に入りつつある1991年オープンのシェルターはともかく、バンドブーム真っ只中のロフトでは業界の人間がバンドの青田買いをしていたと聞きますね。

01:当時のバンドのライブ映像を今はYouTubeでも簡単に見れるけど、インディーだったバンドが事務所に入ったりすると会場が急にホールや市民会館みたいになっちゃって、身の丈に合ってない感じになりますよね。バンドも関係者もブームになった途端に勘違いしちゃったところがあったと思うし、実際のところバンドブームって短命だったじゃないですか。そういうのもあって、僕はバンドを始めた頃から10年経っても聴ける音楽をやりたかった。もちろんみんなそのつもりでやってると思うんですけどね。

ライブハウスから次のステップへの選択肢の違い

──あっちゃんはあのバンドブームの渦中にいて、どんなことを学びましたか。

アツシ:当時のウチの事務所は不動産会社をやってたオヤジが社長で、「俺が面倒見るよ」って感じで事務所を始めてね。その社長とスタッフが2人、メンバーが5人だから計8人の事務所だったわけ。そこで問題になるのが、みんな一人ひとりに生活があるってことで。メジャーに行くのは僕一人だけ反対だったんだけど、それも社長に「あっちゃん、よく考えてみてくれよ。みんなにも生活があるんだから」って言われちゃうと「わかりました」って答えるしかない。僕はどんな仕事が来ても「わかりました」って返事をするタイプで、断ることはまずなかったかな。それが普通だったし。だからこれは市川くんの発言を否定するわけじゃないんだけど、僕らがライブハウスから市民会館へ行ったのは行かなくちゃいけない段取りがあったからなんだよね。事務所8人の生活があるっていう。

01:そういう事情もあったんでしょうね。

アツシ:それと、当時は冷やかしで観に来た人たちもいたんだろうけど、ホールみたいな場所でライブをやっていたからこそ今も残っていられるのかな? っていうのはある。もちろん僕はライブハウスが好きだったし、市民会館みたいな場所は苦手だったけど、少ない動員なりにも全国の市民会館を回れていたのが結果的に今の財産になっているとも思う。10年くらい前からラフィンノーズと『タンブリングツアー』をやるようになって余計にそう感じるね。ラフィンも僕らもずっと地方の市民会館を回ってたし、当時観に来てくれてた人が今も応援してくれてるっていうのは絶対あるよね。

──イチさんは自分がやりたくない仕事をスタッフのために引き受けるようなことはありますか。

01:全然ないですね。わかりやすく言えば僕は個人経営で、良くも悪くも全部自分に跳ね返ってくるだけなので。僕らの世代は大人に頼ることなく、自分たちで事務所を立ち上げる奴が多いんです。BACK DROP BOMBがiniを、ハイスタがPIZZA OF DEATHを、BRAHMANがtactics recordsをそれぞれ立ち上げたり。僕らも青田買いみたいなものには遭いましたけどね。自分たちで朝一で市場へ行って仕入れをする自営業のスタイルだったのに、畑違いの人間が急に現れて「俺が面倒見るよ」と言ってきたり。“AIR JAM”シーンも一つのムーブメントになって、インディーズレーベルが乱立した90年代後半にはそんなことも起きたけど、僕らは一貫してストリートシーンに身を置いていたのでブレることはありませんでした。あと、僕らの世代があっちゃんの世代と違ったのは、市民会館の代わりにチッタやクアトロといったオールスタンディングのハコがオープンしたこと。それまではライブハウスの次のステップとして椅子席のホールしか選択肢がなかったけど、僕らの世代はオールスタンディングの大きめのハコがすでにあって、そこならモッシュやダイブもできた。そういう違いはありますよね。ただ、どこでライブをやっていようとお客さんの音楽離れって絶対にあるんですよね。結婚して子どもが生まれればどうしても家庭優先になるし、自分の趣味にお金を注ぎ込めなくなる時が必ず来る。こうして音楽を長く続けていれば動員が落ち込む時期があるのは避けられないことだけど、そのあいだでもコツコツと地味に音楽を続けることが大事なんです。だから僕はあっちゃんを尊敬しているんですよ。ある意味、インディー界のカリスマじゃないですか。

アツシ:いやいやいや……。

01:二足の草鞋の先駆者だし、バラエティ番組にもよく出てるし、今や八王子の顔じゃないですか。昔は八王子って言えば都心から離れた東京の田舎扱いでしたよね(笑)。その昔、初めて八王子に行ったときはびっくりしましたからね。法政大学の多摩キャンパスでアイゴンが青ジャージってバンドでベースを弾くってことで観に行こうとして、八王子の駅からバスに乗ったら車窓から牛が見えたから(笑)。同じ東京の景色とは思えなかった(笑)。

アツシ:八王子と新宿じゃ、天候も気温も全然違うからね(笑)。

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新宿LOFT × ニューロティカ PRESENTS 10ヶ月連続企画『Big Wednesday』vol.6
出演:ニューロティカ / LOW IQ 01 & THE RHYTHM MAKERS
2023年6月14日水)新宿LOFT
OPEN 18:45 / START 19:30
前売¥5,500 / 当日¥未定(共にDRINK代別¥600)
e+一般発売:4月15日(土)10:00〜
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問い合わせ:LOFT 03-5272-0382
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