子どもたちの笑顔が何よりの光、存在そのものが大きな光
──『ただいま、おかえり。3.11からのあのこたち』のあとがきに「かなしみからもよろこびからも眼をそらさずに向き合うことでした。」とあります。悲しみと喜びを、どこに意識を置いて表現しようと思いました?
石井:そこを一番意識しました。人間、誰しも光と影を持っていると思うんですけど、どちらもあってその人じゃないですか。光がないと影は生まれないし、影があるということはそこには必ず光がある。どちらか欠けたらどちらもなくなる。東北の日常も、決して苦しいや哀しいだけじゃない。日々の中には喜びも楽しいことも嬉しいこともあって。片方だけ伝えるのは偏ってしまうと思うから、両面から伝えたいと思っていました。この絵本も最初のほうは苦しいページが続くのですが、どんなに苦しくても、そこをまるまる外すのは違うと思って。たとえ絵本であっても楽しいだけじゃなく。何度も写真を入れ替えながら、何度も涙しながら苦しい写真も選びました。そして後半にどんどん光を感じる写真が増えていくんです。実際の時系列の流れになっているのですが、希望や未来につながっていく様子を一冊に表せたらと。もちろん今も苦しんでいる方、悲しみが癒えない方、たくさんいらっしゃる……。でも、悲しみや苦しみがあるけれど、あった上で笑顔もある。笑顔があるんですよ。子どもたちの笑顔にも特別の力があって。何よりもの光で。存在そのものが大きな光なんです。
──どのページも本当にひきこまれるんですが、私、ここのページが凄いなと思って。このご夫婦の笑顔。
石井:わぁ、嬉しいです。
──震災以降、麻木さんが初めて人を写された写真ですよね。ご夫婦の笑顔の凄さ、素晴らしさ。麻木さんは泣いている人は写さないんですよね?
石井:涙は写せないんです…。
──今回も人々は笑顔で。このページもお二人の笑顔の写真で、そして片側のページは地震と津波で変わり果てた景色を写してる。
石井:はい。実際の光景そのままです。
──暮らしていた街が変わり果ててもこの笑顔っていうのが…。この笑顔がどういう状況での笑顔かっていう。想像を喚起させられる。隣のページが違う写真だったら、優しい写真だったら…。
石井:伝わり方も違いますよね。
──ですよね。もうね、この変わり果てた景色、そして笑顔。両方があるから、なんていうか、好きです。凄いページだと思います。
石井:ありがとうございます。実際にそうだったんです。そういう中での笑顔だったので……。何度も何度も写真を入れ替えたり。編集者さんとやりとりしながら。隣のページをお花の写真や光の写真や子どもが笑ってる写真にするのも一つの見せ方ではあると思うんですけど、やっぱり現実を、本当を伝えたかったので。脚色も美化もしたくなくて。本当の状況と、その中で、このお二人がカメラに向けてくださった笑顔は、私にとってとても大きな出来事だったので。どうしてこんなにも柔らかく微笑むことができるのだろうって、凄く衝撃と、慈しみ……。この日、発災からちょうど1カ月後で、4月11日だったんです。お二人は車の中で過ごされていました。「家もアルバムも全て失くなってしまったけど新しい一歩を踏み出したい、その最初の写真を写してほしい」って。私自身があのとき、もの凄い感情が溢れてきて、どうしてもそれを、そのままのこしたいって気持ちがあって。
──うんうん。もちろんお二人も、きっと誰しも、夜になったら泣いているかもしれない。ずっと笑顔でいるわけではない。
石井:そう思います。
──そういうことを震災の過酷な景色から想像させられるし。だからこその笑顔なんだなって。
石井:伝わってくださりありがとうございます。
──写真を選ぶのは大変だったでしょうね。作業的な大変さと、あと振り返ることの心のしんどさ。
石井:はい…。さんざん迷いましたし、葛藤しました。小さい子が手に取って、壊れてしまった風景の写真にショックを受けちゃうんじゃないかとか。なのであまりに苦しい写真は外しています。写真を選びながらこの12年間を改めて振り返って、改めて向き合って、当時のあらゆる情景や出来事を思い返して自分でも心が何度も折れかけてしまって。とても苦しくなってしまって、もう作れないかもしれないって。でも同じぐらい…、それ以上に、やっぱり伝えたい届けたい想いがあって。心は折れかけながらも、そのたびに包帯で巻き直して作る、その繰り返しの1年でした。正直本当に苦しくもなりました。でもやっぱりこの子たちの笑顔があるんですよね。この子たちの笑顔があったから作ることができました。この子たちや多くの子どもたちに見てもらいたい、届けたい、ちゃんと伝えたいっていう気持ちが大きくありました。
「ただいま、おかえり。」を言えるのは決して当たり前のことじゃない
──前にも言いましたが、私は写真展を毎年見せていただいて。だんだんと写真に写っている人から、「おかえり」って言われてる気持ちになったんですね。
石井:そう言っていだたいてとても嬉しかったです。
──だから写真絵本のタイトルを知ってとても嬉しくなった。もちろん麻木さん自身が東北に行くと、「ただいま、おかえり。」なんですよね。
石井:いつの間にか「ただいま」って帰れる場所になって、「おかえり」って迎えてくれるようになった12年間でした。そしてもう一つ、このタイトルにした大きな理由があって…。「いってらっしゃい」って我が子を送り出したまま「おかえり」って言えなかったお母さん…。「いってきます」って出て行って、「おかえり」って抱きしめてもらえなかった子どもたちがたくさんいて…。「ただいま」「おかえり」、「いってきます」「いってらっしゃい」、「ありがとう」や「ごめんね」、「おはよう」や「おやすみ」。それが言えるって決して当たり前じゃなくて…凄くしあわせなことなんだよ、明日言えなくなるかもしれないし、突然その会話ができなくなるかもしれないんだよって…。たとえケンカしていてもいいから、毎日の挨拶だったり、何気ない日常だったりって、本当に大切なんだよって…。そういう想いも凄く、凄く込めています。
──うんうん。最後のほうに、その言葉が飛び交っているページがありますよね。そのページだけちょっと雰囲気が、デザインが違う。
石井:そうなんです…!
──そのページは楽しげに見えるんだけど、だからこそ、ウワーッてなりました。当たり前のことって、実は! って。
石井:そこなんです。震災のことを伝えながらも、命の尊さを伝えたい絵本なので。当たり前のように過ごしているけど、当たり前なんて一つもないんだよって。実はとてもしあわせなことなんだよって。
──私は当事者じゃないから他人事だったんですよ。こんな大変なことがあったけど東北の人たちは凄い、とか。それがこの写真絵本の、最後に日常の挨拶が飛び交うページを見て、あ、自分のことだってつながっていった。日常がいかに大切か気づく。
石井:そうなんです。誰にとっても、なにひとつ当たり前じゃないんですよね。何気ない日常ほど、すぐに忘れがちだけど決して当たり前じゃないんだって…。
──こんな幸せそうなページだからこそ、ドキッとしました。
石井:あぁ、嬉しいです。このページはちょっと他とは違う感じにしたいねって、デザイナーさんと相談して。何度もやり取りして何度もやり直して。思い描いた形にできたと思います。復旧は進んでも心の復興に終わりはないので、だからこそ、未来につながっていくっていうことを伝えたかったんです。