2022年は日本武道館 初出演という"最遅"記録の金字塔を成し遂げ、31年ぶりに日比谷野外大音楽堂にてワンマンライブを敢行したニューロティカが、2023年1月から毎月第2水曜日に10カ月連続ツーマンシリーズ『ビッグ・ウェンズデー』をホームグラウンドである新宿ロフトで開催中。その第3弾のゲストとして出演するのが、時空を超えるパワーを放ちながら全世界で熱狂的なファンを増やし続けているギターウルフだ。
今回はニューロティカのアツシとギターウルフのセイジという昭和カルチャー直撃の同世代である両者に、思春期に影響を受けた漫画、映画、音楽といったカルチャーを伺うことで二人の個性が如実に浮き彫りとなる対談を決行。同世代ながら趣味嗜好がまるで異なるベクトル逆噴射、お菓子な可笑しなトークセッションを楽しんでいただきたい。(interview:椎名宗之)
『愛と誠』の“悪の花園”を花園神社の裏辺りで探していた
──『Big Wednesday』を2回開催して、あっちゃんの手応えはいかがですか。
アツシ:久しぶりのPOTSHOT、初めてのPIGGSということで新鮮で気持ち良くやれました。POTSHOTとは新宿ロフトが歌舞伎町へ移転したときの柿落としライブ以来のロフトで感慨深かったし、PIGGSは凄く勢いがありましたね。PIGGSはメンバー一人ひとりの個性も強く出ていて魅力的だし、見せパンツにピエロの絵を描いてたKINCHANのファンになりました(笑)。
セイジ:自分の質問ですが、今日も朝5時からお菓子の仕入れに?
アツシ:今日は行ってないです。仕入れは道が混んでない日曜日に行くことが多いんです。
セイジ:あの映画に出てくる問屋の倉庫は、馬喰町とかあっちのほう?
アツシ:あれは相模原です。あとは豊玉とか東久留米とかにあるんですよ。
──セイジさんは映画『あっちゃん』(ナリオ監督)をご覧になっていたんですね。
セイジ:もちろんです。下北の251の前で偶然会ったときにDVDをもらって。
アツシ:ギターウルフが251でライブをやるのを知っていたので、僕がDVDを持って行ったんですよ。
セイジ:DVDのパッケージに「お菓子は世界を救う」みたいなことが書いてあって、それは間違いないなと思って。
アツシ:ありがとうございます。おかし(お菓子)な話ですね、なんて(笑)。
──これまでお二人の接点は?
セイジ:接点は全くなかったけど、俺が東京へ出てきたとき…自分でバンドを組むか組まないかくらいの頃からニューロティカはすでに有名なバンドで、確かニューロティカが出てきた3年後(1987年)にギターウルフを組んで。当時、ニューロティカは新宿ロフトでナゴム系のバンドと対バンしていた印象があるんだよ。俺は特にグレイトリッチーズが好きで見に行ってた。あと、田口トモロヲさんがやってたガガーリンとかね。あの独特な輪に入りたいような、入りたくないような感じだった(笑)。のちに俺たちはノブちゃん(DADDY-O-NOV)が始めた『BACK FROM THE GRAVE』(1989年10月、新宿ジャムでほぼ月1回のペースでスタート)というイベントと水が合ったんだけど。
──セイジさんがナゴム系のバンドをご覧になっていたとは意外でした。
セイジ:当時はインディーズの勢いが凄くてね。ラフィンノーズがアルタの前でソノシートをばら撒いたり。俺が働いてた原宿ではヘビメタやロカビリーの格好をしてる奴もいれば、ローリング・ストーンズ好き、パンクス、ハードコア勢なんかもいて、いろんなジャンルの連中が街に混在していて面白かった。
──あっちゃんはギターウルフにどんな印象を抱いていたんですか。
アツシ:もちろんライブも見ていましたけど、『ロッケンロー・サミット』が初めての対バンでしたね。ニューロティカが出る前からフジテレビでやってるのを見てました。『ロッケンロー・サミット』の出番が終わって、セイジさんに「グレイト!」と言われたのが嬉しくて、思わずスタッフに自慢しちゃいました(笑)。
──2マンは今後の『Big Wednesday』が初めてなんですよね。
アツシ:そうです。世紀の頂上対決ですよ(笑)。
──去年の7月に新宿ロフトで行なわれたサニーデイ・サービスとの2マンもそうですが、近年のギターウルフは異ジャンルのバンドと敢えて手合わせする機会が増えているように感じますが。
セイジ:でも、自分たちはもともとLess Than TVというハードコア、オルタナティブ系のレーベルから日本で初めてCDを出したし(『RUN WOLF RUN』、1994年4月発表)、90年代は海外でもよくオルタナ系のバンドと対バンしていたからね。
──お二人は同年代なんですよね?
セイジ:うん。あっちゃんは俺の一個下だよね?
アツシ:そうです。
セイジ:あっちゃんが昭和39年生まれで、俺が昭和38年生まれ。ほぼ同じだね。
──ということは、子どもの頃に見ていた漫画やテレビ、思春期に影響を受けた音楽や映画が被っている可能性もありますね。
セイジ:もろ被りじゃないかな。『ウルトラセブン』とか。
アツシ:特に印象に残ってる漫画は何ですか?
セイジ:一番好きな漫画は『1・2の三四郎』だね。
アツシ:ああ、僕も一緒です。高校の頃ですよね。
セイジ:そうそう。『1・2の三四郎』の初期の頃の、小林まことが煮詰まって描いたという実にくだらないギャグが素晴らしい。気合いで身長を伸ばしたりとか(笑)。
アツシ:僕はヒロインの志乃が『週刊少年マガジン』の表紙になってるだけで笑ってましたから(笑)。それくらいパンチがありましたね。
セイジ:あと、『愛と誠』も好きだった。
アツシ:キタ! 僕は身体中が梶原一騎先生なんですよ(笑)。
──どんな身体ですか(笑)。
セイジ:それと『空手バカ一代』で描かれていた大山倍達の話は全部信じていたからね。牛殺しは本当だろうけど(笑)。
アツシ:高知でライブをやったときにちょうど『よさこい祭り』がやっていて、地元の高校生たちにニューロティカも出てくれと言われたことがあるんです。それで祭りに参加して踊っていたら、対抗から来るのが芦原館長さんの集団でびっくりしました。
セイジ:エッ、芦原英幸が!?
アツシ:はい、ケンカ十段の(笑)。セイジさん、同じ梶原一騎先生の『青春山脈』は読んでました? 戦争で特攻隊にいた主人公が生き残って、戦後はヤクザになって闇市からのし上がっていく物語なんですけど、凄く面白いですよ。
セイジ:忘れてるだけかもしれないね。でも梶原一騎なら俺はやっぱり『空手バカ一代』かなあ。ブルース・リーが極真空手のハワイ支部に在籍していた話も信じ込んでいたけど、あれもウソだろうね(笑)。大山倍達の自伝が何冊か出てるけど、そっちはちょっとエッチな描写があるんだよね。世界中を回っていた頃、「さすがにその夜は金髪の誘惑には勝てなかった」とか(笑)。
アツシ:ああ、それ『四角いジャングル』で描かれてあったかもしれませんね。
セイジ:俺たちの世代は梶原一騎が原作の漫画によって「男はこうあるべき」みたいなことを左右された気がするね。『愛と誠』もそうだったし。
アツシ:『愛と誠』と言えば、スケバンが女を吊るしてムチで叩いて、傷口に塩を塗り込むシーンがあったんですよ。あれは怖かったなあ(笑)。
セイジ:物語の舞台として“悪の花園”と呼ばれる高校(花園実業高校)が出てくるんだけど、どこにあるんだろう? と思ってさ。花園神社の裏にあるに違いないと探したことがある(笑)。当時はあの辺の靖国通りの向かいにツバキハウスがあって、俺はずっと通っていたので「この辺に“悪の花園”があるはずだ!」って(笑)。