崩壊しつつあったバンドの再生を目論んだザ・ビートルズの(というよりポール・マッカートニー主導の)プロジェクト"ゲット・バック・セッション"は"原点回帰"がテーマだった。迷ったときは原点に立ち返る。それが古今東西、老若男女の流儀なのだろう。ビートルズの劇場公開映画3作品の中で『レット・イット・ビー』が一番好きだというKOZZY IWAKAWA(THE MACKSHOW, THE COLTS)の最新ソロ作『R.A.M』は、ロックンロールの礎を築き上げた偉大なる先人たちに対してありったけの愛情と畏敬の念を込めた至上のカバー・アルバムだ。世界的にもう何年も前から絶滅危惧種の指定対象でありガラパゴス化の一途を辿るロックの在り方に一石を投じる作品であり、ロックの原点に立ち返ることで今やその失われてしまった大切な何かを今に伝えながら問うというコンテンポラリーな視点と技術を組み合わせている。ビートルズやローリング・ストーンズが手本としたロックンロールの雛型やリズム&ブルース、思春期にオンタイムで影響を受けた70年代末期から80年代初頭のロックをただそのままなぞらえるのではなく、また従来のロックの教科書的選曲でもなく、マイケル・リンゼイ=ホッグ監督の『レット・イット・ビー』を経てピーター・ジャクソン監督が『ザ・ビートルズ:Get Back』を完成させたように新たな見地を交えたクリアかつカラフルな対象の蘇生とでも言おうか。それが図らずも岩川浩二というロックンロールに人生を捧げた表現者の音楽遍歴と折り重なるのも面白い。古い教えを学び新しい解釈を得る温故知新の精神はロックンロールに不可欠で、大事なことは歴史が教えてくれる。日本屈指のロックンロール職人による時空を自由に行き来できる音の時間旅行アルバム、その企画意図と制作過程について岩川本人に聞く。(interview:椎名宗之)
演奏、録音、ミックス、マスタリングまでをすべて一人で手がけた
──AKIRA with THE ROCKSVILLEのアルバムが『L.U.V』、岩川さんの今回のアルバムが『R.A.M』と、両作はタイトルが対を成している上にルーツ・ミュージックに対する限りないリスペクトに溢れた作品という共通項を感じますね。
KOZZY:そうだね。AKIRAはラヴェンダーズというルーツに根差したバンドをやりつつ新しいアプローチをしてきて、そこに今までのノウハウや彼女が過ごしたカリフォルニアで培ったもの、僕の持つルーツ的な部分を合わせて投影させたのが『L.U.V』だった。コロナ禍で自宅待機を余儀なくされたおかげでよく練って取り組めたし、カバーだけじゃなくオリジナル曲を作れたのは良かった。今後のキャリアの糸口というか、ここからまたいろいろとやっていけばいいっていう取っ掛かりにはなったと思う。僕の『R.A.M』は『L.U.V』と同時に制作を進めていて、『R.A.M』で溢れた曲を『L.U.V』に入れたケースもあったね。
──古今東西の名曲をカバーするという題目からすると、『R.A.M』は『MIDNITE MELODIES』(2015年)や『ROOTS AND MELODIES』(2016年)よりも『THE ROOTS』(2013年)や『THE ROOTS 2』(2015年)の系譜を継ぐアルバムですよね。
KOZZY:『THE ROOTS』はロックンロールの本場であるアメリカへ乗り込んで現地のミュージシャンとセッションしてみようっていうのが事の始まりでね。それ以前、2000年頃にコルツとしてTOMMYと一緒に渡米したときも向こうのミュージシャンと一緒に演奏して、そこで何をやるかと言えばお互いの共通項でもあった50年代、60年代のロックンロールだった。まず一緒に音を出してみよう、すぐにパッとできるものは何かとやってみたのがそういうルーツ・ミュージックで、とてもスムーズに一緒にやれたわけ。その感覚があったから、2004年に自分のソロ・アルバムを作ろうとしてカントリー・ミュージックの聖地でもあるナッシュビルへ行こうと計画したんだけど、現地の治安の問題や予算の都合で頓挫してしまった。それでまずは日本で制作に着手して、マイクや録音機材の調整を兼ねて事あるごとにテスト録音するんだけど、そこでもまた試してみたのは自分の得意な原始的なオールド・ロックンロールだった。バディ・ホリーやチャック・ベリー、リトル・リチャードとかね。
──もはや岩川さんのお家芸と言うべき音楽ですね。
KOZZY:うん、まさに。そういうのを2006、7年頃から録り溜めて、“裏R.A.M”シリーズとして6作品、通販とライブ会場のみで販売していたんだよね。年末年始の賑やかしみたいなライブに乗じて(笑)、物販的な感じでね。ファンの中には「“裏R.A.M”が一番好きなんです」と言う人も意外といて、おいおい、一般流通している作品もちゃんと聴いてくれよと思うけど(笑)。
──岩川さんの中ではあくまでエチュード、習作みたいなものでしょうしね。
KOZZY:たとえば農業をやっていて、「これ余り物だけどどうぞ」ってお裾分けするようなものだから(笑)。一般には卸してないけど旨味のある野菜っていうかさ。そんな“裏R.A.M”シリーズをいつかまとめて正規盤として出したいと考えていて、長年僕らの作品のA&Rをやってくれている川戸(良徳)がソウルツイストというレーベルをめでたく立ち上げたこともあったので、いいタイミングだから出そうと。こういう作品は権利者に許諾を取る時間もかかるものなので、その準備ができたところで出しましょうということで。
──常にサービス精神に溢れる岩川さんのことですから、“裏R.A.M”6作品の中から精選した楽曲をそのまま2枚組CDにまとめ上げたわけではなさそうですね。
KOZZY:もちろん。6作品すべての曲をそのまま入れたら80曲くらいになっちゃうからね。確かにこれまで録り溜めてきたものがベースなんだけど、そのときやっていたバンドで演奏したものや仮歌にも満たないテイクとかもあって、そういうのを再構築したり録音し直したりしてみた。全部アレンジは初出と違うし、半分くらいは録り直ししたのかな。結果的に楽器演奏、録音、ミックス、マスタリングまですべてを自分一人で手がけた曲のみをピックアップしてね。真夜中にこのスタジオ(“ROCKSVILLE STUDIO ONE”)で音楽と対話することが多いし、僕一人で完結したものというのが大事だった。古い音源だと14、5年前のものもあるのでノイズの処理をしたり、聴くに堪え得るものにブラッシュアップしたり、選曲に関してはビートルズをあえて外して全部で37曲を揃えてみたというわけ。
幼少期から魅せられていたルーツ・ミュージック
──『L.U.V』のレコーディングでも岩川さんはあらゆる楽器演奏を一手に引き受けていましたが、『L.U.V』でも『R.A.M』でもドラムの演奏が軽快かつグルーヴィーで特に素晴らしいなと思って。聞くところによると、元はドラマー志望だったそうですね。
KOZZY:うん。僕が育った家は、家族も親戚もレコードを聴いたり楽器を演奏したりする音楽好きでね。兄貴やいとこもバンドをやっていて、うちの家で練習するんだよ。広島の郊外に引っ越したから周りが山で、フルボリュームで音が出せた。どこかで拾ってきたようなドラムセットも家にあったから思いきり叩けてさ。僕が小さい頃はギターやベースに触っちゃダメだというお触れが出てたんだけど、ドラムだけは触っても良かった。だから見よう見まねでガンガン叩いた。当時のテレビでやっていた生の音楽番組はドラムがバンドの中心にいて格好良く見えたし、憧れがあったね。いずれはミュージシャンになりたい、ドラマーになりたいという気持ちが芽生えたけど、ドラムを本気で突き詰めるのは難しいことがわかって途中からギターやベースを弾くようになった。
──従来のソロ作はゲスト・ミュージシャンを招いたバンド形式でしたし、今回の『R.A.M』は岩川さんのマルチ・プレイヤーぶりを存分に堪能できる文字通りのソロ作、純然たるソロ・アルバムと言えますね。
KOZZY:ロックの醍醐味はバンドで合奏することがその一つだけど、自分の演奏だけでどれだけバンドの合奏に近づけるかを考える楽しさもあった。10代の頃からずっと聴き込んできた音楽を自分でも作りたい思いが絶えずあるし、その分析ってほどでもないけど、ビートルズやストーンズ、アニマルズといった自分にとって本当の意味での音楽のスタート地点にあったものを聴き返して「やっぱりこういうドラムやベースがグッとくるんだな」みたいな聴き方もしたね。それから70年代、80年代に僕が聴いてきた音楽を掘り下げる一方、ビートルズやストーンズがカバーしたチャック・ベリーやバディ・ホリーといった先人たちのロックンロールまで時代を遡ってみた。ビートルズの中でも僕はゴキゲンなロックンロールが好きだったし、それは意外とカバー曲が多かったりもしたから。恐らく今まで18,500回くらいビートルズのアルバムを聴いてきたけど(笑)、「YESTERDAY」や「THE LONG AND WINDING ROAD」なんて多分3回くらいしか聴いてないんじゃないかな。僕は家族の中でも『HELP!』で「YESTERDAY」の針を飛ばすのが一番上手かったからさ(笑)。あと、親戚のおじさんがビートルズのカバーしていたカール・パーキンスやロカビリーのレコード、ストーンズがカバーしていたブルースのレコードを仕入れてきたり、そういうルーツ・ミュージックをよく聴かせてくれる先輩が身近にいたのも今思えば大きかった。
──ルーファス・トーマスの「WALKING THE DOG」やロイド・プライスの「LAWDY MISS CLAWDY」、ハウリン・ウルフの「LITTLE RED ROOSTER」など、リズム&ブルース、カントリーやロカビリーといった“ルーツ・オブ・ルーツ”とでも言うべきロックンロールの雛型がDISC-1にはギュッと凝縮していますね。
KOZZY:時空が一気に戦前まで巻き戻ったみたいなね(笑)。もちろん僕も昔からブルースに詳しかったわけじゃないし、ストーンズがあってのルーファス・トーマスやマディ・ウォーターズ、エルモア・ジェイムスだったし、ビートルズがあってのチャック・ベリーでありバディ・ホリー&クリケッツだった。それもルーツのめくり方の一つだよね。
──今日まで続くロックンロールの骨組みのようにシンプルな曲をカバーするのはシンプルがゆえの難しさがありそうですね。
KOZZY:このスタジオにぶら下がっている1930年代、40年代のマイク1本で再現する難しさはあったかな。当時のリズム&ブルースはギターの弦の軋みやドラムのちょっとした感触など振れるものすべてが音になっているから。足でリズムを取る音とか細かいノイズもDISC-1に入れたオリジナル曲の録音には入っているし、そういうノイズまで含めて音楽だと僕は思っているので、細やかなニュアンスにまで気を留める必要があった。そうやって微細に作り込む面白さもあれば、昔のブルースマンみたいに変則チューニングでギターを弾く楽しさもあったね。そんなトライ&エラーを繰り返していると、ウチの兄貴がブルースが好きだったことを思い出したりもした。まだ幼少だった僕はブルースのことなんてよくわからなくて、マディ・ウォーターズはまだ聴けたけどハウリン・ウルフとかを聴くと異様な迫力があって怖くてね。こっちは「およげ!たいやきくん」が好きな小学生だったから(笑)。あと、兄貴がよく聴いていたロバート・ジョンソンのレコードも暗くて怖くてイヤでね。それが延々と流れる家で育ったから、後になってロバート・ジョンソンを聴き直したときに全部弾けたし唄えたよ。環境には逆らえないと思ったね。