英語100%の歌詞に日本語を適宜に補っていく作業
──「California Girl」の“Lazy summer”と“神様”、「Indian Summer」の“マイ・インディアン・サマー”と“ま、いいんじゃないサマー”など、韻を踏むトライアルも随所に見受けられますね。
AKIRA:その辺はだいぶKOZZYさんに助けてもらいました。
KOZZY:“Lazy summer”と“神様”みたいにふざけたのはだいたい僕のアドバイスだね(笑)。でもそういう韻の踏み方一つにしても、僕がずっと影響を受けてきたロックンロールの大事な部分っていうか。韻を踏んでないロックンロールなんてあり得ないと信じて生きてきたし、チャック・ベリーから何からロックンロールの偉大な先人たちはステキな韻の踏み方をずっとしてきたわけで。そういうセンスはAKIRAの好きなヒップホップにも通じるし、彼女は僕らと違ってそれを頭じゃなく感覚として理解できてるんだよね。その差も面白かったし、AKIRAがたくさんメモしていた韻を踏む言葉…それを歌詞に組み立てて面白いと感じるかどうかの違いも面白かった。僕が捨てようとしていた言葉をAKIRAは逆に面白がっていたりして。
──ラヴェンダーズの「HOMECOMING」も英語と日本語のちゃんぽん具合がユニークな曲でしたけど、本作のオリジナル曲はどれもその作風をさらに進化、昇華させた感じですよね。
KOZZY:そう受け取ってくれるといいけどね。
AKIRA:「HOMECOMING」の歌詞を書いたときは「英語の比率が多すぎる」という指摘があったので日本語を増やしたんです。今回はすべて英語で書いてた歌詞が特に多くて、後から英語の部分を削ったり日本語を足したりしてみました。「Remember Me to Myself」も「California Girl」も最初は英語の配分が多くて、歌詞をまとめる過程で少しずつ日本語を入れていったんです。
KOZZY:そこはプロデューサーとして「聴く人によっては唄ってることが分からない所もあるから、あまりに難解な部分は日本語にしてくれ」とお願いしてね。それも安易に日本語にするんじゃなくて。日本語のほうが僕はうるさいから「こういう言葉はどう?」とか時間をかけてアドバイスした。時間がない中でやり取りはだいぶしたね。
──KOZZYさんは日本屈指のロックンロール詩人でもあるので、日本語のチョイスにはだいぶ手厳しかったでしょうね。
KOZZY:僕がこれまでずっと培ってきた、ジョニー大倉さんから受け継いだDNAがあるからね。AKIRAの歌詞はそれをより突き進めたと言っていいのかな。もっと英語の配分が多い歌詞を使いながらメロディにしていくのは、僕の中では新しい試みだった。AKIRAにとってはオーセンティックなものに合わせて日本語にしていく難しさがあっただろうけど、僕にはすごくエキサイティングな経験だったね。だからこのAKIRAの歌詞を大倉さんにも聴かせたかったよ。あの人は本来歌詞を全部英語にしたかったし、身も心も外人になりたかったわけだから。
──“夕方”を“You've gotta”、“曖昧な”を“I may not”と発音するように英語みたいに聴こえる日本語詞をあえて書くミュージシャンもいますが、そういうフェイクではなく、AKIRAさんにはネイティヴならではの強みがありますね。
AKIRA:日本語っぽく聴こえる英語、逆に英語っぽく聴こえる日本語は意識して入れたし、そういう言葉を探すのにかなり時間をかけました。
──以前、KOZZYさんがラヴェンダーズ始動時に「ノー・ダウトっぽい感じにしたい」と話していたというエピソードを聞きましたが、今回は手本とするジャンルやバンドはあったんですか。
KOZZY:あえて言うなら90年代のロックかな。それは自分の中でもすごく重要な位置を占めてるっていうか。僕は80年代に音楽をやり始めてデビューして、90年代の頭にコルツを結成してすごい自信を持ってバンドをやっていたけど、ニルヴァーナとかグランジ・ブームが来たときに自分の感性は終わったのかな? と感じたわけ。こういう音楽についていけないのは若者として終わったのかな? ってね。そこでロックに対して絶望したとまでは言わないけど、こういうのは僕がずっと好きだったロックなのか? という思いが拭い去れなくて。でもその後、90年代後半はいいロックバンドがどんどん出てきたし、すごい量のCDを買ってた。それこそノー・ダウトとか、スマッシュ・マウスみたいに60年代の雰囲気があるバンドとかね。当時はそういう元気のあるロックが特にアメリカからたくさん出てきた印象があって、初めてAKIRAを連れていった海外バンドのライブはランシドだったかな。ノー・ダウトも一緒に観てるはず。
AKIRA:うん、観た。
KOZZY:AKIRAはそんな時代背景で育って、家では僕がビートルズをかけるのを一緒に聴いてたし、古いロックも最新のロックも知ってた。スカタライツの曲も全部唄えると思うよ。子どもの頃からずっとBGMで聴いてたわけだから。その一方でサブライムも生まれたときから知ってるのが彼女の強みだね。そういう音楽を本場のアメリカで聴いてきたAKIRAと、ずっと憧れでロックをやってきた僕との違いは大きい。僕はプロデューサーの立場としてAKIRAの才能を引き出す役目だけど、英語を自分の言葉として理解できる部分や本場のロックを体感してきた経験値ではAKIRAのほうが上だし、実際に現地で生活した人にしか分からない感覚がある。そういう生活音みたいなものを上手く歌詞に出してくれたので、そこは良かったと思うね。