「偶然」と「想像」はつながっている
──「偶然」に関して言えば、監督は、役と俳優の狭間から生まれる「何か」、撮影中に起こる偶然を待つために時間をかけるということですが、これはどういうことなんでしょう?
濱口:偶然をコントロールすることはできないですが、偶然が起こりやすい状況はあると思うんです。例えば、毎日同じ電車に乗っていれば、違う会社の人とも会う確率は高まるというような。役者さんによい偶然が起こりやすいシチュエーションにしていくというのが大事で、そのための準備として時間が必要だし、本読みやリハーサルも入念に行います。
──『ドライブ・マイ・カー』の中でも、劇中劇の「ワーニャ伯父さん」を役者達が本読みする場面が結構長く描かれていて、濱口作品ができあがっていく過程がリアルに伝わってきました。演技をする前にひたすら本読みを繰り返していく手法は濱口監督独特の手法なんですか?
濱口:独特というものでもなくて、演劇では伝統的な手法のようです。僕は映画監督のジャン・ルノワールのドキュメンタリーで本読みを無感情でひたすらやっているのを見て、ああこういうやり方があるのかと影響を受けました。本番で役者同士が初めて感情が入った声を聞く時に驚きがあり、そこに偶然が生まれやすい。
──もう一つのテーマである「想像」についてですが、これは制作の途中から思いついたテーマなんですね。
濱口:「偶然」と「想像」がつながっているものだというのは、今回やってみてすごく感じました。偶然というのは想像を超えた所からやってきて、その偶然に対して想像力を使いながら、自分の人生を取り戻していくということがあるんじゃないかと。
──偶然が人生を変えるものになるかどうかは、それに気づく想像力も必要ということでしょうか。
濱口:偶然を自分の人生の中に迎え入れるというか、自分のルーティーンの中にないことをやってみた時に、それまでとは違った人生が開けたり、なりたかった自分に近づけたりすることがあるかもしれない。もちろんこれはフィクションですが、もしかしたらこんなことがあるかもしれない、そういう可能性を信じることができたらいいなと思っています。