想定内で自分の思い通りのものはつまらない
──6月23日に配信された「時からの誕生」は黒木香さんのカバーということで、躍動的なエレポップとして昇華されています。なぜこの曲を取り上げるに至ったのでしょう?
マリアンヌ東雲:もともとワタクシが黒木さんのその曲を好きで、友達のパーティーとかでDJを頼まれるとかけたりしていたんです。いま『全裸監督』のシーズン2が話題ですけど、一昨年そのシーズン1が始まって、黒木さんの存在がフィーチャーされているのを見て「時からの誕生」を思い出したんですよ。それをカバーしようと提案して、去年の配信ライブでやってみたんです。
おおくぼけい:「時からの誕生」が珍しいのは、マリアンヌさんが打ち込みをほぼ手がけていることなんです。僕が後で手直ししてみようかなとも思ったんですけど、この感じのままがいいということで。
ALi:イタロ・ディスコ感があるもんね。
マリアンヌ東雲:80年代のダンスミュージックの洗練されてないB級感をあえて残したかったんです。アレンジもそんなにいじってないし、おおくぼ君にもっと引っ掻き回してもらっても良かったんですけど、結果的にあれで良かったのかなと。
──オリジナル曲が収録された黒木香さんの『小娘日和』(1987年発表)もサブスクで聴けるし、ぜひ聴き比べていただきたいですね。
おおくぼけい:黒木さんのオリジナルがサブスクで解禁になったのは「時からの誕生」の配信リリースとたまたま同じ日だったんですよ。
マリアンヌ東雲:それまではYouTubeとかで聴くしかなくて、CDもコンピとかにたまに入るくらいで、作品自体はCD化されてないんです。
おおくぼけい:著作権的にカバーしても大丈夫かと問い合わせもしたんですよ。「全然いいですよ」みたいな返事でしたけど。
マリアンヌ東雲:カバーに関してはワタクシが過去に散々な目に遭ってるし(笑)、同じ轍は踏みたくないので念のため確認してもらったんです。
──意外だったのが、作詞がテレサ・テンさんや堀内孝雄さんなどのヒット曲で知られる荒木とよひささんなんですよね。テクノポップ仕様の不可思議な歌詞がユニークで、大御所の作詞家らしくなくて。
おおくぼけい:ワード的にはかなり黒木さんっぽいですよね。
マリアンヌ東雲:A面2曲目の「A Love Note For You」という曲が確かご本人の作詞なんですよ。個人的には『全裸監督』のシーズン2が始まるまでには何としてでも「時からの誕生」を形にしようと思っていたんです。シーズン2がいつか始まるのはシーズン1の時点で分かっていたので。そしたらシーズン2の撮影がコロナ禍で延期になってしまったんですね。そのおかげでこちらはジャストなタイミングで配信リリースすることができたんですけど。
おおくぼけい:サブスクで「時からの誕生」と検索すると黒木さんと肋骨しか表示されないし、『全裸監督』の人気に乗じて肋骨の「時からの誕生」ももっと世に広まるといいんですけどね(笑)。
──「時からの誕生」のミュージックビデオは先ほども少し触れましたが、女性の身体をスクリーンに見立ててモザイク処理を施しながらメンバーを見せる手法が画期的ですね。
ALi:オリジナルが黒木さんなのでエロティックな要素を入れたかったし、メンバーの姿も入れたいし、「未来の骨格」と違って色も付けたかったんです。それと60年代や70年代の欧米の映画にあった身体に映像を打つ感じもやりたかった。
おおくぼけい:僕は『007 オクトパシー』とかを連想したけどね。あれは1983年の映画だけど。
ALi:ああ、でもそんな感じ。肋骨のMVは個人的に実験場だと思っていて、有り難いことに2人はその試行錯誤を認めてくれるんです。
おおくぼけい:ALiさんには仕事みたいにならないでほしいんですよ。MVを作るにしてもワンアイディアで全編貫くような意欲的なことをしてほしいし、よくあるMVらしくメンバーに迎合した感じではなく、独立した映像作品としてこんなことをやってみたという確固たるポリシーを貫き通してほしいんです。
ALi:嬉しいですね。「未来の骨格」のこだわりで言えばパタパタパタ…という昔のフィルムみたいなちょっとぎこちない感じとか。
おおくぼけい:あれは2個のカメラを使って映像をずっとダブらせてあるんですよね。
ALi:動画は静止画の集まりで成り立つもので、1秒間に静止画を何回も流しているのが動画なんです。動画の多くは1秒間に30枚の静止画が流れていることになるんですけど、それじゃただの静止画の繰り返しじゃないですか。だから「未来の骨格」は2個のカメラで60枚にしてみたんです。それぞれのカメラでちょっとずつ動かしてあるんですよ。イメージは古いフィルムなんだけど、当時では成し得ない60枚というフレーム数なんです。
おおくぼけい:感触は古いけど技術的には最新のものであるという。「未来の骨格」という時間をテーマにした曲だから、映像の時間芸術を試みたわけですね。
ALi:そうなんです。パタパタパタ動いてるけど、なんかヌルヌル動いてるよねっていうか。それは今の時代じゃないとできないことで、ただ古めかしいものにしただけじゃないんです。逆にただ古めかしくするだけならフレーム数を落とせばいいので。だからこう見えて楽曲に即した“時代”なり“時”を自分なりにテーマにしたつもりなんですよ。「時からの誕生」のほうは、よく見るとエロティックという匙加減を気に留めました。
おおくぼけい:パッと見じゃ気づかなかったりもするしね。
マリアンヌ東雲:あれがちょうどいいんですよ。露骨に女性の裸を感じさせないのがいい。モデルさんの顔も映っていないから匿名性も保たれているし、何か偏った印象が残ることがないのが絶妙なんです。
おおくぼけい:「時からの誕生」のMVは(松永)天馬君にも好評でした(笑)。
──「未来の骨格」のほうは?
おおくぼけい:「もうちょっと何か工夫できるんじゃない?」って。
マリアンヌ東雲:余計なお世話だと言っておいて(笑)。
ALi:そう言われるのは予想してました。でもあれは最初に見ていると疲れるかもしれないけど、後半になると慣れて気持ち良くなってくるはずなんですよ。ちなみに言うと、「未来の骨格」も「時からの誕生」もMVはYouTubeとサブスクではちょっと違う映像なんです。その違いを間違い探しみたいに楽しんでもらえたら嬉しいし、いろいろ深掘りしてほしいですね。「時からの誕生」の“La performance del tempo”というサブタイトルがなぜイタリア語なのか? とか。
マリアンヌ東雲:そういういろんな仕掛けのあるMVにしろ曲のアレンジにしろ、自分があれこれ言わずにお任せできるのがワタクシとしてはすごくラクなんですよ。
──映画に喩えるなら、キノコホテルでは監督、脚本、主演、照明や大道具・小道具、果ては配給に至るまでのすべてを一身に背負うわけですからね。
マリアンヌ東雲:それをキノコホテル以外ではやりたくなくて、キノコ以外でそれをやったらキノコと同じになってしまうから、いかにみんなで分業しながらメンバー一人ひとりの個性や意見を反映できるかが自分にとって肋骨の存在意義でもあるんです。もちろん何でもいいわけじゃないけど、おおくぼ君の曲作りやアレンジもALiさんの映像も素直にいいわねと言えるんですよ。
ALi:そこはマリアンヌさんの懐の深さなんです。本当に自分の好きなようにやらせてもらっているので。
マリアンヌ東雲:ダメなときは憚らずダメと言いますし、今のところ2人から面白いものが仕上がってくるし、自分の想定外のものが上がってくる。でもそのほうがいいじゃないですか。逆に想定内で自分の思い通りのものっていうのはその時点でつまらないわけですから。