MVは得体の知れない感じを出したかった
──音源はいつか出そうと考えながら3年が経過してしまった感じですか。
おおくぼけい:即興的要素が強いので、それをどうまとめて形にするのがいいのか考えあぐねていたところはありましたね。
マリアンヌ東雲:メンバーにVJもいるから、リリースのフォーマットはCDよりもDVDのほうがいいんじゃないかとか。ライブをもう少し重ねたら、ちゃんと撮って編集したライブ映像を発表するのもいいなと思ったし。ライブで映像を投影してもらって、後でハコの据え置きの映像を見るとやっぱりすごくいいんですよ。それはライブの最中には見れないし、自分たちのためにもカメラを何台か設置して撮影するのもいいよねという話もしたんです。
──3カ月連続で新曲を配信リリースするというのは、コロナ禍で時間的余裕が生まれたがゆえの発想だったんでしょうか。
おおくぼけい:去年の7月に配信ライブを一度だけやったんですけど、お客さんの立場になって考えてみれば音源もまだないのにいきなり配信を見てみようとはならないかもなと思って。
マリアンヌ東雲:良し悪しの判断のしようがないっていうか。この3人を知らなければ肋骨までたどり着かないし、そもそも肋骨がどんなユニットなのかは音源なり映像がないと分からないですし。
おおくぼけい:従来のようにお客さんを入れたライブをやれているなら対バンから肋骨を知ってもらえたりするけど、今はまだそうもいかないし。配信ライブをやることになって初めて、音源がないと知ってもらえないことに気づいたんです(笑)。
マリアンヌ東雲:課金された配信を見て初めてその全貌を知るなんて、なかなかの殿様商売よね(笑)。だから配信をやった後にそんな話になったんですよ。CDなりYouTubeのMVなり、何かないとお客さんを増やしようがないねって。その後にInstagramやTwitterのアカウントを作ったんですけど、こちらが何も配信しない限りフォロワーもほとんど増えないわけで。じゃあ音源を作りましょうかということになって。
おおくぼけい:ちょうど外出自粛期間中で曲を煮詰める時間もありましたしね。
──5月19日に配信された「未来の骨格」は『改造への躍動』を愛聴してきた人ならほくそ笑まずにはいられない完膚なきまでのポップソングで、デビューシングルに相応しい出来ですね。
おおくぼけい:あれはけっこう初期にできた曲なんですよ。
マリアンヌ東雲:最初にライブをやったときはオリジナルがほとんどなかったけど、その年の夏に2回目のライブをやるタイミングで何曲かできて。「未来の骨格」はオリジナルの1曲目だったと思います。
おおくぼけい:マリアンヌさんに「こんな曲をやりましょう」と2曲くらいデモを送ったんですよ。今回配信するオリジナルの2曲はそのときにできたものなんです。
ALi:一発目のライブで「未来の骨格」はやってた気がするけど…。
マリアンヌ東雲:最初はやってなくて、その次のライブで初披露したんですよ。
おおくぼけい:最初はそれこそフリクションのカバーをやったりしたよね。
マリアンヌ東雲:そうそう。ほとんど原型をとどめていなかったけど(笑)。
──ちなみにその他のカバーというのは?
マリアンヌ東雲:クラフトワークが「電卓」の日本語バージョンをやるきっかけになったというヒカシューの「モデル」のカバーとか。
おおくぼけい:日本語のやつね。後になってから野坂昭如さんの「終末のタンゴ」、スターリンの「ロマンチスト」、Phewさんの「終曲」とかもやりました。
──マリアンヌさんのご趣味に偏った選曲ですね。
マリアンヌ東雲:ワタクシがやりたい曲を一方的に挙げて、スタジオで何となく合わせてみました。まあ、インプロだからこの程度でいいんじゃないか? ってことで(笑)。
おおくぼけい:ジャズとかと一緒で、原曲のネタさえあれば後は何とでもできますから。
ALi:最初のライブは音源を事前にもらってなくて、当日のリハで初めて聴いて何とか合わせたんですよ。
マリアンヌ東雲:VJをお願いしておきながら事前情報をALiさんに何も与えずに当日を迎えたという。なぜかと言うと、自分たちもライブ直前までどうなるか分かっていなかったから(笑)。
ALi:「速い」「遅い」「テクノ」とか走り書きのメモは見ましたけど(笑)。「ここからはノイズになるから」なんて言われて。
マリアンヌ東雲:「しばらくノイズが続いたら多分次の曲です」みたいなね。
──事前情報を得ていないほうが独特の緊張感も生まれて良かったのでは?
ALi:ワクワクと恐怖の半々ですよね。演奏がどう出るか分からないから、後はもう自分を信じるしかない(笑)。
──ALiさんが手がけた「未来の骨格」のミュージックビデオもまた秀逸で。白塗りメイクを施した3人のインパクトも鮮烈ですが、ロシア語訳の字幕表示が入ることで異国感が増幅されて面白いですね。
マリアンヌ東雲:そう、すごく無国籍な感じになるんです。映ってる人間も白塗りだし、東洋人っぽいけどどこの国の人か分からない感じになっているんです。
ALi:発見された昔のフィルムみたいなイメージというか。だけど今っぽいグリッチも施してあるっていう。
マリアンヌ東雲:そもそもなんで字幕を付けることにしたんだっけ?
おおくぼけい:肋骨のイメージをよく分からないものにしたかったというか、どこの国か分からない感じにしたくて。意識したのは90年代のテクノのアーティストなんですよ。たくさんの変名を使ってたりとか、わざと名前を出さないとか。
ALi:アナログは白盤みたいなテクノ感ね。ソ連が崩壊するまではロシアの情報なんて日本には入ってこなかったじゃないですか。だからその時代の共産圏にこんな映像があったのかもしれないというニュアンスなんです。
マリアンヌ東雲:得体の知れない感じを出したかったんですよ。今や得体の知れないものってあまりないし、情報過多で何でも得体が知れすぎちゃっている。だから肋骨のMVでは年代や国籍をあえてよく分からない感じにしてみたんです。
──80年代の近未来感もニュアンスとしてありますよね。
マリアンヌ東雲:レトロフューチャー的なものはありますね。ごく最近のハイファイなものではなくて。
──マリアンヌさんの歌と語りにボコーダーを施してあるのもそこはかとなく近未来感があるように感じます。
マリアンヌ東雲:ワタクシが地の声で唄うとどうしてもキノコホテルっぽくなってしまうので。肋骨において自分はできるだけ声の個性を削りたいんです。
おおくぼけい:肋骨でのマリアンヌさんはボーカリストというよりプレイヤー的側面が際立ってますよね。ライブでは特に。僕はマリアンヌさんの弾くオルガンが好きで、自分もあんなふうに弾いてみたかったという憧れがあるんです。うまく言えないけど、好きな感覚がマリアンヌさんとちょっと似てるんですよ。オルガンをあんなふうに弾く感じもよく分かるし。
マリアンヌ東雲:そうなの? ワタクシはきちんと鍵盤楽器を習ったこともないし、音楽を理屈で解釈できないから、おおくぼ君みたいにピアノと音楽理論を勉強した方とは完全に別物なんですよ。仮に同じ鍵盤を弾いたとしても。でもだからこそ、自分が技術的に追いつかない部分はおおくぼ君にお願いするんです。それはALiさんの映像も同じで、自分よりテクニカルな方に素直にお任せしたほうがいいんです。いつもキノコホテルで生じる他者との軋轢や摩擦は肋骨では皆無ですから。