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INTERVIEW

トップインタビュー中山加奈子 - 詩(poetry)と詞(lyrics)を織り交ぜた『詩詞集』に見る、不器用に転がり続ける誠実な生き方

詩(poetry)と詞(lyrics)を織り交ぜた『詩詞集』に見る、不器用に転がり続ける誠実な生き方

2020.11.30

複雑な感情や心の機微は書くことでしか消化できない

──面白いですね。言葉を書き残すのは時に苦痛が付いて回るだろうし、ギターをジャーン!とかき鳴らしたほうが負の感情を一発で発散できそうですけど。

中山:ギターでは発散できないですね。書くこととはアウトプットが違うんだと思います。ステージに立ってギターを弾いたり唄ったりするのとは違う。うまく説明できない複雑な感情や心の機微は書くことでしか消化しきれないんです。

──そこまで書くことを大切にしている中山さんが、「言葉」(P.136)という詩では「言葉は邪魔だ 初めて知った/言葉に救われて来たからこそ/こんな恐ろしいものに/惑わされてはいけない」と綴っていますよね。言葉を駆使して表現をする人だからこそ、言葉の厄介さを時に感じるのはよく分かるのですが。

中山:あれは書いた通りの詩なんですけど、みんなギリギリのところでやっているのに「がんばれ」だなんてよく簡単に言えるなと思ったら、無性に腹が立ってしまって。「がんばれ」って安易な言葉だなと実感したんですよ。

──言葉にならない思いや感情を表現できるのが音楽だと思うんですけど、ギタリストとして世に出た中山さんが実は昔から言葉を操る表現を志向していたというのがアンビバレンツで面白いですね。

中山:おそらく自分は音楽と言葉を混ぜたかったんでしょうね。何とかして日本語の詩と詞と音楽で自分を表現できないものか、って。この『詩詞集』は当初、朗読CDも付けたかったんですよ。GarageBandを使って、詩を読みながらギターを即興で弾いてみるとかして。それは諸事情でできなかったけど、また別の機会でそんなこともやれたらいいなと思っています。

──愛らしいカップルを見かけてほのぼのしたかと思えばその片割れが自分の彼だったという「シチュー」(P.80)のような詩は中山さんのストーリーテラーぶりが遺憾なく発揮されているし、朗読すると映えそうですね。

中山:「シチュー」は実際に朗読したことがあるんです。もう10年以上前だけど朗読ライブをやっていた時期があって、そこで「シチュー」を読み上げると客席が静まり返るんですよ。男性ミュージシャンは特にゾッとしたみたいです(笑)。そんなふうに朗読ライブで気に入って読んでいた詩もあるし、「夢人」(P.08)は曲を付けて唄っていました。

──軽妙に社会を風刺する「イチャモン天国」(P.148)や権威に対して唾棄するような「Low guy」(P.182)には痛烈な毒気が感じられて、多彩な作品が並ぶ『詩詞集』の中でもとりわけ異彩を放っていますね。

中山:ああいう皮肉っぽい詩も書いていて楽しいんです。「イチャモン天国」は言葉遊びみたいなところがあって、漢字をダーッと羅列するとそれだけで威力があるし、なんかごちゃごちゃして虫みたいじゃないですか(笑)。文字を打ち込みながら面白さを感じた詩ですね。

──そんな毒気を炸裂させる中山さんも人の子で、家族の大切さ、親の有り難みを主題にした詩も多いですね。「Home」(P.16)、「実家にて」(P.98)と同じテーマが2編もあるし、プリンセス プリンセスの代表曲の一つだった「パパ」(P.100)のほか、「タオルケットの海」(P.10)には「その頃 ママは若くて」という一文があるし、「クラクションでしゃべるひと」(P.20)には「子供のころにママがくれた 知恵と 保身と クラクション」という一文があるし、母親のことを絶えず気にかけていることが窺えます。

中山:気にかけていると言うか、縛られているのかも。「Home」と「実家にて」は実家に帰ったとき、夜中に2階で一人お酒を飲みながら書きました。階下にいる母の気配を感じながら。

──実家でリラックスすれば良いところを、そうやって詩を書いてしまうのは表現者の業なんでしょうね。

中山:シンコーミュージックから出した1冊目の詩集(1995年に刊行された『買えない運命』)のあとがきにも書いたんですけど、感情がさらさらと流れてしまって二度と戻ってこないことが怖くてたまらないんですよ。だから何か感情が動いたときは「書かなきゃ!」と思って書くんです。地方のライブの後、ホテルとかにいると気持ちが動きやすいですね。昔はメモ用紙に慌てて書き留めていたけど、最近はスマホに打ち込めばいいから便利です。

──そもそも中山家は読書や作文を子どもに勧めるような家庭だったんですか。

中山:いや、全く。子どもの頃、父が出張へ行くたびに絵本を買ってきてくれたり、その後はキュリー夫人の伝記とかを買ってもらった程度です。昔、『少年少女世界文学全集』みたいなのがありましたよね? 『小公子』とか『家なき子』とかが入ってるやつ。あれを家の裏のお姉ちゃんがくれて、小学生のときに読んでいたかな。

──詩なり詞に関心を抱いたのは思春期の頃ですか。

中山:ニューミュージック全盛の時代ですね。深夜放送でフォークソングを聴いて、その歌詞の世界がすごく好きになったんです。肝心の音楽を聴かずに歌本や歌詞カードばかり読んでましたね。伊勢正三さんとか長渕剛さんとか。その前から宝塚歌劇団が好きだったんですけど、それも詞をよく聴いていました。だから昔から詞が好きだったんでしょうね。

──影響を受けた詩人はいらっしゃいますか。

中山:影響を受けたわけじゃないけど好きなのは、茨木のり子さん、石垣りんさんですね。

 

ミュージシャンってそんなに偉いのか?

──「鳥」(P.72)という詩がありますが、本書全体を通して鳥や鳥類に属するものが出てくる詩が多いなと思って。ざっと挙げると、「夜の孔雀」(P.38)、「街」(P.42)の「トンビが輪をかいたりして」、「暗雲の中の探し物」(P.60)の「川沿いのベンチで水の音を聞きながら、鴨を見る」「犬や猫の動画を見る、喋るインコを見て笑う」、「星は砕け散り」(P.82)の「鳥の羽が 落ちていた」、「海の扉」(P.108)の「白い鷺」、「血脈」(P.110)の「鳥が空を飛ぶように」、「咲かない花の種を持ってる」(P.134)の「電線の鳩」、「さえずり」(P.161)の「弱い鳥」、「差異」(P.187)の「鷲」、「Watcher」(P.188)の「カラス」、「その人」(P.194)の「鳩」といった具合に。

中山:ああ、本当だ。

──決して意図したわけではないですよね?

中山:そうですね。よく群衆を羊に喩えることがありますけど、それが私の場合は鳥なのかもしれない。勝手だし、すぐに群れたがるし。とは言え、悪いイメージばかりに使っているわけじゃないんですけど。

──「二枚の翼」(P.14)という詩もあるし、鳥に対する憧れもあるのかなと思って。

中山:だいぶ鳥好きだったんですね(笑)。鳥に対して何か思うところがあるのかもしれません。

──音楽と詩という“二枚の翼”を持つ中山さんにしか書けない詩が「妖怪の夕べ」(P.86)だと思うんです。ライブの開演前、終演後の自身周辺の景色を自虐的に語っていますよね。ライブハウス鳥獣戯画みたいな感じで。

中山:ライブハウス鳥獣戯画っていい言葉ですね(笑)。「妖怪の夕べ」も読んで気を悪くする人が出てくるんじゃないかと気になったんですけど、ライブの前後ってこんな感じですよね?

──そうですね。打ち上げの席のやり取りとか、とてもリアルですし。

中山:自分も含めてだけど、この人たちなんか妖怪みたいだなと思ったんですよ。最後の二行がないとだいぶ酷いですよね(笑)。

──「おいおい、ミュージシャンって、そんなに偉いのか。」という一文がありますが、これは常日頃から感じていることなんですか。

中山:うん、そう思いますね。狭い世界の中でああだこうだ偉そうなことを言ってるけど、それに違和感を覚えることが多くて。背広を着て満員電車に乗りながら会社へ行く人たちのほうがよっぽど偉いんじゃないかと思うときもありますし。自戒を込めた自虐的な詩ですね。

──自虐と言えば、「触れるオモチャ」(P.156)や「アンモナイト」(P.180)とは自分自身のことですか。

中山:そうですね。私たちみたいな稼業は触れるオモチャみたいだなと感じることが多いんです。サービスもしなきゃいけないし、どれだけ疲れていても写真を求められれば笑顔で応えなきゃいけないし。それに対して別に不満はないし、当たり前のことなんですけどね。昔は自分が触れるオモチャであることで機嫌が悪くなることもあったけど、ここ数十年はもうそんなことはないです。とても優しく親切に接してくださる先輩ミュージシャンの姿を見て、これを手本にしなきゃいけないなと思ったので。

──プリンセス プリンセスのメンバーとして一世を風靡した人が「アンモナイト」みたいな詞を書くのはだいぶ思いきったと言うか、潔さを感じますね。

中山:ものすごく自虐的ですよね(笑)。でもそれが当時一番言いたいことだったし、だからこそVooDoo Hawaiiansのシングルとして出したんです。一見するとミュージシャンの話のように思えるけど、昔の印象のままでずっと生きていかなくちゃいけないのは誰にでも当てはまることだと思うんですよ。どれだけ歳を重ねても20歳のときの印象を持たれたままだったり、みんなそういうことがあるじゃないですか。

──自分自身を水の中の三輪車という未熟な乗り物に喩えている「水中の三輪車」(P.128)は比喩の秀逸さが光る逸品ですが、自分に置き換えられる何かを絶えず探してメモを取ることが多いですか。

中山:決して良いものじゃない何かで喩えられるものはないかといつも探していますね。今の気持ちを喩えるなら何だろう? って。

──「This is New Day」(P.152)は2017年に発表されたVooDoo Hawaiiansの曲の歌詞ですけど、コロナ禍のいま読むとすごく響くものがありますね。

中山:このコロナ禍を意識して入れたわけじゃないんだけど、確かに今の時代のことをテーマにしているようにも読めますね。「This is New Day」は自分でも珍しいタイプの歌詞で、風変わりで面白いから入れることにしたんです。曲調もちょっとニュー・ウェイヴっぽい感じで変わってるんですよ。

──コロナ禍以降に書き下ろした詩も『詩詞集』には収録されているんですか。

中山:「水中の三輪車」は自粛期間中、全く動けないときに書きました。自分も世の中も膠着状態にある状況を描いたと言うか。

 

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