VooDoo Hawaiiansのボーカル&ギター、中山加奈子が100編もの詩と歌詞を精選した『中山加奈子 詩詞集』を上梓した。およそ20年のあいだ大量のノートに書き溜めてきた未発表の詩、プリンセス プリンセスやVooDoo Hawaiians、ソロ楽曲などの歌詞を一緒くたにした構成がユニークなこの『詩詞集』は、自身の心の闇と病みを直視する冷徹な眼差し、飼い殺した希望を携えながら生きづらい現実を受け入れようとする強い意志、権力や高い地位に容赦なく唾棄する鋭利な批評精神、愛する家族や両親に対する祈りにも似た深い愛情とそれに縛られる葛藤、生業とする音楽の世界に向けた自虐的な風刺と諧謔など、実に多彩なテーマを中山独自の視点で詩と詞に昇華させた渾身の一冊だ。一貫してバンド活動に主軸を置いてきた中山にとってここまで赤裸々に自分自身を出しきった作品はバンド名義のアルバムでもなかっただろうし、20年ぶりのソロ・アルバム『ROLLING LIFE』に収録された諦観と焦燥が入り混じったビターな楽曲群がテイストとしては近いのかもしれない。少なくともこれまで発表されてきたCDアルバムと同等の価値があるものであり、現時点における詩人・作詞者としての中山加奈子の集大成的作品と呼べるだろう。人生の旅路では緩やかに坂道をくだっていると言いながらその表現はますます円熟味を増し、詩と詞と音楽を有機的に結びつけるという他に類を見ない創作を志向する彼女に『詩詞集』の制作秘話の数々を聞いた。(interview:椎名宗之)
いつ死ぬか分からないから残しておかないと
──このタイミングで『詩詞集』を発表した経緯から聞かせてください。
中山:ソロ・アルバム(2019年6月発表の『ROLLING LIFE』)を作るときもそうだったんだけど、いつ死ぬか分からないし、残しておかないと、と思って。ここ数年、周りのミュージシャンが亡くなることもすごく多かったし。実はソロ・アルバムを作るのと同時期に詩集も出したいと考えていたんです。本当はソロ・アルバムを出した半年後くらいに出したかったんだけど、思っていた以上に作業が大変で、結果的に1年半後になっちゃって。そもそも「来年は詩集を出そう」と去年の元旦から目標にしていたんです。ノートの端に書いていたらそのままだけど、詩集にしてまとめれば残せると思ったので。
──本書の巻末(P.198)に大量のノートとメモが散らばった写真が掲載されていますが、そこに書き溜めてきたものを精選した一冊であると。
中山:私、詩のノートの管理はすごくちゃんとしていて、横浜の実家にはトランク一杯分の量があるんです。たぶん2,000編はあるんじゃないかな。ただこのコロナ禍でそれを取りに行く余裕もなかったので載せるのは諦めて、東京の自分の部屋にあるノートの詩を全部パソコンに打ち込んだんですよ。640編ほどあったんだけど、いつも酔っ払いながら書くから読めないのがほとんどで(笑)。なんとか解読しましたけど、たとえば一行だけしかないものとかは潔く捨てました。
── 一番古い詩はどれくらい前のものなんですか。
中山:20年くらい前ですかね。VooDoo Hawaiiansを始めた頃。
──640編の中から76編の詩(残りは24編の詞)を厳選するのは至難の業だったと思いますが。
中山:大変な作業でしたね。まず、持っていたノートパソコンが古くて、新しくMacBook Airを買うところから始めたんですよ。でも自粛期間中にテレワークが普及したのでネット注文してもなかなか届かなくて、6月の中旬にやっと届いたんです。それから手書きのノートを解読して打ち込み、ここ数年iPhoneのメモに打ち込んでいたものを移したんです。とにかくいっぺんに読めるようにしないと選べないと思ったので。ちなみに、打ち込みを終えたノートは全部破って捨てたんですよ。なんかもういいやと思って。打ち込んだノートから順にビリビリに破くのはものすごい快感でした(笑)。
──自筆のノートなのにもったいないですね。いつの日か中山加奈子ミュージアムみたいなものができたら収蔵されそうな品なのに。
中山:ああ、大英博物館にあるビートルズの歌詞みたいな。私も昔はそういう淡い夢を見ていたことがあって、加奈子展みたいなことをやれたらいいなと考えたこともあったけど、そんなことが実現することはもうないだろうなと思って。それよりも、自分が死んだときにあちこちに散らばった詩が残っていたら周りにご迷惑をおかけすると思って、これは消してしまわなければと考えたんです。
──100編の詩と詞を選ぶ基準はどんなところだったんですか。
中山:詩に関しては640編を何度も読み直して、「採用」「ボツ」「保留」のフォルダに分けていったんですけど、読むたびに気持ちが変わるんですよ。それでさらに「絶対OK」「仮OK」のフォルダに分けていき、気がついたら100編くらいになったんです。最初は200編以上を掲載する予定で、ページ数もそれくらいを用意していたんだけど、持って運ぶのも重いし、キリよく100編でいいかなと思って。
──本書がユニークなのは詩と歌詞を一緒くたにして並べた構成なのですが、これはどんな意図があったのでしょう。
中山:最初は音になっている詞だけを集めて一冊にして、二冊に分けようと考えたこともあったんだけど、途中から“poetry”(詩)と“lyrics”(詞)を混ぜたいと思うようになったんです。“poetry”と“lyrics”は明らかに違うものだけど、自分の中では同等に扱っているので。それならいっそ混ぜちゃって、さりげなくみんながよく知る歌詞もそこに入れるのが一番いいかなと思ったんです。
──詞はどのように選択したんですか。プリンセス プリンセスの「Diamonds(ダイアモンド)」(P.142)や「ジュリアン」(P.170)、「パパ」(P.100)といった誰もが知る歌詞も選ばれていますが。
中山:自分の名刺みたいな歌詞だし、そういうよく知られた歌詞をあえて外すことなく胸を張って入れておこうと思ったんです。詞を選ぶ基準については、縦書きになって文字だけで成立するものをなるべく選びました。と言うのも、文字の打ち込みを済ませた後、試しに縦書きにしてみたらすごいときめきがあって。「Diamonds(ダイアモンド)」や「パパ」の歌詞が縦書きになったらどう見えるんだろう? と思って実際にやってみたら、これなら文字だけでも成立するかもと思えたんですね。逆に縦書きにしてみたら成り立たないなと感じた歌詞はボツにしました。音がないとこの詞はダメだったのかと思って。
──『ROLLING LIFE』の収録曲の歌詞は縦書きにしてもしっくりくるのが多いように感じますね。中山さんの内面を吐露した曲が多かったので。
中山:一番新しいアルバムだし、音があっても詞と詩を混ぜたくなってきた頃に作ったものですからね。