戸川純率いるヤプーズが、2006年1月の新宿ロフト30周年記念公演以来13年ぶりに復活、実に20年ぶりとなる作品集『ヤプーズの不審な行動 令和元年』を発表する。自身の芸能活動10周年は昭和の終わり、20周年は20世紀の終わり、40周年にあたる今年は平成の終わりに令和の始まりと、時代の転換期と活動の節目が奇妙に符合する戸川純に引き寄せられ集いし精鋭たちは、紛うことなきヤプーズ史上最強の布陣。「ヴィールス」や「赤い戦車」など平成を彩ったヤプーズの不滅のスタンダードが雄々しさと屈強さを増して蘇り、スタジオ録音された「孤独の男」と「12才の旗」という新曲及び提供楽曲のセルフカバーには令和ヤプーズの進むべき方向性の断片が見て取れる。復活のキーマンは今年2月に他界した石塚"BERA"伯広だったという劇的な、あまりに劇的なエピソードを始め、令和のヤプーズ計画の一端を戸川自身に語ってもらった。(interview:椎名宗之)
石塚“BERA”伯広の呼びかけで再始動
──今回のヤプーズ復活は、石塚“BERA”伯広さんの呼びかけがきっかけだったそうですね。
戸川:そうなんです。BERAちゃんが「来年、このバンドで1枚出そうよ」と去年から言ってて、そうしようってことで。もともと私が常日頃から立てるようになったらヤプーズをやろうって話してたんですが、なかなか腰が良くならなくて。だけど完治するのを待ってるといつまでもやれないし、ライブでも基本は座りながら感極まった時、ちょくちょく頑張って立てばやれるんじゃないかということで、思い切ってやることにしました。ちょうど私の芸能活動40周年という節目でもあるし、しかも令和という時代の始まりでもあったので。
──デビュー10周年(1989年)は昭和の終わりに平成の始まり、20周年(2000年)は20世紀の終わり、30周年(2009年)は特に何もなく、40周年(2019年)の今年は平成の終わりに令和の始まりと、何かと時代の節目と縁がありますよね。
戸川:40周年はテーマみたいなものが特になかったんです。どんなアルバムを作ろうとか、何かカバーをやろうとか。10周年と20周年はそれぞれ『昭和享年』、『20th Jun Togawa』とカバー・アルバムをソロ名義で出したんですけど、30周年の時は世間でどんな曲が流行っていたのか知らなかったし、元号も変わらなければ新世紀でもないし、カバーをやるにも何をカバーすればいいんだ!? って感じだったので、テイチクさんのBOX(『TEICHIKU WORKS JUN TOGAWA〜30TH ANNIVERSARY〜』)を出すお話に乗ったんです。35周年(2014年)という半端な節目の時は非常階段の『咲いた花がひとつになればよい〜Hijokaidan 35th anniversary album〜』というアルバムに「好き好き大好き」で参加したんですが、そういう形式もありなんだなと思って、あの時真似てみました(笑)。
──そうだったんですか(笑)。
戸川:流行りの歌は疎いのでカバーもやれないし、今あえて平成のヤプーズをやろうと思ったんです。〈元号〉は今回のキーワードの一つですね。ボーナストラックとして「好き好き大好き」というソロ名義の曲を入れたのも、「既に昭和史に刻む勢いのジュ・テーム」という元の歌詞がBiS階段のカバーをきっかけに「平成に刻む〜」となり、今回は「令和史に刻む〜」と唄っているからなんです。「君の代」も「昭和も遠くになりにけり」を「平成も遠くなりにけり」に変えて唄ってますからね。平成はまだそんなに遠くないだろ? って話なんですが(笑)。
──歌詞が変わったと言えば、今回は「ヒト科」の歌詞で新たに付け足された部分がありますね。
戸川:2番のサビの部分を「ヒトは業や煩悩が 動物の頂点に/立つほどあるんだ ヒトは凄いんだよ」と補足的に書き足しました。私はわりと説明しちゃうタイプで、元の歌詞だけだと分かりづらいかなと思って。あと元号ネタで言うと、「平成ニッポン 豊かなニッポン」という歌詞のある「ヒス」も入れようかなと思ったんだけど、「クーデターなら過去あったけれど/革命なんか起こらないでしょう」という歌詞がちょっと引っかかったんです。個人的には革命も戦争も起きてほしくないけど、今の時代は何が起こるか分からないし、予見みたいなことは避けたいなと思って。その部分をラララ…にするのも潔くないし、ピー音を入れようか? という話もあったけど、臆測を呼んだり邪推されるのは本意じゃないし、結局入れるのはやめたんですよ。…あ、今思いついたけど、「革命なんか起こらなかったね」って過去のものにしてしまえば良かったのかも。そういう歌詞なら入っていたのかもしれません。
──戸川さんはその時々に応じて歌詞を変えて唄うことがわりと多いですよね。
戸川:意識して変えようと思っているわけじゃないんですけど、自分が精神的に成長していく過程で価値観が変わったりするもので。自分で初めて歌詞を書いた「玉姫様」、「諦念プシガンガ」や「蛹化の女」のように当時の価値観が今と全く変わらない曲もありますけどね。以前より気持ちが前向きになったことで、「本能の少女」のように「私が死んだって世界は変わらないし/生きている意味などいらない関係ないわ」という歌詞が「私が死んだって世界は変わらないが/生きている意味なら 作るわ自分で作るわ」という歌詞に変わったケースもあります。ただ、そうやって歌詞を変えたことで、あとに続く「生命力に水をさす/知性のベール脱ぎすてて」「尊重すべきは本能/基本の生存本能」という歌詞との流れが悪いというご意見もあって、なるほどと思いましたが(笑)。
進化した「赤い戦車」の最新型を聴かせたい
──それにしても、dipのヤマジカズヒデさんがヤプーズの正式メンバーとして加入したのは意外でした。2年前(2017年)の2月に新宿ロフトで戸川さんとdipが対バンした際、dipが「諦念プシガンガ」の秀逸なカバーを披露したのはよく覚えているのですが。
戸川:BERAちゃんと仲が良かった慎ちゃん(山口慎一)が推薦してくれたんです。BERAちゃんが「ヤマジはいいギターを弾くんだよ〜」と言っていたのもあって。BERAちゃんが亡くなった3日後に岡山でライブがあったんですが、そのライブに向けてリハをした帰りにBERAちゃんは事故に遭って亡くなってしまった。亡くなった翌日の朝に慎ちゃんから電話がかかってきて、BERAちゃんが亡くなったことを知らされた時は喪失感が凄かったけど、まるで現実味のない状態でした。昨日の夜遅くまで一緒にリハをしていたわけですから。
──その岡山でのライブで白羽の矢が立ったのがヤマジさんだったわけですね。
戸川:3日後どうしよう? 無理だろう、みたいな話だったんですが、これで岡山のライブをキャンセルするのはBERAちゃんが喜ばないだろうと私は思ったんです。それで慎ちゃんがヤマちゃんに頼んでみることにして、急なお願いにもかかわらずヤマちゃんは引き受けてくれたんです。しかもたった3日でほとんどの曲をマスターして、岡山のライブに参加してくれた。それと同じ時期に、昔、ヤプーズのメンバーでもあった、現・有頂天のコウちゃんが「僕にできることがあればいつでも言って」と男気の連絡をくれたんです。それで岡山の後のバースデー・ライブではヤマちゃんに弾いてもらいつつ、BERAちゃんに捧げる曲を2曲やって(「大天使のように」と「月世界旅行」)、コウちゃんにも終わりの3曲とアンコールでツイン・ギターとして参加してもらいました。
──ボーナストラックの「好き好き大好き」にBERAさんのクレジットがありますが、これはBERAさんのギターを重ねたということですか?
戸川:BERAちゃんのクレジットだけでも入れたい気持ちがあったんですけどそれだけじゃなく、「好き好き大好き」と「レーダーマン」のトラックにBERAちゃんが生前弾いたギターの音がデータとして残っていたんです。「レーダーマン」はソロ名義の曲だし、平成じゃないし、私の歌詞でもないから入れませんでしたけど。BERAちゃんは「好き好き大好き」をツイン・ギターにしたいということで、慎ちゃんの打ち込みに予め自分のギターを仕込んであったんですね。その音が入っていたからBERAちゃんのクレジットを入れたんです。
──なるほど。それにしてもヤマジさんのギターは万華鏡のように色彩豊かな音色で、すっかりヤプーズに溶け込んでいますね。
戸川:ヤマちゃんのギターは私もすごい好きです。大好き! BERAちゃんのギターももちろん好きだったけど。
──ライブ当日(2019年8月17日、渋谷クラブクアトロ)は「赤い花の満開の下」や「12階の一番奥」、「私の中の他人」といった珍しい曲も披露されていたし、そういった曲もぜひ収録していただきたかったところですが、収録曲は厳選に厳選を重ねたんですか。
戸川:まず〈元号〉の入った曲を入れたかったのと、「赤い戦車」のリアレンジを音源化する場はここがいいなと思って。中ちゃん(中原信雄)の作曲・編曲に慎ちゃんの新たなアレンジを加えたバージョンをいつ出そうかと以前から考えていて、ここだな、みたいな。
──どの曲を入れるかは出来を聴いてから決める、それがライブ・レコーディングの醍醐味だとMCで仰っていましたよね。
戸川:そんなちゃんと考えてるようなことを言ってましたか(笑)。「赤い戦車」に関しては、ライブならではの暑苦しい唄い方をしているんですよね。エモいと言えば聞こえはいいんですが。オリジナルは淡々と唄っていたんですが、今のアレンジで淡々と唄うと歌が掻き消されちゃうんですよ。あの音を浴びながら、淡々とした声をガーン! と上げるとハウっちゃうし、自ずと気持ちも上がるので「唄うぞ!」みたいな感じになるんです。
──ライブ特有の昂揚感も加味されるでしょうしね。
戸川:そうそう。たとえば『ヤプーズ計画』に入っている「コレクター」は多重録音を多用した曲で、それはスタジオでしかできないことをやりたかったわけです。一方、「パンク蛹化の女」はスタジオで録音したことが一度もない。あれは「蛹化の女」と比べてライブでしかできないことをやりたかったんです。そんなふうにスタジオでしかできないこと、ライブでしかできないことを分けてやってきたんですが、今回収録した「赤い戦車」はライブでしかできない表現なんですね。それと、新曲の「孤独の男」はウィスパーで、凄くちっちゃく唄ってるんです。聴いてくださった方の想像以上にちっちゃく唄ってる。トラックダウンの時にマイクの音量を上げたんですが、ライブでそこまでのウィスパーを上げるとやっぱりハウっちゃうでしょうね。だからそういうのはスタジオでしかできないことなんです。