歌声を元に戻すのも女優復帰も諦めていない
──今唄ってみたいテーマ、歌詞にしてみたいのはどんなことですか。
戸川:歌詞を書き上げた、作品を作り終えた時はすべてを出し切った状態なんです。だから常にストックがない状況と言うか(笑)。たとえば「孤独の男」はヘンな言い方だけど日常のある側面がテーマと言うか、自分自身を慰めるみたいなイメージがありましたけど、そういうテーマなりイメージなりを出し切った以上、あとは空っぽなんです。今回もせっかくの機会だから新曲を書いてみようと思ったものの、やっぱり書かないほうがいいのかな? という葛藤も実はあったんですよ。自分の考えていることを内に秘めたままがいいのかな? って。だけど何とか書き上げて中ちゃんに見せたら「いいじゃん。この歌詞に共感してくれる人がいるかもしれないよ」と言ってくれたので、発表することにしたんです。
──実際、共感する人は多いと思いますけどね。
戸川:私は誰かを慰めたいとか、励みになってもらうとか、そんな使命感はゼロなので。常に自分のことしか考えていませんから(笑)。歌詞は常に自分自身のために書いているんです。私の歌詞に共感してくださったり、結果的に誰かを慰めることになったのならばそんなに嬉しいことはありませんけど、それを目的にはしていません。唄うこともそんな感じです。
──「吹けば飛ぶよな男だが」もそうでしたよね。女優になると夢見ていた大志を決して忘れるなと、自分自身に発破をかける意味合いもあったわけで。
戸川:そうですね。「親の為にでなく/彼 彼女でなく/ひとりおのれ自身の為だけにただうたおう」ですから。ちょっとクドいくらいに「自分の為だけ」と唄ってますけど(笑)。「赤い戦車」もそうですよね。「迷いなく確固たる動かぬ」って同じことをクドく3つも言ってますから(笑)。
──中原さんに歌詞を見せて感想を求めることからも、戸川さんにとって中原さんは良き理解者の一人であることが窺えますね。ヤプーズの結成当初からのメンバーであり、40年近い付き合いになるわけですから。
戸川:今のご時世的に言うと危ない言葉かもしれないけど、中ちゃんは私のことを戦友って言ってるんです。私もそう思ってます。今回のアルバムも結果的に中ちゃんの曲が多いですし。メリィさんの曲も大好きなんですが、メリィさんはなかなか曲が書けない中ちゃんを鼓舞するために曲を書いたりするんですよ(笑)。今回の「孤独の男」が最初はそうでした。
──今のヤプーズは人柄も演奏も素晴らしい面子だし、新曲も非常に手応えがあるので、令和のヤプーズがどんな展開を見せてくれるのか楽しみです。
戸川:今の布陣は私も大好きです。これで完全なスタジオ録音盤を作ってほしいと言われても、現時点では例によってストックがありませんけど(笑)。でも来年はヤプーズを名乗るライブが増えると思います。まぁ、難しいところなんですけどね。今やヤプーズを知らない人がけっこういるだろうから、集客面を考えると、ツアーで慣れてる純ちゃんの名義でやったほうがいいんじゃないか? とメンバーも言ってたり。
──戸川さんの中でヤプーズとソロの線引きはされているんですか。
戸川:ヤプーズのほうが激しい曲が多いし、圧倒的に体力が要りますね。あと、ヤプーズでは「バージンブルース」とか「吹けば飛ぶよな男だが」とかやらないと決めてる曲も多いし。その逆もありますし。
──あと、メンバーがナンバープレートを付けて登場するとヤプーズですよね(笑)。
戸川:プレートね(笑)。本当はずっと立ちっぱなしでライブがやれたらいいんですけど。今は「愛してるって言わなきゃ殺す!」と立って叫ぶとか、感極まった時だけしか立ち上がれないので。「ヴィールス」とか、「赤い戦車」の終わりで立つとかね。あと、何とか全部原曲のキーで唄いたい気持ちもあるんです。腰をケガしてから2年のブランクが空いてライブをやることになって、カラオケボックスで一人猛特訓したんですよ。生音には敵わないけど、ヤプーズやソロの曲をでっかい音でかけながら唄ってみたりして。最初は1オクターブくらいしか出なくて唖然としましたね。昔は3オクターブ半をキープしていたのに。でも今は昔ほどじゃないけど何とかファルセットも出るようになったし、少しでもレンジが広がるようにカラオケで訓練しているんです。何と言うか、私は諦めたくないんですよ。どれだけ人に笑われようが、前みたいに唄えるようになりたいので。たとえば「12階の一番奥」は、ちょっと声が荒れていたほうが味があるのではないかと思っていたんですが、今はあの曲をリリースした頃の声で唄えているんです。
──戸川さんはそうやって今も何一つ諦めていませんよね。「諦念プシガンガ」という曲を唄ってはいるけど、歌に関しては何一つ諦めず、退化してしまった発声法や健康な体を取り戻そうと絶えず努力をされていますし。
戸川:唄うことが大好きだし、一生唄い続けていきたいですからね。訓練は本当にきついですが。元のような唄い方にはまだ完全に戻ってはいないけど、ここまでは何とか来たなという感じなんです。今回のアルバムもピッチを機械で直すとかは一切してませんからね。とにかく自分の好きなように、思ったように唄えるように戻りたいです。それに、女優に本格的に復帰することも諦めてないんですよ。去年、『グッド・デス・バイブレーション考』という舞台に出演もしましたし。舞台に出るのは12年ぶりで、相変わらず腰は痛かったけど、今の体で芝居ができたのは奇跡的でした。私に当て書きしてくれた松井周さんには、本当に感謝しています。
──こうして話を伺っていると、戸川さんは〈生きること〉と〈労働〉、あるいは〈一人感〉というご自身のテーマにずっと変わらずこだわり続けているのを感じますね。
戸川:声を元に戻すだの、また女優をやるだの、どこかから「そんなの無理に決まってるじゃん」という声が聴こえることもあるけど、私は諦めませんね。この先、何があるかまだ分かりませんよ。突然結婚するとか(笑)。さすがに子どもは諦めましたけどね。諦めたつもりはなかったんだけど、〈生きること〉や〈労働〉を重視するとできなかったんです。子どもはちゃんと面倒を見てあげないと、片手間じゃ可哀想だし。二足の草鞋とか立派なことは私にはできないし。まぁそれはともかく、歌も芝居も今よりもっと上まで行きたいし、その思いを糧にしながらこれからもずっと、そうですね、私の歌詞にわりとよく出てくる言葉で言うなら、ひた走り続けたいですね。