頭脳警察の結成50周年記念作品『乱破』には往年の名曲のセルフカバーも収録されているが、それより重要なのは斬新かつ野心的な新曲群である。尺八を全面的に採り入れた忍びの歌、パンクの祖という異名に相応しい電光石火ナンバー、同時代を生き抜いた仲間たちに捧げた優美な鎮魂歌、遥かなる中国大陸に思いを馳せた昂然たる組曲、隠語の意味するところを知れば知るほど知的探求心が満たされる静謐なバラッド。そのどれもが一級品であり、伝統ある屋号に胡坐をかく意識など微塵もなく、既存の価値観への反抗と反逆を絶えず繰り返してきた彼らならではの流儀が見て取れる。オリジナル・メンバーのPANTA(ボーカル&ギター)とTOSHI(パーカッション)、黒猫チェルシーの澤竜次(ギター)と宮田岳(ベース)、ex.騒音寺の樋口素之助(ドラム)に加え、アーバンギャルドのおおくぼけい(ピアノ、プログラミング)が準メンバーとして脇を固めるというフレッシュかつ腕利き揃いの編成だからこそ為し得た新境地であり、往年の名曲に新たな息吹をもたらすことにも成功している。50周年もまた万物流転の中継地点に過ぎないと豪語する彼らの最新作について、PANTAとTOSHI、二人とは40歳差の澤に聞く。(interview:椎名宗之)
再結成の引鉄だったソロ楽曲「R★E★D」
──今回の結成50周年記念盤はお世辞抜きで新曲がどれも出色の出来なので、セルフカバーを入れずに新曲だけで押し通しても良かったのではないかと思ったのですが。
PANTA:新曲はまだいっぱいあるんだけど、スタッフからセルフカバーを入れてほしいというリクエストがあってね。テイチクからは「2枚組にすれば良かった」と言われているけど(笑)。
──「さようなら世界夫人よ」や「コミック雑誌なんか要らない」の再録はファン・サービスの意味合いもあったと思いますが、PANTAさんのソロ楽曲である「R★E★D」まで入っているのが意外でした。
PANTA:頭脳警察が再結成するきっかけの曲だからね。『R★E★D』は“Revolution”(革命)、“Evolution”(進化)、“Devolution”(退化)を繰り返すアジアをテーマにしたアルバムで、未完の長編小説である『闇からのプロパガンダ』を原作とする架空の映画のサウンドトラックという体だった。その後に『プラハからの手紙』という『クリスタルナハト』の予告編と言うべき12インチ・シングルを出して、「ちょっとヘヴィな作品が続いたからワンクッション置かない?」と当時のディレクターから言われたんだけど、「いや、この勢いのまま行かないと『クリスタルナハト』は二度とできない」と突っぱねたんだ。それで10年来構想を温めてきた『クリスタルナハト』をやっと完成させたものの、その頃のライブのメニューに『SALVAGE(浚渫)』や『16人格』の曲が全然ハマらない。何が一番しっくりくるかと言えば、頭脳警察の曲だった。
──『プラハからの手紙』で「赤軍兵士の詩」(頭脳警察の発禁ソング)をやるのは必然だったわけですね。
PANTA:うん。ああ、これはもうそういう時期が来たのかな? と思った。1975年に頭脳警察を解散させた時は再結成なんて一切考えなかったけど、そろそろ出動しろよってことなのかな? って。それでTOSHIに電話したら「1年待ってくれ」と言われて、その間に俺は不買運動を起こされた『KISS』に引っかけて『P.I.S.S.』というアルバムを作って、1990年の再結成に臨むわけだ。その年に生まれたのが澤竜次であり宮田岳なんだけど(笑)。そんなわけで「R★E★D」は自分にとってとても重要な曲で、頭脳警察の50周年に相応しいかなと思ってね。歌詞も今の時代に即したところがあるしさ。
──そうなんですよね。「香港からSOS」という一節があってもいいと思いましたけど。
PANTA:そうだ、香港は入れたかったね。でも香港は東京に集約されているとも言える。結局、ペルシャ湾でも東京でも「Newsは消されていく」んだから。セルフカバーというのはだいたいオリジナルには敵わないものだけど、「R★E★D」に関しては頭脳警察としてやることに意義があると思った。竜次の弾くギターがまたいいんだよ。
──TOSHIさんは「R★E★D」をやってみて如何でした?
TOSHI:「R★E★D」は1990年の再結成の頃から何度もライブでやってきたし、レコーディングでも違和感は全くなかった。歌詞も全然古くさくなってないしね。
──すでにライブでも披露されている「麗しのジェット・ダンサー」〜「メカニカル・ドールの悲劇」〜「プリマドンナ」〜「やけっぱちのルンバ」のセルフカバー・メドレーは頭脳警察のサニーサイドに焦点を当てたと言うか、軽快なロックンロール・バンドとしての一面がよく出ていますね。
PANTA:スタッフからのリクエストもあったし、あの時期の曲をまとめてメドレーでやってみようということになって。
──4曲とも『誕生』と『仮面劇のヒーローを告訴しろ』の収録曲、TOSHIさんがバンドを一時離脱していた時期の曲ですが、何か意図するものがあったんですか。
PANTA:言われてみればそうだね(笑)。
TOSHI:何も考えてなかった。オリジナルもほとんど聴いたことがないし、今回は新曲みたいな感じで叩けたよ(笑)。
澤:あのメドレーは渋谷のBYGで初めてやったんですけど、レコーディング前にBYGで定期的にライブをやれたのが良かったです。そこでレコーディングを想定したアレンジを試行錯誤できたので。
──「コミック雑誌なんか要らない」は、3月に亡くなった内田裕也さんに捧げる意味も込めて再録したんですか。
PANTA:捧げるって感じでもないな。ただ裕也さんが唄い続けたことで頭脳警察の代表曲としてスタンダードになったのは確かだし、このメンバーで新たな「コミック雑誌なんか要らない」を残しておきたくてね。
どういうわけか時代とシンクロしてしまう
──同じくスタンダードの「さようなら世界夫人よ」は今回、吉田美奈子さんのパワフルなコーラスが入ったことでとてもエモーショナルな仕上がりになりましたね。
PANTA:ゴスペルみたいな荘厳な雰囲気もあっていいよね。『頭脳警察セカンド』をレコーディングしている時、スタジオにいつも宮沢賢治の本を抱えた少女がいてさ。せっかくだからフルートとピアノで参加してもらったんだよ。それがまだ音楽の世界に入る前の吉田美奈子だった。一昨年、中津川の『THE SOLAR BUDOKAN』で45年ぶりに彼女と再会して当時のことを話したら、「宮沢賢治の本なんて持ってなかった」って言うわけ。持っていたのはジョージ・オーウェルの本だったと。おそらく『1984』かな。昔、スティングと対談した時、「『1984』には“Thought Police”(思想警察)という秘密警察が出てくるけど、ザッパはそれに影響を受けて『Who Are the Brain Police?』を書いたんじゃないかな」と話していたね。
──“Brain Police”、頭脳警察のネーミングの由来ですね。なんだかいろんなことがリンクしてきますが。
PANTA:そんな本を1972年の時点で読んでいた吉田美奈子が、頭脳警察のレコーディングに参加したわけだしね。だけどなんで宮沢賢治の本だと勘違いしたんだろう? 確か当時、彼女は自分のことを“僕”と言っていたからかな? まぁそれはさておき、中津川で吉田美奈子と再会した時に話したんだよ。「再来年は頭脳警察が50周年だから、またフルートを吹けよ」って。「だけどもう全然吹いてないし…」って言うから「練習しろよ」って言って(笑)。結局、今回はコーラスとして参加してもらって、事前に三声のコーラスを考えてきたらしいんだよ。それがあのゴスペル調の仕上がりにつながった。圧巻の歌声だったね。
──「さようなら世界夫人よ」はもともとドイツに生まれ育ったヘルマン・ヘッセが敗戦間近のドイツを憂い、古き良きドイツに向けた惜別の詩でした。PANTAさんが翻訳した歌詞を読むと、今の日本に警鐘を打ち鳴らしているように感じるところが個人的にはあって、ここでもやはり頭脳警察の歌が現代とシンクロしているように思えるんです。
PANTA:どういうわけか時代とシンクロしてしまうんだよ、不思議なことに。ちなみに去年、ロシアへ行った時に現地の人たちと「さようなら世界夫人よ」の話をしたら、みんなあの詩のことを知っていたんだよね。向こうでは「地球にさよなら」というタイトルらしいんだけど、ロシア人の間でドイツ人であるヘッセの詩が知れ渡っていたのはびっくりした。
──そうした代表曲のセルフカバーももちろんいいのですが、新編成によって生まれた新曲の数々がどれもフレッシュかつパワフルでとても素晴らしくて、澤さんを始めとする若い世代のミュージシャンで50周年のメンバーを固めたことが功を奏しましたね。
PANTA:若い布陣で固めるのはずっと考えてた。最初は冗談で「イケメンを集めてみた」とか言ってたんだけど、イケメンなんて誰も喜ばないからさ(笑)。黒猫チェルシーのことはもちろん知ってたけど、改めてちゃんと聴いて、あんなにディストーションがかった歪んだ音だとは思わなかった(笑)。
──1990年生まれの澤さんは、頭脳警察の作品を一通り聴いていたんですか。
澤:高校時代、黒猫チェルシーを組むちょっと前くらいに日本のロックをよく聴いていた時期があって、再発された頭脳警察のファーストを夜な夜なヘッドフォンで聴いてました。一体どんな状況でこういうライブが行なわれていたんだろう? と考えながら、爆音で聴いて。日本のロックの歴史を遡って聴いて、その系譜として今の自分がいるんだというのをヒリヒリと感じていて、当時はまさか自分が頭脳警察でギターを弾くなんて思いもしませんでした。PANTAさんとTOSHIさんに直接お会いすることすら想像もしてなかったですし。
PANTA:竜次はヒップホップとか今の音楽だけじゃなく昔の音楽も詳しいし、彼とは70年代の音楽について話をすることが多いんだよね。その時代の音楽を好きなお父さんやご兄弟の影響が大きいんだろうね。それと驚くことに、彼は岡林信康の親戚なんだよ。
澤:そう、遠い親戚なんです。
──あの慶応三田祭事件で頭脳警察と反目し合っていたはっぴいえんどがバックを務めたこともある岡林信康ですね(笑)。TOSHIさんは澤さんら若いバンドマンと組んでみて如何ですか。
TOSHI:自分までフレッシュな気分になれて楽しいよ。今回、レコーディングして出来上がったのを聴いて、音って正直だなと思った。みんなの音がフレッシュで活き活きとしていて、ピチピチしてる。「あら、恥ずかしい…」みたいな(笑)。