自分たちの手で自分たちの生業を回す
──ところで、長年イースタンユースを追い続けている川口潤さんが監督を務めた「ソンゲントジユウ」のMVがとにかく素晴らしくて、これはバンド史上屈指の出来ではないかと思ったのですが。
吉野:うん、あれは非常に良かったですね。強烈な表現力で感動したですよ。
──主人公の女性が阿佐ヶ谷のスターロードで感動的なダンスを披露して大団円を迎えるという。
吉野:ね。「あ、あそこだ、四文屋の前だ!」「阿佐立ちの客がこっちを見てる!」なんてね(笑)。
──「どう転んだって俺は俺」のところでちゃんと女優さんも転ぶじゃないですか。その転倒っぷりもすごく画になっているんですよね。
吉野:あの女優さんがすごい方なんですよ。下司尚実さんという方で、俺はまだお会いしたことがないんですけど、どうやら役者をやりながら振付や演出もされて、劇団も主宰されているらしいです。
──川口さんによると、吉野さんがよくソロ・ライブをやっている荻窪のベルベットサンから下司さんを紹介されたそうですね。
吉野:そうそう。MVに関してはアイディアが手づまりだったんですよ。最初はちょっとどうしていいのかわからないみたいな感じだったんだけど、ベルベットサンのノイズ中村さんは実に人脈の広い人なので、たぶん川口くんが相談したんだと思う。それで中村さんが今回のMVの製作にすごく協力してくれたんです。
──「生存の実感」を爆発させたようなあの感動のダンス・シーンは川口さんのアイディアだったんですか。
吉野:うん、俺ではないです。下司さんが出てくるシーンには何も言ってません。川口くんが「こんな感じにしたい」っていうあらすじを送ってきて、いいんじゃない? ダンスいいんじゃない? なんてやりとりをしてたんですけど、まさかあんなにすごいダンスになるとは思わなかったですね。もっとふわっとした感じかと思ってたけど、あんなに強烈なダンス・シーンに仕上がるとは思わなかったので驚きました。下司さんが考えたあのダンスの振付がまたすごくいいんですよね、躍動感があって。赤のドレスも最高だったですね。
──ジャケットについても伺いたいのですが、木彫り版画のジャケットはブラッドサースティ・ブッチャーズのファースト・アルバムへのオマージュが込められているんですか。
吉野:ノー。ライツ・オブ・スプリングです。
──ああ、そっちでしたか。『END ON END』ですね。
吉野:そして、ブッチャーズのファーストもライツ・オブ・スプリングです。ちょうどブッチャーズのファーストが出る頃、『END ON END』が札幌で流行ってたんですよ。で、ブッチャーズが版画のジャケットを真似たんです。だからブッチャーズじゃなくてライツ・オブ・スプリングなんです。動機はよーちゃん(吉村秀樹)と一緒。丸パクリです(笑)。
──最初から籠から羽ばたく鳥の絵にしようと考えていたんですか。
吉野:曲ができてきてからですね。ジャケどうする? って話になって、前回が写真を使ったふわっとした感じだったから、今回はゴリッとした版画でいくかと思ったんですよ。それでついにやっちゃうかライツ・オブ・スプリング、やったるか筋彫り、と思って。最初はごっつい顔とかを考えてたんですけど、曲がどんどんこんな感じになってきちゃったんで、これは自由を求める鳥でしょと思って。
──今回はジャケットが自ら木彫り、アー写が自撮り棒を使っての撮影じゃないですか。吉野さんは今までもずっとDIY精神を貫いてきましたけど、ここへ来てその傾向がまた一段と強まった気がしますね。
吉野:なんせ自分のやりたいようにやりたいんですよ。何から何までぜんぶ自分でやりたいんです。
──WEBショップのCDやグッズの梱包、発送まで含めて(笑)。
吉野:やってます。昨日は丸1日、今日も午前中はビッシリ梱包してきましたから。今の俺んちはダンボールの山で、だいぶ製作所感が出てきましたよ(笑)。集荷が来てくれるタイプの荷物じゃないので発送がたいへんで、ぜんぶ郵便局へ持ち込まなきゃいけないんですけど、そういうのもぜんぶやってますよ。
──そこはイアン・マッケイ師匠の姿勢にならって。
吉野:農業と一緒ですよ。何にもないところから種を蒔いて、芽が出て、大事に育てて、収穫して、磨いて、梱包して、発送する。そこまでがひとつの流れですもんね。それで自分たちの生業を回しているわけで。最初にあるのは土だけですよね。でもその土もどんな土でもいいってわけじゃないし、良い土の状態をちゃんと保たなくちゃいけない。俺のやってるのはそういうのと似てると思うんですよ。今は出荷の作業をしてるけど、最初は何もなかったんだもんなぁ…なんて思うと感慨深いですよ。ギターのフレーズもないし、あるのは空気だけだったなぁ…って考えると、梱包してても嬉しいんです。
──労力をかけてこそ愛着が出てくるところもあるでしょうし。
吉野:それがいちばん素朴な生業の姿だなと思いますしね。豆腐屋さんは自分で大豆とにがりを仕入れて、手間暇かけて仕込んで、それを売って生業を立てているわけじゃないですか。俺もそうやって自分でできることはなるべく自分でやって、素朴な生業にしたいんです。それでダメなら自分の責任だし、自分で責任を取れないところまで手を伸ばしたくないんですよ。今までメジャーでやってた時期もあったから一貫してそうだったとは言いきれませんけど、できるだけ自分の手でやりたいことをやりたいんです。
──できることならCDも1枚1枚自分の手でプレスして発信するのが理想ですか。
吉野:ソロのいちばん最初(『bedside yoshino #1』)はそうしてましたよね。家でCD-Rをガンガン焼いてたらMacがぶっ壊れたので、結論としては業者に出したほうがいいってことになりましたけど(笑)。そっちのほうがプレス代も安いし、品質もいいし。自分で焼くと「途中で音飛びがします」なんてお客さんに言われて、よく交換してましたから。だからやっぱり、ぜんぶはできませんよね。そのへんはバランスを取りながらやっていこうと思ってますけど。