どう転んでも今の俺たちを受け入れるだけ
──吉野さんが「生存の実感」と直面するのは、曲づくりで生みの苦しみを味わったり、ステージ上で大絶叫している時ですか。
吉野:いや、実感はいつでもありますよ。胃が痛ぇなっていうのも実感ですし、冷たい水だな、ぬるい水だなでも実感ですし。暑い寒いもそうだし。そういうのを大事に思って生きてますけどね。
──今回のアルバムはどの曲も肩肘張ったところや気負いが感じられないというか、「人生は鼻歌まじりさ」(「黄昏の駅前には何かある」)という歌の通り、鼻歌の延長線上にあるような、つい口ずさみたくなる歌が揃った印象を受けます。それはやはり村岡さんがバンドに加入して新しい風が吹いたことが大きいのでしょうか。
吉野:どうなんでしょうね。気持ちの上での変化は少しありましたけど。歌詞をつくるにあたって考えてることは引き算なんです。どんどん引いていって、最後に残ったものは何なのかというのを常に考えてるんですよ。ちょっと格好つけたようなものとか、虚栄心みたいなものとか、こんなことを言ってみたら詩的でいいんじゃないかな? とか、そういうのは全部却下! やり直し! ってことですよね。
──「なんでもない」も極限の極限まで削ぎ落としたシンプルの極みのような歌詞で、ここまで潔くシンプルな歌詞は今までなかったんじゃないかと思って。
吉野:どうなんですかね。前のことは忘れました(笑)。まぁ、村岡さんが入ったことでずいぶんと気楽な気持ちになったのはたしかですね。自由になったっていうか、なんか一皮剥けたような軽い気持ちにはなりましたけどね。
──今回の収録曲はどれも村岡さんが加入して以降につくったものなんですか。
吉野:そうです。ぜんぶ一からつくりました。これからこのメンバーでやっていくんだから、俺たちこの3人でつくったものを出さないと、形にしていかないと、それまでの形の踏襲になるだけだから、そろそろ少しずつ種を蒔いて育てていこうってことでアルバムをつくることにしたんです。
──村岡さんが加入して丸2年でこうして新しいアルバムが発表されて、思いのほか早いペースだなと思ったのですが。
吉野:彼女には人に合わせる能力があるんですよ。そして努力家なんですね。とっても努力してます。ちょっと涙ぐましいくらい、たいへんな努力をしてますね。
──従来のレパートリーをライブでやるにも、前任の二宮(友和)さんが相当なテクニシャンでしたしね。
吉野:そうですね。でも、彼女もすごくうまい人なんですよ。ベースがたいへん上手でテクニカルなところに目をつけて引き込みましたから。メンバー・チェンジに伴う不安みたいなものは最初からなかったですね。
──ぼくがよく覚えているのは、Co/SS/gZと対バンした2015年の年末の『極東最前線 〜ドキュメント街の底〜』で、あのライブの時に村岡さんがもうお客さんじゃない、完全にバンドの一員として溶け込んだなと実感したんです。それも考えてみれば加入から3カ月くらいのことで、溶け込むのが早かったですよね。
吉野:いちばん最初の練習の1曲目からまったく違和感がなかったですからね。当然、練習もしてきたんでしょうけど、まるで違和感がなかった。音のキャラクターみたいなものはたしかに違いましたけど、それはアンプの調整とかで変わってくるし、その後の馴染みかたっていうのもあるだろうし、そのへんはいいやと思ったんです。でもプレイのコミュニケーションっちゅうか、コンタクトっていうか、そういうのは違和感が一切なかったですね。田森(篤哉)とどうかなぁ…と思ったけど、そこもスッと馴染んでましたから。だから「ああ、これはやれるな」と最初から思ったんですよ。
──「なんでもない」の叙情的なイントロや「おとぎの国」の終盤の躍動感に溢れたプレイなど、村岡さんの存在感が際立っているのも本作の特徴のひとつですね。
吉野:「なんでもない」は村岡さんがベースでつくってきた曲なんですよ。あれだけ彼女の曲なんです。
──ああ、だからあの曲は余計にベースの余韻がじんわりと響くんですね。バンドの一体感がある上で村岡さん個人のキャラクターも立っているのをどの曲にも感じます。
吉野:こっちからは何も注文してないんですよ。ああしてほしい、こうしてくれとかはいっさい言ってませんから。ただ最初に俺がつくってきたリフみたいなのを聴かせて、「こういうニュアンスなんだ」って2人には説明しますけど、そこから先はベースには何も注文していない。今までもそうでしたけどね。バンドは3人でつくっていくものだから、俺が細かいことまで言っても意味がないんです。
──田森さんにも注文はつけないんですか。
吉野:田森にはけっこう言います(笑)。「そうじゃない、もっとこうしてくれ」って。「こんな感じか?」「うーん、まぁとりあえずそれでいい」みたいにやりとりして、奴なりに少しずつ形を整えていくんだと思いますけど。
──吉野さんいわく、村岡さんは天才種族の人だから、呑み込みが早いんですかね。
吉野:それもあるだろうし、お任せしてるんですよ。どう転んでもそれが今の俺たちだから、それを受け入れるだけです。