「女の子」よりも「女性」にフォーカスを当てた
──オリジナルもどれも素晴らしい出来なんですが、どことなく「T'en va pas」(哀しみのアダージョ)を彷彿とさせるメロディ・ラインが美しい「硝子のベッド」は身悶える恋心と憂鬱さがテーマで、無機質なエレクトロ・サウンドだけど湿度の高さも感じられて、アルバム全体を象徴するような曲ですね。
浜崎:「硝子のベッド」は数年前にソロ・ライブをやらせていただく機会があった時に、ライブに間に合わせるように作った曲なんですよ。もともとは『フィルムノワール』の世界観に近い歌詞で、夢見がちな少女みたいな感じだったんです。それを読み返してみたら「ああ、当時はこんなことを考えていたんだなぁ…」って思ったんですけど、ちょっといまの気分じゃないなと思って全面的に書き替えたんです。「女の子」よりも「女性」にフォーカスを当てたかったので。
──この曲もそうですが、一度聴いたら忘れられないメロディは浜崎さんのソングライティングの特性の一つですよね。
浜崎:嬉しいですね。自分のサウンド的には「硝子のベッド」と「雨音はショパンの調べ」は対になっているんですけど、「硝子のベッド」はけっこうスルーされる曲なんじゃないかと自分では思っていたので。と言うのも、この曲はそもそもソロ・ライブのために書いた曲だったし、今回のアルバムのためにコンセプトを寄せて作った曲じゃなかったので、「これでいいのかな?」ってちょっと迷ったんですよね。アルバムのカラーに見合うものになっているのかが不安で。歌詞もギリギリまで練りましたし。
──原曲が一度ライブで披露されたということは、この曲のメロディに聴き覚えのあるファンは相当コアということですね。
浜崎:コアですね。たった1回しかやってないから誰も覚えてないだろうと思って、タイトルも歌詞も好き勝手に書き直したんですけど(笑)。ちなみに、「Forever Us」もソロ・ライブで一度やった曲を大幅に変えたものなんですよ。
──「Forever Us」はダンサブルで軽快なポップ・チューンで、本作のなかでも異彩を放っていますね。
浜崎:パーティピープルに六本木辺りのクラブでかけてほしい曲ですね(笑)。頭を使わずに聴ける曲がほしくて入れました。でも実はこれ、アーバンギャルドで一度提出してボツった曲なんですよ。まぁ合わないだろうなとは自分でも思って出したんですけど、お気に入りの曲だったからいつか自分のソロ・アルバムで使おうと考えていたんですよね。
──いつまでも私たちでいよう、二人だけの世界を守ろう、というのが歌詞のテーマなんでしょうか。
浜崎:誰にも言えない二人だけの秘密をテーマにしたかったんです。たとえば先生を好きになっちゃったとか、ご家庭のある方を好きになっちゃったとか、同性を好きになっちゃったとか、ちょっと背徳感のある歌詞を狙いました。
──「Forever Us」は「あんな人 好きにならないでね」と恋人に伝える歌詞がすごくリアルでいいなと思ったんですよね。
浜崎:「ねぇ」を提供してくれた服部峻もその部分の歌詞が良いってメールをくれたんですよ。「あの曲、めちゃくちゃ良いじゃん! 『あんな人 好きにならないでね』ってよくぞ書いた!」って(笑)。
──服部峻さんは現代音楽、ジャズ、エレクトロ・ミュージックの分野で活躍する新進気鋭の音楽家で、菊地成孔さんの門下生なんですよね。
浜崎:そうなんです。彼は私が通っていた音楽スクールのクラスメイトだったんですよ。週一で通えるスクールで、そこに私が彼と同じクラスに入ることになったんですけど、初めて教室に入った時に何か異様なオーラを放つ子がいるなと思ったんですね。そしたら向こうも「何かヘンなのが入ってきたな」と思ったらしいんですよ。お互いに「何か変わった子だな」と意識しつつ、次第に仲良くなっていったんです。
──すごいつながりですね。当時から服部さんは早熟な才能を発揮していたんですか。
浜崎:あれは忘れもしません、授業で初めて彼の曲を聴いた時に「こんな天才がいるなんて…」とすごく驚きました。その頃の彼はまだ打ち込みの機材を全然持ってなくて、ピアノ1台で曲作りをしていたんですけど、「これ、どうやって弾いてるの!?」っていうすさまじいレベルのピアノを弾いていたんですよ。アバンギャルドでとても難解な音楽をやっていたので、彼が「ねぇ」みたいにポップで普遍的なメロディの曲を持ってきたのはすごく意外でしたね。
SPANK HAPPYへのオマージュを込めた菊地成孔の作詞曲
──「ねぇ」は胸を締めつけられる愛くるしいメロディとアレンジも素晴らしいですが、幸せや夢、未来を投げ打って人の道から外れた恋愛に身を投じる様が描かれた歌詞がドラマティックで秀逸ですね。
浜崎:テーマは「ギルティ」なんですよ。どれだけ非難を浴びても貫き通す道ならぬ愛と言うか。以前から「よこたんの声で脳内再生される曲があるんだよ」っていう話を服部くんから聞いていたんです。昨年末に渋谷で行なったアーバンギャルドのホールライブ『昭和九十年十二月』を彼が大阪から見に来てくれて、その翌日に彼とお茶した時にその脳内再生される曲のことを思い出したんですね。その頃はソロ・アルバムを出すかもしれないという時期だったので、脳内再生される曲を提供してよって話したんです。
──なるほど。今作に入るべくして入った曲としか言いようがありませんね。
浜崎:ちょうどそんなタイミングだったんだと思います。服部くんの才能をもっともっと世の中に知ってもらいたいし、そのお手伝いが少しでもできるならと思っていたし、私は彼の成功を誰よりも願っているんです。彼もまた私の活躍を誰よりも願っていて、性別を超えた友情で結ばれた仲、言わばソウルメイトなんですよね。彼のことは心から応援できるし、彼に良いことがあれば心から喜べるし、私には他に似た人がいない不思議な存在なんです。
──浜崎さんが音楽スクールに通っていた頃からの親友ということは、音楽仲間としては天馬さんよりも付き合いが長いわけですね。
浜崎:そうなんです。当時はまだ中学生だった彼に教えてあげたいですね。「その何年後かにあなたは私に楽曲提供することになるよ! アルバム全曲のミックスも担当するよ!」って(笑)。
──今作で白眉なのはやはり菊地成孔さんが作詞を担当した「ANGEL SUFFOCATION」ですね。かつて菊地さんがやっていたSPANK HAPPYを彷彿とさせるサウンドとアレンジで、SPANK HAPPYの10年ぶりの新曲ですと言われても違和感のない出来で。
浜崎:まさか菊地さんに歌詞を書いていただけるなんて思ってもみなかったので、ダメ元でお願いして快諾してくださった時は天にも昇る気持ちでした。そのミックスで菊地さんの教え子である服部くんが参加するのも私のなかでは大きなことだったんです。菊地さんに歌詞を書いていただけることになって、アルバムに収録する予定だった曲のなかでどれがいいか悩んだんですけど、どれも合わなくて新たに書き直したんですよ。せっかく菊地さんに歌詞を書いてもらえるなら、敬愛するSPANK HAPPYへのスペシャル・オマージュをしたかったんです。
──その意図は菊地さんに伝えたんですか。
浜崎:そんなおこがましいことは言えませんでしたけど、曲を聴いていただいたら分かってくださるかなと思って(笑)。菊地さんには「アーバンギャルドとはまた違った世界観で、女性の恋愛をテーマにした楽曲で…」とコンセプトをお伝えしたんですけど、「最終的には菊地さんのお好きなように書いていただいて全然構いませんので!」とメールに書いたんです。そしたら歌詞を仕上げてくださった菊地さんから「浜崎さんが持ってきた曲がSPANK HAPPY寄りだったので、僕も悩みましたがそっちに寄せることにしました」という返事をいただいたんですよ。
──菊地さん自らSPANK HAPPYの作風の封印を解いたとも言えますよね。
浜崎:私もまさかこんなにSPANK HAPPYワールド全開みたいな歌詞を書いていただけるとは思わなかったので、よっしゃあ! って感じでした(笑)。
──「こんなに悲しい詩を書いてくれる男の子なんて あなたしかいないわ」という詞を浜崎さんに唄わせるのも心にくいし、紛うことなき名曲ですね。
浜崎:私のキャリア史上屈指の記憶に残る曲になりましたね。もし叶うなら、アーバンギャルドでも演奏したいくらい好きな曲なんですよ。
──URBAN DANCEの成田忍さんのアレンジもツボを押さえていて良い効果をもたらしているのでは?
浜崎:そうですね。デモでまず自分の思い描くアレンジを作って、成田さんにSPANK HAPPYを彷彿とさせる感じにパワーアップしていただきました。それと、成田さんのギターを入れてくださいとお願いをして。
──本当に素晴らしい出来だと思いますし、SPANK HAPPYの新曲として発表してほしいくらいです(笑)。
浜崎:でもどうなんでしょうね。SPANK HAPPYのファンの方が聴いたら怒られるかな? と思ったりもするんです。そこだけが心配ですね。私はSPANK HAPPYが大好きだし、アーバンギャルドでもそういう要素をちょっと入れさせてもらってますけど。ただ嬉しいのは、この『Blue Forest』の情報が解禁されてから菊地さんのことを調べて、SPANK HAPPYのCDを買ったというアーバンギャルドのファンがいることなんです。私をきっかけにSPANK HAPPYに興味を示してくれるのは嬉しいですね。