ピッチを直すくらいなら自分がちゃんと唄えば良い
──この「ANGEL SUFFOCATION」もそうなんですが、人工的なエレクトロ・サウンドと有機的な浜崎さんの歌声のバランスがどの曲も絶妙ですよね。機械と人力が理想的に融合していると言うか。
浜崎:実は今回、歌のピッチをほとんど直してないんですよ。どうしても気になるところだけはお願いしました。いまは歌が下手でもいくらでもピッチを直せちゃうから、すごく不自然な仕上がりになったりするんです。それがとても気になるようになってしまって、それならいっそ自分が機械になればいいじゃないかと思ったんですよ。それでできるだけ音程を外さないように唄うということで。昔のアナログテープの時代は一発録音だったから歌手は気軽に唄い直せなかったし、本来はちゃんと唄えるのが当たり前だったわけだし、そこに立ち返りたかった部分もありますね。「誰より好きなのに」は唄うのが難しかったですけど、歌のニュアンスを消したくなかったのでほとんど直さなかったんですよ。ピッチを直して雰囲気が変わるくらいなら直さないでほしいと服部くんにリクエストしたら、ほぼ触ってない状態で返ってきましたね。
──全体的な音の耳心地の良さは服部さんの技量に負うところも大きかったんですね。
浜崎:彼のセンスに助けられましたね。服部くんが去年出した『MOON』というアルバムを聴くと、上手いところを当ててくるなと感じるんですよ。普通のミックス・エンジニアならこういう聴かせ方はしないだろうなと思うんですけど、それが彼のアーティストとしての面白味なので、私はそれを期待して彼にミックスをお願いしたんです。結果的に一筋縄ではいかない音の仕上がりになったし、ミックスの面でもとても満足しています。
──構成的には「ねぇ」が今作のクライマックスで、アルバムの最後を飾る「Lost Blue」がエンドロールみたいな感じですよね。
浜崎:私もそのイメージがありました。もし「ねぇ」で終わると呆気にとられると言うか、唖然とするくらい破壊力のある曲ですからね(笑)。最初は「ねぇ」と「誰より好きなのに」の位置を入れ替える案もあったんですけど、それだとストーリー的におかしいと思っていまの曲順にしたんです。
──「Lost Blue」は儚さと浮遊感が漂うメロディながら、花びらが舞い散るような華やいだアレンジが印象に残りますね。
浜崎:「Lost Blue」は大昔に書いた曲なんです。アーバンギャルドに加入する前の人生の悶々期ですね。同じ音楽スクールに通っていた歌の上手い男の子がいて、その子と一緒にライブをやるために書き下ろした曲だったんです。「ねぇ」に続く最後の曲はもともと別の曲を用意していたんですけど、ちょっとマニアックな方向性になってしまって、自分でも収拾がつかなくなったんですよ。もうちょっと爽やかなポップ・ソングがいいけど、時間もないしどうしようかと考えていたところに「Lost Blue」の原型の曲があったことに気づいて、大幅に書き直して完成させたんです。
──恋に落ちるのを悩ましく感じつつも相手の好意に振り回されるという切ない恋愛模様が描かれていますが、今作で作詞を手がけた曲は浜崎さんの実体験が反映されているのでしょうか。
浜崎:今回ばかりは自分の恋愛経験を投影した部分もありますね。自分が恋愛している時に感じた気持ちを歌詞に込めたり、思い出してキュンとなったりもしました。半分は“古内東子さんエッセンス”が入っていると思います(笑)。
──「Lost Blue」にもそのエッセンスが入っていますか。
浜崎:あると思います。「Lost Blue」は最初、もっとハッピーなラブソングにしたかったんですよ。でも歌詞を書いていくうちにこれは違うなと思って全部消して、書き直してみたらこんなにもの悲しい歌詞になってしまったんです。自分でもひねくれてるなぁ…と思いましたね(笑)。でも、好きと言われたらこっちも好きなってしまう感覚ってあると思いませんか? 「Lost Blue」ではそんな思いを書いてみたかったんです。先手を打って好きと伝えると、何とも思っていなかった人でも気になる存在になるという恋愛テクニックがあると聞いたことがあるんですけど(笑)。
──浜崎さんのパブリック・イメージだと、好意のない人から言い寄られてもまるで動じないような気がしますけどね。
浜崎:いや、私なんてちょろいですよ。優しくされたらみんな私のことが好きなんだと勘違いしちゃうので(笑)。
サウンドに頼らずに旋律の美しい曲を作る
──こうして何から何まで個人のジャッジで制作に臨んだことで、逆にバンドの良さを実感することもありましたか。
浜崎:もちろんですよ。アーバンギャルドは私のなかで絶対的なパーセンテージを占めていて、普段の生活の9割以上は常にアーバンギャルドのことを考えていますから。家族や友達、恋人よりも優先順位が上ですし、私のソロ活動があるからアーバンギャルドの仕事を入れないというのは本末転倒だと思っているんです。だから今回のソロ・アルバムは、アーバンギャルドがなければ絶対に作れなかったものなんですよ。その意味でもアーバンギャルドの存在はすごく大きいし、もしもアーバンギャルドのことを知らなくても何らかのきっかけでこのアルバムを聴いてくれた方が、最終的にアーバンギャルドを聴いてくれるようになれば嬉しいですね。浜崎容子はアーバンギャルドなしでは語れない人間ですから。
──前作『フィルムノワール』では天馬さんが作詞とアートワークを手がけていましたけど、今回、天馬さんの加勢なしでこれだけクオリティの高い作品を完成させられたのはこの6年で培った経験の賜物じゃないですか?
浜崎:いや、いろんな人たちが手伝ってくださったおかげですよ。自分一人じゃ絶対に作れなかったし、『フィルムノワール』の時も天馬や他のメンバーの力が必要でしたしね。結局のところ、こうしてまたソロ・アルバムを作ってみて思ったのは、自分一人では何もできないってことなんです。
──でも、今回も菊地さんを始めとする俊才が浜崎さんのために力添えを惜しまなかったのは、それだけ浜崎さんの才能を認めていることの表れと言えますよね。
浜崎:それはとてもありがたいことです。成田さんなんて突然メールをくださって、「容子ちゃん、ソロ・アルバム出すんだって? 僕にも何かやらせてよ」って仰ってくださったんですよ。その時はちょうど「ANGEL SUFFOCATION」のアレンジで死ぬほど頭を悩ませていたので、「それなら本気で1曲お願いしちゃいますよ!?」って(笑)。
──アーバンギャルドが常に第一でありながらも、こうして一人のシンガー・ソングライターとして唄える喜び、面白さも今回は実感できたのではないかと思うのですが。
浜崎:そうですね。アーバンギャルドも最近はハモりやコーラスを入れさせてもらってますけど、基本的に情報量の多いバンドなのでハモりやコーラスをあまり入れすぎないほうがいいんじゃないか? とか、いや、入れたほうがいい! という議論が制作の時にあったりするんです。私個人はコーラス・ワークを考えるのが楽しいし、好きなんですよ。それを今回、こだわってやれたのは嬉しかったですね。「Lost Blue」のコーラス・ワークは自分でも気に入っていて、イントロがコーラスで入る曲を作ってみたかったんです。
──今作の収録曲を生で聴ける東名阪のライブも楽しみですね。
浜崎:今回のアルバムだけだと曲が足りないので、『フィルムノワール』の曲もやりますし、昔やったことのあるレアな曲もやる予定です。
──ライブはアーバンギャルドのおおくぼけいさんと惑星アブノーマルのテナ・オンディーヌさんのツイン・キーボード編成で行なわれるんですよね。
浜崎:私が2台のキーボードの間に立ってシンメトリーの形にしたかったんですよね。今回はアルバムの世界観をガラッと変えるのではなく、そのままの形を活かして生の大きい音で聴いていただくほうがいいと思ったので、ドラム、ベース、ギターは入れないことにしたんです。ドラムを叩いていただくにしても、リズムが複雑すぎますしね。自分が好き勝手に作らせてもらったリズムなので、それをライブ用にアレンジすると違和感が出ちゃう気がしたんですよ。だったらシンセやキーボードで表現したほうがいいと思ったんです。
──たとえば『フィルムノワール』に収録されていた「思春の森」はいまのライブだとエレクトロ・サウンドではなく生音っぽいキーボードで演奏されていて、情感溢れる歌がさらに引き立つじゃないですか。『Blue Forest』の収録曲もエレクトロ・サウンドの鎧を脱ぐとメロディの良さがより際立つように思えるんですよね。
浜崎:今回、タワーレコードさんの店舗特典でおおくぼさんがピアノで弾いてくれたバージョンの入ったCDが付くんですけど、「ANGEL SUFFOCATION」はシンプルなアレンジでも面白い仕上がりになったんです。「Lost Blue」もピアノ一本だけですごく良くなりましたね。自分の曲作りのポリシーとして絶対に曲げちゃいけないと思っているのは、仮に手拍子だけのア・カペラで唄うことになっても良いメロディであることなんです。サウンドありきじゃないと成り立たないメロディではなく、サウンドに頼らなくても旋律の美しい曲作りは死守したいんですよね。
──ソロはソロでアーバンギャルドでは成し得ないトライアルができるでしょうし、今後もコンスタントにソロ作品を発表していただきたいですね。
浜崎:今回はアーバンギャルドのアルバム制作やツアーと丸かぶりでかなり大変だったんですけど、それでも何とか乗り越えることができたので、この先もバンドとソロを並走してやれるんじゃないかという自信がついたんです。それに、もし次回作を出せるとしたらこんな感じにしたいとすでにほんのり妄想はしているんですよね。それをいつ出せるのかは分からないし、10年後かもしれないし、ひょっとしたら近い将来なのかもしれませんけど、それを見据えて活動していけたらなと思っています。