下北沢シェルターは当時から特別な存在だった
──作品のひとつの見せ場として、去年の8月にフィーバーで行なわれたTEENGENERATEの実に16年ぶりとなる再結成ライブ(『ROCK市ROCK座 vol.4』)の模様も収録されていて、現在進行形のバンドの姿を捉えているのがいいなと思ったんですよ。単なる回顧で終わっていないのがいいなと。
近藤:5年くらい前にTEENGENERATEのドキュメンタリーを作りたいと考えた時、「ああ、やっぱりムリだな」と思ったんです。なぜならFifiさんとFinkさんはそれぞれ現役でFIRESTARTER、THE RAYDIOSっていうバンドをやっているから。作品のシメとして「そして2人は別々のバンドでロックンロールを今もやり続けている」みたいな感じで終わるしかないし、それじゃあまりにありきたりじゃないですか。そうこうしているうちにシアターNが閉館して、映画を作れるという話になって、「そう言えばTEENGENERATEは2013年で結成20周年じゃん!」って思いついたんです。それで「映画を撮らせて下さい」ってお願いをFifiさんとFinkさんにした時に、「20周年を記念して再結成ライブをやって下さい」とダメ元で頼んでみたんですよ。そしたら「いいよ」って言ってもらえたんです。
──それが去年の話ですか。
近藤:いや、一昨年の年末ですね。ぷあかうっていうFifiさんがやってる下北の呑み屋でみんなの前で話してたんで、引くに引けなかったのかもしれませんけど(笑)。で、その場でフィーバーに電話をした人がいて(笑)。
──再結成ライブが映画制作の駆動力にもなったと。
近藤:単純にヒストリーを追うだけじゃなくて、再結成ライブに向かう姿まで撮っていけば、また新たな物語が生まれると思ったんです。再結成ライブをメインにしてもドキュメンタリーとして成り立つと思ったし。結果的にメインにはしないで、頭と最後に使ったんですけどね。
──あのオープニングはシビレますね。COZYのSteve Borchardtさんによる前説と言うか呼び込みがTEENGENERATEというバンドの魅力を的確に言い表していて、とにかくグッときます。拙い日本語っていうのがまたいい。
近藤:あの喋りは熱くて最高でしたね。あれを聞いた瞬間に「オープニングはこれで決まりだ!」と思いましたから。僕がこの映画のなかで言いたいことを全部Steveが言ってくれたようなものです。ちなみに彼は中学生の時にTEENGENERATEに衝撃を受けて、日本語を学ぶために日本へ留学したんですよ。
──FifiさんとFinkさんが地元・静岡の縁の深い場所を巡る場面もいいですよね。馴染みのレコード屋の店主や通っていた塾の先生との再会、母校に立ち寄って喫煙するシーンに兄弟のパーソナリティが如実に表れていて。
近藤:あのシーンは僕も気に入ってます。他のメンバーや関係者と離れたところで2人の距離感を伝えるパートが欲しくて、「静岡に帰りませんか?」と提案したんですよ。そういうのも2人が快諾してくれたので助かりました。
──近藤さんがぷあかうの常連だったからスムーズに話が進んだんですかね?
近藤:常連ではないんですよ。ただ、シアターNで上映する音楽映画の公開記念イベントをぷあかうでよくやらせてもらってたんです。映画のチラシやポスターが仕上がると必ず店に持っていってたし。あの店で呑むといつも楽しくなりすぎちゃって危険なので、あまり行かないようにしてるくらいです(笑)。
──当時の貴重な演奏シーンも迫力ありますよね。あくまで記録用で収録していた粗い画像っていうのがまた臨場感を醸し出していて。
近藤:下北沢シェルターでの映像が多いんですけど、今見ても最高ですね。当時は目の前で見られたし、決して粗い映像を見ていたわけじゃないんだけど、あの粗い映像を見ると「ああ、実際こんな感じだったなぁ」と思って。なぜか凄くリアリティがある。
──当時のシェルターがTEENGENERATEにとって如何に重要な拠点だったのかもよく分かりました。
近藤:もうね、シェルターから協賛金を頂きたいくらいですよ(笑)。でも、初代店長の平野(実生)さんからはいい話をたくさん聞けました。平野さんに話を聞いて、ロフト・グループのなかでもシェルターは特別なライブハウスなのがよく分かりましたけど、当時の下北のライブハウスのなかでもシェルターは特別な存在、聖地だったんです。それは出てるバンドも含めて。TEENGENERATEやGUITAR WOLFみたいなバンドもいれば、butchersやeastern youthみたいなバンドもいた。ああいう音楽を好きだった人たちには一番刺激のあるライブハウスだったんじゃないですかね。僕自身バンドをやっていて、シェルターに出たくて仕方なかったですから。昼のオーディションはロックじゃない! と思って受けませんでしたけど(笑)。
──当時のシェルターは“アンチ新宿ロフト”をスローガンとして掲げて独自のブッキングをしていたから、店のカラーを打ち出す上でも平野店長がTEENGENERATEのような気鋭のバンドと出会えたことはラッキーだったと思うんですよ。
近藤:シェルターに出ていたバンドって、日本のロック・シーンに脈々と受け継がれている上下関係からも切り離されていたってことですよね。だからこそ自由な雰囲気や活気があったし、オルタナティブなバンドが続々とシェルターに活動の場を求めたのもよく分かりますよ。そのなかでもTEENGENERATEは唯一無二の個性を際立たせていたと思います。
バンドの核だったFifiとFinkの音楽に対する愛情
──TEENGENERATEはルーツ・ミュージックに対する造詣がとても深いじゃないですか。60年代のガレージや『KILLED BY DEATH』シリーズに収録されていた70年代のレアなパンクなどの影響を受けつつ、独自のロックンロールを体現していた。前時代の音楽を否定することから始めるパンク・バンドとは全く違いましたよね。
近藤:ソウル・ミュージックも凄い詳しいですからね。そういうのを全部ごちゃ混ぜにして生み出されたのがTEENGENERATEの音楽で、圧倒的なオリジナリティがあったんですよ。仮に誰かがTEENGENERATEの曲をカバーしても、絶対にTEENGENERATEみたいにはならないんです。
──GUITAR WOLFの「LET'S GET HURT」が好例ですよね。
近藤:あれは完全にGUITAR WOLFの曲になってますからね。GUITAR WOLF独自の凄みもあるし。
──そういうTEENGENERATEらしさの核となる部分とは何だったんでしょう?
近藤:やっぱり、FifiさんとFinkさんの音楽に対する愛情でしょうね。互いにそれぞれ好きな音楽をどんどん突き詰めていって、周りの人たちが付いていけない状況が静岡に住んでいた頃からあったみたいなんですよ。兄弟同士だから情報交換も活発で、2人の耳が異様に肥えていったんだろうなと思います。
──映画のなかでも、2人が地元のレコード屋で真剣にレコードを探している姿がとても微笑ましかったですからね。大人になってもレコードを掘るのが心底好きなんだなと思って。
近藤:撮影してるのにお構いなしですからね(笑)。静岡のロケはまず都市部を見て、それから高校へ行ったんです。その後に洋盤屋っていうレコード屋へタクシーで向かったんですけど、途中で川口が腹痛になって、タクシーを止めてコンビニに入ったんですよ。そんな時でも2人は「洋盤屋へ行くならお金を下ろさなくちゃダメだ」って目の色変えて本気モードで、川口のお腹の心配なんて全然してなかったんです(笑)。
──(笑)でも、音楽が純粋に好きでバンドを始めた兄弟なんだなというのがよく分かりました。
近藤:シェルターの平野さんによると、「当時はリスナーがバンドを始めるようになった時代」であると。「そのひとつがTEENGENERATEだったと思う」と話していて、確かにそうだなと思って。音楽を好きな人たちが表現の方法を変えてきたと言うか、音楽好きが高じてDJを始める人たちも増えてきた頃ですよね。それ以前なら音楽ライターになるとか、そういう選択肢しかなかったじゃないですか。
──TEENAGE FANCLUBのNorman Blakeさん、THE POSIESのKen Stringfellowさんといった海外のバンドマンにはどんなルートで出演のオファーをしたんですか。
近藤:日本にいれば世界中のバンドを見られるんじゃないかと思うくらい、いろんなバンドが来日してたんですよ。そのタイミングで「撮影させて下さい」とお願いしました。そこで「俺は話す立場じゃないよ」とかにはならずに、「TEENGENERATE? もちろんいいよ!」って快諾してくれる人たちが多くて助かりましたね。彼らの証言を聞いても、TEENGENERATEが如何に海外で高い評価を受けていたか、如何に愛されていたかが分かると思います。僕も純粋にファンだったから、メンバーは元より国内外の関係者のインタビューは話が弾んで楽しかったんですけど、盛り上がったぶんだけ文字起こしが大変だったんですよね。何せ60時間はあるわけだから、あれは地獄でしたよ(笑)。
──GUITAR WOLFのセイジさん、JACKIE & THE CEDRICSのエノッキーさん、SUPERSNAZZのTOMOKOさんといった証言者の顔ぶれには納得なんですが、The STRUMMERSのIWATAさんという人選は意外でしたね。
近藤:たまたまFinkさんと大学の同級生だったってことで。でも、もし他の人が監督だったら漏れた人選だったかもしれません。僕はSTRUMMERSも好きで聴いてたし、メジャーを切られた人たちがTEENGENERATEのことをどう見ていたのかを訊きたかったんです。結局、本編には使わなかったんですけど、IWATAさんは「あの時代にパンクがあるべき姿に戻ったんだよ」って言ってましたね。パンクでお金を儲けようとしたメジャー・レーベルが当時はたくさんあったけど、それも廃れて、地道にハードコアをやり続けてきたような人たちがようやく評価される時代になった。「いい時代が来たよね」ってFinkさんも言ってましたけど。