転機となったビッグ・ジェイ・マクニーリーとの共演
──「There Is Something On Your Mind」と「When The Saints Go Marching In」でボーカルを取った福島さんとは以前から面識があったんですか。
甲田:Ban Ban BazarとBloodest Saxophoneが一番最初にライブをご一緒したのは、1999年か2000年くらいのクラブチッタだったんですよ。ダイナミクスの山崎(廣明)さんのイベントで。それ以降、いろんな所で一緒になる機会があって、去年の頭くらいから僕とトロンボーンのCoh、ドラムのKiminoriがBan Ban Bazar Deluxeのツアー・メンバーとして参加して、そこで親密になったんです。福島さんは音楽的な技術はもちろんのこと、物事の運び方が凄く上手な人で、僕が去年ビッグ・ジェイ・マクニーリー(リズム&ブルース/ジャンプ・ブルースを代表するアメリカの大御所サックス・プレイヤー)を日本へ呼んだ時もいろいろと相談に乗ってもらったんですよ。「There Is Something On Your Mind」はそのビッグ・ジェイが1959年にヒットさせたバラード・ナンバーで、ずっとやりたかったんですよね。福島さんが唄うことを想定してCohがあんなアレンジにしてみたんですけど、真夜中に録った感じが音にも表れていて凄く良かったですね。
──「When The Saints Go Marching In」みたいな有名曲をあえて取り上げたのは?
甲田:ベタと言えばベタだし、今さら取り上げる人もいないでしょうけど(笑)、Ban Ban Bazarがウチのイベントに出てくれた時の最後のセッションで「When The Saints Go Marching In」をやったんですよ。福島さんの歌のレパートリーの中にこの曲があったこともあって。
──「SNK Shuffle」では伊東ミキオさんの心地好く跳ねるピアノが絶妙なアクセントになっていますね。
甲田:あの曲はギターのShujiがミキオさんが入る前提で作った曲で、僕らはミキオさんのピアノが大好きだから参加してもらえて嬉しかったですよ。特にあの「SNK Shuffle」はミキオさんのスタイルに合った曲じゃないですかね。
──ベッシー・スミスやビリー・ホリデイ、オーティス・スパン、エリック・クラプトンなどさまざまなミュージシャンが持ち歌にした「Ain't Nobody's Business」は、Cohさんの堂に入った歌が実に見事で、まるで本物のブルースマンみたいに聴こえますね。
甲田:今回のレコーディングがあったからというわけじゃないんですけど、Cohの歌がセンターに来る曲を今後増やしていこうかなと思っているんですよ。今の基本は僕のテナー・サックスがメインのインストですけど、ライブではそれとセンターが入れ替わるパートが半々でもいいのかなと思って。前からそれはちょっと考えていたんですが、これがたとえば日本語の歌詞になった時にCohの唄う姿がイメージできなかったんです。でも、オリジナルはインストのほうでやって、歌は僕らの好きなカバーばかりでもいいんじゃないかと思うようになって。Cohは声も唄い方も凄くいいので、歌がライブで1曲だけっていうのも何だかもったいない気がするんですよ。
──それにしても、『Rhythm and Blues』とはまた直球すぎるほど直球なタイトルですよね。これはバンドが作品の内容に絶対の自信を持っていることの表れなのかなとも思いましたが。
甲田:最初は『Jump』っていうワードもあったんですけど、それよりも『Blues』のほうがしっくり来る感じがあって。レコーディングの帰り道にほうとう屋でみんなとメシを食べている時に「『Blues』ってワードがけっこう来てるんだよなぁ…そうか、もうズバリ『Rhythm and Blues』で良くない? それで決まりでしょ!」みたいな感じで決めたんですよ(笑)。若干シニカルな部分もあるんですけど、もうこれしかないと思って。
──今作がこれまで発表してきた作品とは明らかに違う次元のクオリティに仕上がったのは、何かターニング・ポイントみたいなものがあったからなんでしょうか。
甲田:ビッグ・ジェイ・マクニーリーとの共演が大きいですね。いろいろと勉強になったし、無駄を削ぎ落とした形と言うか、極限までシンプルであることの良さを再認識させられたんですよ。「凝ったことは何ひとつせず、ただシンプルに音楽をやることでお客さんを楽しませることができないようじゃ、もうやめちまえ!」って言われているような気がしたんですよね。直接そう言われたわけじゃなくて、彼のプレイを見ていてそう思ったんです。今回はその経験を踏まえての曲作りで、ちょっとジャズ寄りだった曲作りがリズム&ブルース寄りになったんですね。あと、今まではホーン・セクション全体で前に出ていたところをテナー・サックスが前に出る形になって、ひとつのカラーが見えやすくなったんです。それとやっぱり音ですね。やっている音楽にぴったり合った音で、しかも今までで一番いい音が録れた。これまでずっとモヤモヤしていたものがすべて解消できましたね。だからこれでまた次のステップに行ける気がします。
アルバム作りは絶対に妥協をしたくない
──伝説のホンカー、ビッグ・ジェイ本人たっての希望でバックを務めた経験は何よりも代え難いものだったわけですね。
甲田:まぁ、もの凄く過酷なツアーだったんですけどね。ビッグ・ジェイが来日する前に「頼むから早くやる曲を教えてくれ」と急かしたら20曲くらいリストアップしてくれたんですよ。それもリストアップしただけで、「YouTubeとかで見てくれ」って言われて(笑)。それで曲を集めて伊東ミキオさんも交えて音合わせを事前にしたんです。で、ビッグ・ジェイが大阪に着いたら「数曲違うのをやりたい」と本人に言われて、その数曲が8曲くらいあって、その日はスタジオで昼の12時から夜の8時まで一度も外に出ないでずっと練習ですからね。僕らはともかく、当時85歳のビッグ・ジェイが一度も休まないんだから凄い体力だなと思って。その翌日が大阪公演で、最初からセットリストがないんですよ。ビッグ・ジェイは「俺が言ったことをやれ」と言うだけで、何がどう始まるのかも分からないから彼を常に見ているしかない。でも、いざ始まれば圧巻のステージで、その後の名古屋も東京も激しく過酷なライブだったけど、どの会場でもお客さんは大喜びなわけです。これこそが文字通りライブだなと思いましたね。言ってみれば彼はロックンロールの礎を築いた人のひとりなわけで、そんな人を間近で見ながらショーを一緒にやらせてもらったのは凄い刺激になったし、その経験は間違いなく今回の曲作りに反映されていますね。
──ビッグ・ジェイがセットリストを用意しないのは、予定調和じゃないところでやるから程よい緊張感が生まれていいライブになるんだという持論からなんでしょうか。
甲田:そうみたいですね。後から聞いたら、彼はレコーディングでも同じスタイルらしいです。いきなり自分で勝手に吹き始めて、それにバックが全力で喰らいついていくっていう(笑)。大阪公演の時、フッとビッグ・ジェイのほうを見たら水が置いてなかったんですよ。それで自分が吹かないところで裏まで水を取りに行ってビッグ・ジェイのそばに置いたんですけど、一向に飲まないんです。こんなに大きな声を出して長時間吹き続けて、身体は大丈夫なのかな? と心配になったんですけど、一滴も飲まない。後で本人に「なんで水を飲まないんだ?」って訊いたら、「飲む暇なんてないだろ」っていう凄くシンプルな答えが返ってきたんですよ。確かに一心不乱にサックスを吹いていたら、水なんて飲めるわけがないですよね。僕だってステージじゃ飲まないし。
──ブラサキとミキオさんの演奏は褒めてもらえたんですか。
甲田:凄く気に入ってもらえましたね。ただ、普段から絶対におべんちゃらを言わない人なんですよ。取材の時もブラサキの演奏を訊かれて「うん、素晴らしいよ」と素っ気なく答えるだけなんです。でも最後に成田で見送った時にハグされて、「お前らのCDと資料を俺宛てに送れ。俺が紹介文をつけてアメリカのプロモーターに流すから」とビッグ・ジェイが言ってくれたんですよ。その言葉を聞いて、「ああ、合格したんだな」と思いましたね。あれは凄く嬉しかった。まぁ多分、ビッグ・ジェイはそんなこととっくに忘れているだろうけど(笑)。
──なるほど、だから今作には「There Is Something On Your Mind」ともう1曲、ビッグ・ジェイの「Deacon's Hop」が収録されているんですね。
甲田:「Deacon's Hop」はビッグ・ジェイのデビュー曲で、いきなりリズム&ブルース・チャートの1位を獲った代表曲なんですよ。1949年というまだロックンロールが誕生する前にあんなにパワフルでクレイジーな演奏をやっているのが凄い。そんな曲を、ビッグ・ジェイと共演した僕らがやるのはもの凄い重圧だったんです。ライブでやるならまだしも、それを記録するとなると畏れ多いなと思って。でも、ここでしっかりやらなきゃなという思いも反面ではあって、絶対にオリジナルに恥じないものを作れる確信はあったんですよ。
──オリジナル曲はいくつもストックがある中から精選されたものなんですか。
甲田:ライブでやっていてもレコーディングしなかった曲はオリジナルでもカバーでもあるんですけど、オリジナルはほぼ今回のアルバムのために持ち寄った曲ばかりですね。その中で今回は見送った曲もあるんですけど。
──曲作りが終盤に差しかかった頃に、何かやり残したことがあるんじゃないかということで作られた「Long Vacation」のような小気味良いナンバーもあるし、曲作りも徹底して突き詰められたことが窺えますね。
甲田:アルバム作りは毎回そうなんですけど、絶対に妥協をしたくないんですよね。今の時点で完璧なものを作りたいと考えた時に、どうしても何かが足りなかったんです。それでメンバーにも曲出しの締切を1週間延ばさないかと提案して、何とかもう1曲仕上げたんですね。「SNK Shuffle」もそうやってShujiが作ってきた曲なんですよ。僕が作った「Long Vacation」はペーソスの漂うメロディで、メンバー間でも凄く好評だったので良かったです。