1986年11月14日に札幌のキャンパス21で初のライブを行なって以来、今年でバンド結成28年目を迎える記念日に『youth(青春)』と題された通算13枚目となるオリジナル・アルバムを発表するブラッドサースティ・ブッチャーズ。2年に及ぶ制作時間を経て、今年の1月にはすでにマスタリングまで済ませていた本作は、未来に向けた創造こそを常に第一義とする彼らの最新にして最高の雄篇である。
サミュエル・ウルマンの『青春の詩』の言葉を借りれば、逞しい意志、豊かな創造力、燃ゆる情熱を胸に刻んで臆することなく音に託したからこそ、ここで聴かれるバンド・サウンドは夜空にきらめく星辰や水面に反射する陽光のように美しく、新緑のように瑞々しく、そしてシャボン玉のように儚い。青春とは人生のある季節のことではなく、熱情と探究心を失わないココロノ在り方であることを如実に伝える作品と言えるだろう。
このインタビューは、射守矢雄(b)、小松正宏(ds)、田渕ひさ子(g)に『youth(青春)』の制作にまつわる話を聞いたものだ。ご承知の通り吉村秀樹(vo, g)は不在だが、だからこそ余計に吉村の揺るぎない存在感が際立っているのが3人の会話から窺える。音楽という現実とはパラレルな世界にひとたび身を委ねれば、吉村はいつでもそこで口をヘの字に結んでギターを掻き鳴らし、歪んだ音に独自の浮遊感と余韻を与える。そしてバンドは渾然一体となって狂った和音に生ずるビートをひたむきに奏で続ける。一人でも聴き手がいる限り、ブッチャーズの至上のアンサンブルは鳴り止むことがない。そう、とこしえに。(interview:椎名宗之)
吉村の頭にある全体像を“当てに行く”
──前作『NO ALBUM 無題』は吉村さんに「もうこんなに辛い作業はしたくない!」と言わしめるほど悶々としたレコーディングだったそうですが、今回はどんな感じだったんですか。
射守矢:どうだったっけね? ぶっちゃけ、今となってはあまり覚えてないんだよなぁ(笑)。もちろん完成に至るまではいろいろと大変だったと思うよ。悲しいことも辛いこともみんなそれぞれあったと思うからさ。
──資料を見ると、2011年1月27日からレコーディングを開始したとありますが。
田渕:レコーディングは何回かに分けて、凄く長い時間をかけて作業したんですよ。2、3曲ずつ録るとか分散させてやっていたので、特に悶々とするようなことはなかったんじゃないですかね。根を詰めてやった作業は最後のミックスくらいだったので。
──今思えば、ドキュメンタリー映画『kocorono』に映っていた曲作りはまさにこの『youth(青春)』の制作に向けてのものだったんですよね。
射守矢:そうだね。スタジオの曲作りのシーンは確か「youth パラレルなユニゾン」だったと思う。あの曲の最初期の段階だね。もう何とも形にならなくてさ、ちょっと煮詰まってるような感じの頃だったんじゃないかな。
──長期にわたって段階的に録るのは『〜無題』も同じでしたよね。
田渕:今回はその『〜無題』での教訓を活かしたので、曲作りはそんなに煮詰まらなかったと思うんですよね。
射守矢:3曲くらい一気にまとめて形に出来たこともあったからね。「レクイエム」とか「ハレルヤ」なんかは同じタイミングで出来上がったんじゃないかな。そのぶんなるべく符割りを似ないようにするのが大変だったんだけどさ。
──当初は石井岳龍監督による映像とコラボレートした作品になる予定だったとか。
田渕:それはリリースにあたっての話ですね。曲作りの時は至って普通で、出来た曲から順次録っていくいつも通りのやり方でした。
射守矢:マスタリングを終えた時点では、石井さんへ音源を渡して構想待ちみたいな感じだったんだよね。吉村と石井さんはどんな感じにしたいという話し合いもあったみたいだけど、その辺のことは俺もよく知らない。
田渕:基本的には吉村さんのニュアンスを石井監督が具体化した提案を受けて、それを元にやり取りをしていたんですよね。内容は監督からの提案ありきで、バンドとしてはそれに沿う形だったんです。
射守矢:結局はこのCDを単体で出すことになったから、石井さんが映像を撮る話はひとまず白紙に戻ったんだけどね。こちらから違う形で映像を作って欲しいという働きかけはしなくて、石井さんのほうからまた新たに提案をしてもらえるのであれば、それはそれで進めていきましょうって感じになった。
──収録曲の中で最初に出来たのは『official bootleg vol.022』(2011年1月20日、新代田FEVER)で初披露された「サイダー」だったんですか。
小松:歌が最初に出来たのが「サイダー」だったんですよ。その次に歌が出来たのは、すぐにライブでやった「ディストーション」だったかな。曲自体は「youth〜」が一番最初に出来てたんですけど、歌はレコーディングの中盤頃にやっと出来たんですよね。
射守矢:だから、曲の断片から完成までそれだけ長く手がけたってことだね。「youth〜」は特に、吉村の大傑作になる予定の曲だから(笑)。これは毎度のことなんだけど、スタジオで曲作りをする時は吉村の中でちゃんとした構想があるわけ。歌メロなんかもおぼろげながらにあったりしてさ。こっちはその構想に少しでも近づけるべく、その場面場面で何とか当てに行くしかないんだよね(笑)。全体像が分からないまま進んでいくことが多いから、歌がのっかって初めて“ああ、これはいい曲だね”って実感できるんだよ。
──全体像なり設計図なりを4人で共有するようなことは?
射守矢:みんな「ああしたい」「こうしたい」っていう考えを持って進めてはいるけど、全体像まではね。吉村から指示が出るのはドラムくらいで、具体的に何か言われることはあまりないんだけど、「何か違う!」で突然演奏を終わりにされたりすることはあるね(笑)。
──レコーディングの終盤にお邪魔した時、射守矢さんがコーラスに呼ばれてひたすら待っていたにも関わらず、「やっぱりいいや」という吉村さんの一言で何もしないで帰ったことがありましたよね(笑)。
田渕:まぁ、いわゆる“トライ”と言いますか。
射守矢:俺はそういう“予選落ち”のパターンがよくあるんだよ。オーディションに落ちるみたいなさ。あのコーラスこそ「youth〜」で、あの場で初めて「ちょっとコーラスを入れてみて」って言われたんだよね。他の曲はライブでコーラスをやってから実際のレコーディングに入ったんだけど、あの曲だけは唐突に言われたの。で、その結果「やっぱりいいや」っていう(笑)。
田渕:“ナイス・トライ”ですね(笑)。
歌と楽曲のバランスがいい塩梅になった
──『〜無題』は全体的に歌に重きを置く比重が大きかったですが、今作はその延長線上にありながらも歌とアンサンブルが程良いバランスに仕上がっているのが特徴のひとつなんじゃないかと思って。
小松:きっと吉村さんもそういうことを意識していたからこそ、今回は凄くいいのが出来たんだと思いますよ。『〜無題』の前くらい、『ギタリストを殺さないで』の頃から歌の比重が増して、ビヨンズの(谷口)健ちゃんも「ようちゃんは多分今唄いたい時期なんじゃないかな」と言っていたんですよね。それはもちろん俺たちも理解していたんだけど、昔のブッチャーズは歌よりも演奏や楽器面で語られることが多かったじゃないですか。それがだんだん歌寄りになっていって、その比重が『〜無題』でマックスに達して、そこから歌と楽曲のバランスが吉村さんの中でちょうどいい塩梅になったのがこの『youth(青春)』なんじゃないですかね。そうなったのが偶然だったのか意図的だったのかは分からないけど、吉村さんもいいものが出来た自信があったからこそ「今度のは最高傑作の音像なんだよ」って周りに言っていたんだと思います。まぁ、そういう発言も俺たちメンバーより周りの人たちにしていたんですけどね。「今回のアルバムはこの曲がキーなんだよ」みたいなことは、俺たちにはあまり言ってこなかったから。
射守矢:そういうコメントはもちろん直接聞かないし、後から何かの文面で知るんだよね。“ああ、そんなふうに思ってたんだ?”っていうさ(笑)。
──まるで伝言ゲームみたいですね(笑)。マスタリングもメンバー全員で立ち会ったんですか。
射守矢:みんなで行ったね、ORANGEに。今年の頭だったかな。
小松:今度のアルバムには“マイナスカウント”っていうのがあるんですよ。曲間の音に次の曲のイントロ的な意味合いがあって、それがどうだこうだと吉村さんがさんざん言ってましたね(笑)。
──あの“マイナスカウント”は曲間をつなぐ良い橋渡しの役目も果たしているし、ブッチャーズのライブを想起させるところもありますよね。
小松:全部に“マイナスカウント”を付けるわけにいかないから、吉村さんも「付けるのと付けないのと、どっちがいいんだろうなぁ…!?」ってマスタリング・エンジニアの小泉(由香)さんを相手に凄く迷ってましたけどね。吉村さんは曲に余韻を残したがるし、スパッと曲を終わらせることはほとんどないんですよ。そういうのが基本的には好きなんだけど、曲によってはバスッと潔く始まるのもいいし…ってところで悶々としてましたね。
射守矢:俺はそういう部分を全然意識してなくてさ、要は曲がどこで止まってどこで始まるかってことでしょ? でも、いくら曲を区切ってもCDをずっと流しっぱなしなら音は結局最後までつながってるわけだし、俺にはそういう感覚しかなくてさ。まぁ、吉村なりのこだわりがあったんだろうね。「いいんじゃない? 切れのいいところで終われば」みたいなことを俺がうっかり言うと、「違うんだよ! その前から始まってるんだよ! そんなことも分かんねぇのかよ!?」なんて吉村から言われるから、ヘタなことが言えなかったよね(笑)。
小松:だからホント、小泉さんもそうだし、レコーディング・エンジニアの(植木)清志君も大変だったと思いますよ。音を録る時だって、「じゃあやろうか」って始まることはまずないですからね。吉村さんが何となくチューニングして、ポローンと弾き始めるわけですよ。それを見て「もう録っていいのかな?」って窺うしかないんだから(笑)。
射守矢:清志君も最近は何か気配を感じたらずっとプロ・トゥールスとテレコを回してたからね(笑)。
小松:慣れたエンジニアならいいけど、慣れてない人だったら「何で録ってねぇんだよ!?」って怒られるでしょうね(笑)。演奏がバーン!と終わってもそこではっきり終わりじゃなくて、誰かが「ちょっと聴いてみようか?」って言うまでは終わったのか終わってないのかよく分からない状態なんですよ。
──まぁ、吉村さんはギター兼ボーカルでありつつプロデューサーの立場もあるから、いろいろとテンパることもあるんでしょうね。
射守矢:ベーシックをみんなで録る時も自分が次にやるべきことで頭がいっぱいで、俺たち3人の細かい音はそれほど気にしてないんじゃないかな? と思ったりもするんだよね(笑)。もちろんちゃんと聴いてるんだろうし、確認もしてるとは思うんだけどさ。
小松:それはあると思いますよ。完全にプロデューサーに徹する立場なら冷静に全体を見渡すことができるだろうけど、吉村さんの場合は自分のプレイと歌も考えなくちゃいけないわけですからね。だからこそ尚のことベーシックの部分で俺たちがちゃんとしていなくちゃダメだし、自分たちのプレイは自分たちでチェックしておこうと思うし。その辺は暗黙の了解で任せてくれてたんじゃないかな。そこは阿吽の呼吸と言うか、27年やってきたバンドですからね。