2013年のストリート・ビーツのキーワードは"遥か繋がる未来"である。
2年前に東日本大震災とそれに伴う福島第一原子力発電所事故が起こって以降、被災地復興のために奔走し続けてきた彼らが下した決断は、まだ見ぬ景色に出会うために希望を唄い続けること。どれだけ深い闇に包まれても、遥か繋がる未来に向けて一条の光を灯し出すこと。それは決して安易なポジティビティではない。日本を取り巻く現状を深く見据え、ネガティビティを背負い込んだ上で提示される肯定性なのだ。秀逸なコンセプトのもと、かつてないほどに明確で芯の太いメッセージが凝縮したニュー・アルバム『遥か繋がる未来』にはそうした揺るぎない肯定性が通底している。来年結成30周年を迎えるビーツの真骨頂を存分に堪能できるこの会心の作を引っ提げ、彼らは今日も"遥か繋がる未来"へ向けてフルスロットルで疾走し続けている。そう、まだ見ぬ景色とまだ見ぬ明日をたゆまず追い求めながら。(interview:椎名宗之)
写真:菊池茂夫
今の日本で生きている以上、震災の経験は切り離せない
──今回のアルバム、震災後に発表された「瓦礫の町で」(シングル『BRAVE FIST』に収録)が萌芽となって同じテーマを持った骨太な楽曲が揃い、スケールの大きい作品として結実した印象を受けました。
OKI(vo, g):震災以降、この2年の流れの中での集大成ですよね。アルバムのテーマや世界観、今伝えておきたいメッセージは録る前から明確だったし、まさに機は熟したという感じです。自分たちでも心底納得のいく作品として形にできましたから。
──被災地のファンから届いたメールがきっかけで交流が育まれて、幾度となく現地に足を運び、復興支援のライブを繰り広げてきたビーツの現時点での総括であると。
OKI:震災からの2年間をこの日本で我々は生き続けてきたし、その中で肌で感じたことを抜きにして何かを発信することはどう考えてもできなかったんですよ。最初は震災から2ヶ月後の5月に大槌町や南三陸町に出向いたんですけど、自分の思いを直接伝えたかったし、少しでも力になれたらと思ったんですよね。それ以降、俺たちなりに現地の人たちと交流を続けてきて、今伝えておきたいのは“遥か繋がる未来”に向けてただひたすらに希望を唄うことなんです。被災地はもちろん、日本全体が悲しみも絶望もイヤというほど味わってきたし、闇ではなく光を唄うべきだと思うんですよ。
──歌の行間には深く横たわる悲しみもにじみ出ているし、それを孕んだ上での希望ということですよね。
OKI:この『Rooftop』を読む人たちもいい年齢だろうし、日々生きていれば喜怒哀楽があるし、痛みを知らぬ者は誰もいないわけで、そんなことは言われなくても分かっていることじゃないですか。だからこそロックンロールという力の沸き立つ音楽をやりたいんですよ。マスコミは被災地の悲しみをピックアップするのが仕事だけど、俺たちはそこをピックアップしないよ、ということです。
──シングルとしても発表された「POWER TO YOU」は震災直前に発表された楽曲だから、唄われている内容は震災と直接関係がないはずじゃないですか。でも、その中にも「明日への希望 捨ててはいけない」という一節があるし、唄われるべきテーマは一貫していますよね。
OKI:そもそもロックンロールは演奏している自分たちまで元気になれる音楽ですから。聴く人たちにとってもなにがしかの力になれる音楽をビーツはやり続けてきたし、「POWER TO YOU」もまた無理なくリンクしたということでしょうね。取って付けたようにこういう音楽をやり始めたわけではないし、今までやってきたことは一貫しているんですけど、ここへ来てより強く、ブレることなく思いを伝えたいという意識が高まった気がします。
──どの曲の歌詞にも被災地で生活する皆さんとの交流から生まれた偽らざる感情や現地の情景が描写されていて、その意味でもビーツ随一のコンセプト・アルバムであると言えますよね。
OKI:今の日本で生きている以上、震災の経験は決して切り離せない出来事ですからね。被災地で出会った仲間たちの姿や風景が頭の中から消えたことはないし、それが「瓦礫の町で」の中の「心は寄り添い 繋がっている」ということなんです。
──被災者の皆さんから逆に力をもらえたりもしたのでは?
OKI:自分に関して言えば、日常生活の中でちょっとやそっとのことで不平不満を言わなくなりましたね。東北の仲間たちが置かれている立場を考えたら、こんなもん屁でもねぇやって感じですよ。自分自身に対して「しっかりせぇ!」って発破をかけることも増えたし、明るくやらなきゃダメだなと思ったりもしました。そういう心境の変化は、俺に限らずメンバー全員にあると思いますよ。
牟田昌広(ds):人間そう簡単に変われるもんじゃないですけど、やっぱり受けた影響はとてつもなく大きかったですね。
山根英晴(b):目の当たりにした被災地はテレビで見ていたのとは全然違ったし、胸を深くえぐられたんです。それでも現地の人たちは凄く前向きだったし、生きていればいろんなことが起こるけど、何事も“頑張らなきゃな”って純粋に思えるようになった気がします。
SEIZI(g):いい影響は受けましたね。彼らを見ていると、次元の低い小さなことで悩んでいる場合じゃないなと素直に思うんですよ。
OKI:要するに、人付き合いの話ですからね。大槌町を始めとして、これからもずっと付き合い続けたい仲間がたくさんいるんですよ。今となっては一緒にいて楽しい友達なんです。
──そんな仲間たちのことを思うと余計に遅々として進まない復興の現状に苛立ちを覚えませんか。
OKI:それはもちろんです。でも、一概には言えませんね。マスコミは十把一絡げで復興の遅れを嘆いておけばいいみたいな感じじゃないですか。もちろん、もっとスピーディーに復興が進むことがいいに決まっていますけど、現地の行政にしてもみんな一生懸命にやっているんですよ。でも、土木ひとつとっても人数が圧倒的に足りない。たとえば大槌病院という大きな建物の解体工事が去年の暮れから進んでいたんですけど、猛吹雪や強風で作業が度々滞るわけです。現場で作業している人の中には毎日盛岡から2時間かけて通っている人もいるし、みんな汗水垂らしながら懸命に働いている。そんな事実を知ると、もっともらしい神妙な顔つきでもっともらしい物言いをするキャスターに対して「お前に何が分かるんだ!?」って思いますよ。「現地の復興は遅々として進みません」と言うのは簡単だけど、復興のためにマスコミが行政なり何なりに何らかの働きかけをしているのか? と言いたいですね。