前作『セツナ』以来約1年振りに発表される柴田あゆみのニュー・シングル『ひと欠片のキセキ』は、シングル3作目にして自身念願のバラードであり、柴田が自ら楽曲のテーマを描いた普遍性の高いナンバーだ。中島美嘉やEXILEにも楽曲を提供したことがあるsinのサウンド・プロデュースのもと、水を得た魚のように艶やかで伸びのある美声を聴かせる柴田の歌唱力は実に見事なもので、ソロ・デビュー以降シンガーとして着実に進化していることを如実に窺わせる。また、このインタビューの中で語られているように、新曲に懸けるひとかたならぬ思いから表現者としての欲がにわかに強まってきたことも分かる。
メロン記念日時代からずっと一期一会の出会いを大切に育んできた彼女だからこそ歌で体現することのできた"キセキ"の邂逅、さまざまな縁(えにし)に対する感謝の気持ち、幸福な偶然を必然に変えるしなやかな強さ。そんなものが歌詞や行間から感じ取れる『ひと欠片のキセキ』は間違いなく柴田あゆみの代表曲のひとつになるだろうし、彼女がよりスケールの大きな愛を唄うシンガーへと成長したことを告げる記念碑的作品なのである。(interview:椎名宗之)
自分の誕生日をモチーフにした温もりのあるバラード
──今回のシングル、タイトルトラックの「ひと欠片のキセキ」は楽曲のテーマを柴田さん自身が描いたということで。
「まず、バラードにしたかったんです。ボイトレの先生に『次のシングルはバラードを唄いたいんですよ』と伝えたら、『バラード作りにぴったりの人を知ってるよ』と言われて、sinさんを紹介して頂いたんです。それでsinさんが手がけた曲を聴かせて頂いたら、唐沢美帆さんの『Way to Love』とか、菅原紗由理さんの『君がいるから』とか、私がいいなと思っていた曲がたくさんあったんですよね。それでsinさんに曲作りをお願いしたんですよ」
──バラードにしたかったというのは、そろそろそれだけの歌を唄い上げるだけの自信がついてきたと判断したからですか。
「そんな意識は全然なくて、純粋にバラードを唄いたかったんですよ。ソロになって初めて形にした音源はフォトブックに付いていた『YOU & I』というバラードで、自分のソロとしての原点はバラードにあると思うんです。だからいつかシングルでもバラードを唄いたかったんですけど、デビュー曲でいきなりバラードだとスタートのダッシュ力に欠けるし、もっとポップでキャッチーな曲のほうがいいから『believe』を選んで。2枚目はその勢いに乗って、強さのある楽曲で勝負したほうがいいと思って『セツナ』を出して。その後の3枚目あたりでバラードを唄いたいと漠然と考えていたんですね。結局、今回のシングルが2月に発売されることが決まったので、ここは満を持してバラードで行きたいと思ったんですよ」
──柴田さんの誕生月である2月だからこそのバラードであると。
「はい。これが2月発売じゃなければ、バラードじゃなかったかもしれないです」
──指先に舞い落ちる雪も、長い時間をこえて出逢えた恋人の存在も、ともに“キセキ”であるというロマンティックな歌詞ですよね。
「漢字の“奇跡”って、たとえば出先でバッタリ出会ってそれっきり、みたいなイメージが勝手にあるんですよ。それよりも運命的な出会いができたことの“キセキ”というニュアンスを込めたくてカタカナ表記にしたんです。漢字だと意味を限定してしまう気がしたし、聴いて下さる方がいろんなイメージを抱けるようにしたくて」
──人との出会いや縁の尊さが「ひと欠片のキセキ」のテーマと言えそうですね。
「人との出会いってホントに“キセキ”ですからね。それは『believe』からずっと変わらないテーマで、人との縁を育むことがソロになってからの大きなテーマのひとつだと思っています。それに加えて、今回の『ひと欠片のキセキ』に関しては2月というとても思い入れのある月に発売されるので、自分の誕生日をモチーフにしようと思って。私の誕生日がどんな日だったのか調べてみたら、雪がしんしんと降り積もっていたそうなんですよ」
──柴田さんが生まれた1984年2月22日の神奈川県では、実際に真っ白な粉雪が降り注いでいたんですね。
「その日は水曜日で、雪も降っていたんです。と言うのも、母が取っておいてくれたその日の新聞が実家にあるんですよ。母の陣痛が始まって、父が車で病院へ行ったそうなんですが、雪が降っていたから運転が凄く大変だったと聞きました。私が生まれたのは朝の6時半ぐらいだったんですけどね。だから雪という言葉を必ず歌詞に入れたかったんです。それと、冬のバラードと言うと切ない感じの曲が多いですけど、そういうものではなく、聴いた人が温かさを感じられる曲にしたかったんですよね。人との温もりとか、体温を感じられるものにしたかったんです」
──sinさんとはどんなやり取りを?
「最初に2時間ぐらいお話をさせて頂いたんですよね。自分はこんな人間なんですというのと、こういう楽曲を唄っていきたいというのを面接みたいにお話しして(笑)。その後、曲を作って頂けることになって、『曲のイメージ的には白』とか、『透明感のある感じ』とか、自分でいろいろと箇条書きにしたものをお渡ししたんです。それからメロディが出来上がって、詞を書かせて頂いたんですよ」
──作詞は中嶋ユキノさんとの共作なんですよね。
「そうなんです。物語全体の流れを自分で書いてみたものの、自分の生まれた2月の物語なので、私が生まれた時に両親や祖父母はどう思ったんだろう? とか、家族のこともいろいろと書きたくなったんですよね。それで煮詰まってしまったんです。伝えたいことが多すぎて、メロディに載せる語呂が合わなくなったりしたんですね。その辺りを上手く修正して頂いた感じです。5分を超す長さの曲でも入りきれないぐらいの思いが溢れてしまったと言うか」
あえて「ボク」「キミ」と表記するこだわり
──5分以上の長さがあるのに冗長に感じないのは、起伏に富んだアレンジの妙もあるんでしょうね。
「凄くいいアレンジだと思うんですよ。良いアクセントになっている鈴の音は真夜中にしんしんと降り注ぐ雪のイメージにぴったりですし。そもそも最初にメロディを聴いた時に涙が出そうになったんです。真っ白な雪景色が目に浮かぶようなメロディだったし、自分が生まれる日はホントにこんな情景だったのかもしれないなとリアルに感じることもできて。だからこそ余計に、このメロディに負けないぐらいの歌詞を書かなくちゃいけないというプレッシャーもありましたね」
──歌入れは如何でしたか。
「割とスムーズに行きましたね。自分で歌詞を書いたので『こんな感じで唄いたい』というのが明確にあったし、とても気持ち良く唄えました。『こう唄えばもっと良くなるよ』とsinさんがディレクションして下さったことも大きかったですね。でも実を言うと、最終的にCDになった音源は本来のキーじゃないんですよ。ホントはもう一段階高いキーで、それが透明感があっていいという意見がスタッフの中でも多かったんです。でも、自分としてはサビが苦しく唄っているように聴こえたんですよね。それで一通り録り終えた後になってから『キーを1個下げて唄わせて下さい』とわがままを言わせてもらったんです。キーが高い本来のほうがいいのか、キーを下げたほうがいいのか、sinさんを含めてスタッフ全員で考えたんですよ」
──ムリを言ってでもこだわり抜くだけの価値がある曲だったというわけですね。
「妥協はしたくなかったんです。自分の大切なレパートリーになる以上、自分が唄いやすく、気持ち良く唄えるキーじゃないとなと思って。なので、いろいろとご迷惑をかけてしまったんですけど、時間がかかったぶんだけ思い入れや愛着もあるんですよね。自分でもそこまでこだわったのは初めてだったし、自分の意見を聞き入れて下さった環境に感謝ですね」
──この「ひと欠片のキセキ」を始め、「明日への扉」も「BE THERE」も物語の主人公が「ボク」あるいは「僕」なんですが、これは意図的なものなんですか。
「『明日への扉』と『BE THERE』は私の詞ではないので意図するところは分からないんですが、『ひと欠片のキセキ』に関して言えば、私はずっと『ボク』という言葉を使いたかったんですよ。『believe』の『私は明日も愛をうたうよ』というフレーズも、最初は『私』を『ボク』にしたかったぐらいなんです。メロン記念日の時も『ボク』と唄う楽曲はなかったし、ソロになったらぜひ使ってみたいと思っていたんですね。ただ、『believe』は柴田あゆみがソロとして再スタートを切る上で『明日も愛をうたうよ』と誓うような楽曲だったので、『ボク』は使えなかったんです。その意味で言うと『ひと欠片のキセキ』は柴田あゆみ自身のことを唄った曲じゃないし、男性からの視点でも女性からの視点でも聴ける曲にしたかったんですね。それに、女性が『ボク』と唄うことで中性的なイメージにもなりますから」
──「僕」をあえて「ボク」とカタカナ表記にしているのは?
「匿名性が欲しかったと言うか、直接的な表現を避けたかったんですよね。聴く人によっていろんな『ボク』を想像して欲しいと言うか。『キミ』も同じことで、『君』って漢字にすると、すぐ目の前にいる限定的な『君』になりそうな気がしたので『キミ』にしたんです。ここは漢字にするのか、ひらがなにするのか、カタカナにするのかというのは歌詞を書く時に凄く気に留めていて、『私』にしても漢字にすると硬いけど、ひらがなにすると柔らかいイメージになるじゃないですか。歌詞を書く時はいつも手書きなので、そういう細かい部分は余計気になるんですよ」
──今回もノート一冊ぶんぐらいの歌詞の推敲をしたんですか。
「ノートじゃなくてルーズリーフですけどね。ただ、それがA4だと大きすぎて書けないんですよ。A5ぐらいの小さいサイズがいいですね。『believe』の時もそうだったんですけど、Aメロ、Bメロ、サビと1枚ずつ何度も書いて仕上げるので、ノートよりもルーズリーフのほうがいいんです」