日本が世界に誇るサイケデリック・スローコア・バンド、割礼の周辺が慌ただしい。1987年に発表したファースト・アルバム『PARADISE・K』のリイシュー発売に続き、『セカイノマヒル』以来7年振りとなる通算6枚目のオリジナル・アルバム『星を見る』を遂に完成させたのである。歓喜すべきは、往年の名曲であり15分を超える大作『リボンの騎士(B song judge)』、『ルシアル』や『星を見る』といったライヴにおける代表曲が正式に音源化されたことだろう。緻密なアンサンブルによって構築されるのはいずれも驚異的なまでにスロー・テンポの楽曲だが、ドゥーミーな不穏さと時折思い出したかのように掻き鳴らされるうねるような超絶フィードバック・ノイズ、ヘヴィで粘着質なリズムが聴けばひとたび癖になる。宍戸幸司の危うげなヴォーカルが一段と凄味と妖艶さを増したことも特筆すべき点で、現時点の割礼の旨味をギュッと凝縮させた1枚となっている。現在の4人編成になって初の作品ということもあり、本誌ではメンバー全員出席というレアなインタビューを敢行。世界でも類を見ない至上の音楽を奏でる彼らのパーソナリティに迫ってみた。(interview:椎名宗之)
『リボンの騎士』はライヴ最長27分
──今日はVJの岩下達朗さんもお見えですが、岩下さんは正式メンバーなんですか。
宍戸幸司(vo, g):そうですね。いつもいるとは限らないんですけど、友達として任せてあるんですよ。でも、自分では映像を見ていないんです。僕ら4人は映像のことをよく考えてませんから。
──仕上がった映像に口出しすることもなく?
岩下達朗(vj):口出しされるのは5年に一遍言われるくらいですね。「あの色は嫌い」とか(笑)。
──割礼は音楽だけでも充分にイマジネーションが掻き立てられますけど、ライヴでは映像を駆使してそのイマジネーションをさらに増幅させているのが圧巻ですね。
宍戸:まぁ、映像があると衣装が要らないのもあるし...。
山際英樹(g):のっけからそんな後ろ向きな発言をしないように(笑)。
──今回の『星を見る』は、1月に発表した『PARADAISE・K』のリイシューと同時進行で制作に励んでいたんですか。
宍戸:『PARADAISE・K』との連動は、P-VINEからのリクエストだったんですよ。
──リイシューには低音域を足したり、同時期のレア音源を追加収録していましたが、それはオリジナルの出来に納得していなかったからなんですか。
宍戸:そういうわけではないけど、せっかく再発するならベースは足したいかなと思って。収録曲を増やしたのはおまけを付けた感じですね。使える曲はとりあえず入れておこうかなと。割礼の作品は廃盤になっているのが多いし。
──僕は追加収録されていた『光り輝く少女』の不穏さとキラキラ輝く光の粒が交錯した音像が好きだったんですが、『星を見る』の収録曲にはそういう特殊効果的な音は皆無で、徹頭徹尾シンプルなバンド・サウンドを貫いていますよね。
宍戸:『光り輝く少女』のあの音は、当時のマネージャー兼オペレーターのダボ君がボタンをひとつ押して出したものなんですよ。彼が考えてきたものだとは思うんだけど、特にアレンジを考えてやったわけではないんです。
──前作から7年というインターバルが置かれたのは、新作を発表するモードになかなかなれなかったからですか。
宍戸:と言うよりも、出してくれるところがなかったんですよ。自分たちでCD-Rは作ってたんですけど、この7年間、曲もあまり溜まってなかったこともありますね。
──本作で特筆すべきはやはり15分を超える大作『リボンの騎士(B song judge)』が収録されたことだと思うんですが、ファンの間では長らく音源化が望まれていた楽曲を遂に収録したのはどんな理由で?
宍戸:単純に、ライヴで今一番よくやっている曲だから入れただけですよ。曲自体はもの凄い古くて、作ったのは'88年くらいだったのかな。一度ちゃんと録ってみたいとはずっと思っていたんですけどね。
──最初から長尺な曲だったんですか。
宍戸:歌詞は最初からあんな感じで、構成は長くなりましたね。ライヴでやる時はもっと長かったりするんですけど。20年以上掛けてライヴで育っていった曲ですね。
──15分強と言えど、間延びしたところはひとつもないし、必然性のあるトータル・タイムという感じですよね。演奏する側はかなりの集中力を必要とする気もしますが。
宍戸:どうなのかな。特に集中しなくても最後まで行ける感じにはなってる気がしますね。
山際:場面、場面がもう出来てるからね。
宍戸:インプロじゃなく、全部決めてある構成ですから。
鎌田ひろゆき(b):ライヴではインプロも入って、25分くらいにはなりますけど(笑)。
岩下:最長は27分あったよ(笑)。
──尺が長いと、いくつもテイクは録れなさそうですけど。
宍戸:どの曲もそんなに録ってないですね。とりあえずみんな同じ部屋に入って、一発録りする感じかな。録り方としては、できるだけメンバーが近づいて録ることにしたんですよ。ちゃんとアイコンタクトできるように。ライヴでやり慣れた曲ばかりなので、どれもすんなり録れましたね。
──今さらですけど、この曲は手塚治虫の同名漫画からインスパイアされたものですよね?
宍戸:最後にギターで『リボンの騎士』のテーマをちょっと弾いてるし、それがキメのフレーズだから歌詞にも盛り込んだんですよ。
──以前から手塚治虫がお好きだったんですか。
宍戸:手塚漫画は長い時間楽しめるし、今でも面白いから好きなんですけど、昔は水木しげるやつげ義春のほうが好きでしたね。最近ではうらたじゅんが好きです。
曲調がスロー・テンポになった理由
──宍戸さんと山際さんのギターの棲み分けはどうされているんですか。
宍戸:ライヴでやっているのをそのまま入れてある感じですね。
山際:呼吸とかで自然に決まってきちゃうんですよ。
宍戸:フレーズは全部、事前に決め込んでます。録る前にライヴでフレーズを作っていたようなものですからね。
──今後ライヴを重ねて、また構成が変わっていくようなこともありそうですね。
宍戸:あるかもしれないですね。現時点での『リボンの騎士(B song judge)』はこの形、ということかな。
──それにしても、本作に収録された全6曲は潔いほどにスロー・ナンバーばかりですね。『ベッド』みたいな性急な楽曲はまるで皆無で。
宍戸:今までは1曲くらい速いのを入れようとか考えてたんですけど、今回はできるだけ平たく行こうと思ったんですよ。昔は『星を見る』と『ルシアル』をライヴで一緒にやれずに離してたんです。曲の作りが似てるので。でも、そういうのも今回はいいかなと思って。平たくていいかなと。
──スロー・ナンバーばかりなのに54分一気に聴けるのは、どの楽曲も構成がよく練られているからこそなんでしょうね。各人のスキルもあるんでしょうけど。
宍戸:自分では何も考えてないですね。でも、これでも録り用にテンポが若干上がってるんです。ライヴに比べて演奏もちょっとアッパーになってますよ。
山際:オペレーターの椛島君の音の処理も良かったんです。凄く凝ってくれたし、それも大きな要因のひとつな気がしますね。
──さっきも言いましたけど、この4人編成になってアンサンブルがシンプルに特化したのを実感できる1枚ですよね。
宍戸:そういうことなのかもしれませんね。今回は被せようとかは最初から全然考えてなかったし、ギターのダビングもやってないし。
山際:アレンジ的にも固まっていたので、いじりようがなかったんですよ。
鎌田:基本的にはライヴのまんまだよね。
──ライヴでできないことはやらないと?
宍戸:そこまで考えてないです(笑)。とりあえずこれしか録れなかったってことですね。精一杯やってこんな感じと言うか。
──『ルシアル』の後半の6分間にわたるギター・ソロも本作における大きな聴き所のひとつですね。
宍戸:あれもライヴでやってる感じを組み込んだまでですね。ライヴだともっと収拾がつかなくなって長くなることが多いんですけど。でも、最後にキメがあるから何とかなるんですよ。
鎌田:そのキメを僕らがひたすら待ち続けているんですけどね(笑)。
宍戸:もしくは、そのまま流れてしまう(笑)。4人とも"こうしよう"っていう意志がないし、優柔不断なので。
──尺もあまり決め込まずに自由にやりたいのでは?
宍戸:いや、充分決め込んでこれなんですよ(笑)。
──いわゆる3分間のポップ・ミュージック的な要素はないじゃないですか。
山際:イントロが普通に3分ありますからね(笑)。
宍戸:それはテンポが遅いのが大きいよね。
──結成当初の性急なパンク/ニュー・ウェイヴ寄りなサウンドから鈍牛的なスローコアになったのは何がきっかけだったんですか。
宍戸:僕が独りでギターを弾くようになったからですね。部屋でエレキを弾きながら曲作りをしているうちに今のテンポになったんですよ。和音を探すテンポがちょうどいいんです。それと、生き方のテンポ自体が落ちたのかな。...いや、それはちょっと言い過ぎか(笑)。
──でも、あの独特すぎるにも程があるスロー・サイケこそ割礼が割礼たる所以だと僕は思うんですけど。
宍戸:僕自身はそこまでの自覚はないけど、今はこのテンポしかできないし、一番やりやすいんですよ。
──その辺りはリズム隊のおふたりにも聞いてみましょうか。
鎌田:僕は7年前に割礼に入って、その時に初めてベースを弾いたんですよ。比較となる他のバンドのことも判らないし、むしろテンポが遅いほうがやりやすいくらいですね。 松橋道伸(ds):僕は最初、遅いテンポに付いていくのに猛特訓しました(笑)。
──松橋さんが加入してどれくらい経つんですか? 松橋:(宍戸に)10年ちょっと?
宍戸:俺は知らないよ(笑)。今一番長く一緒にやってるけど。 松橋:ラジオ・バンド(宍戸が割礼と並行してやっていたバンド)の頃を含めると、もう12、3年になりますかね。最初はホントに大変でしたよ。リズムマシンを遅く鳴らして、それに合わせて練習してましたから。だから入った頃は凄い辛かったんですけど、だんだんと慣れるに従って遅いテンポがもの凄く気持ち良くなってきましたね。
山際:海外のバンドでもここまで遅いのは聴いたことないしね。
宍戸:僕たちのバンドにはスピード担当がいないからね(笑)。