今年3月に発表された今さらにも程があるミドリ初のシングル『swing』を聴いて、決して尽きることのない表現欲求の高さ、表現せざるを得ないやむにやまれぬ業のようなものを今さらにも程があるが改めて痛感した。朽ちては果てぬこの命を熱く熱く滾り燃やして一音に刻み込む純真さ、それ以上の咀嚼は不能な至って平易な言葉で綴られる己の直感に誠実な歌がより深度を増し、前衛性と大衆性のギリギリのせめぎ合いの末にバンドが新たな高みに到達したことを実感するのは表題曲の『swing』である。バッキバキにパーカッシヴなリズムと淀みなく流れゆくピアノの叙情的な旋律がループすることで生まれるグルーヴは蠢く生命体のようであり、胸を締め付けるメランコリックな情緒に溢れてもいる音像だ。また、"あいたい、あぁあいたい"と喉元を振り絞るように絶叫する後藤まりこの歌声には豪胆さと繊細さが迸るように交錯していて、唄い手としての器量と度量が格段に増したことを強く印象付ける。
時にささくれ立った歪みを突出させる激情のリズム&ビートながら、この得も言われぬ愛くるしい気持ちは一体何なのだろうか。胸を張り裂けるような熱い想いがやむにやまれぬものだからこそ、その想いを凝縮したミドリの鬼気迫る歌は劇薬のようにこんなにも激しく"効く"のだろう。劇薬と言っても、疼痛を軽減させてくれる効果は一切ない。それどころか、大脳と末梢神経を一網打尽に破壊して痛みを二度感じさせる凄まじい力を感じさせるほどだ。だが、その破壊力は高い中毒性を有している。カラカラに渇いた喉に流し込むコーラのような痛みと清涼感が共存しているのだ。
ジャズの要素を基軸としながらもリミッターを突き破った轟音と荒れ狂ったブレイクが底知れぬ狂気を倍増させる『あかん!!』、跳ね馬が踊り狂う姿を想起させるラテンのパッションを湛えたピアノの旋律と吐き捨てるように唄われる歌声がキワキワの緊迫感を醸し出す『朽ちては果てぬ』といったカップリング曲も充実したこの初のシングルを引っ提げ、彼らは『ミドリ、ワンマン、2009春。』と題されたワンマン・ツアーを目下鋭意敢行中である。チケットは各所軒並みソールド・アウトという相変わらず高い人気を誇る彼らだが、その追加公演として6月6日に日比谷野外大音楽堂でのワンマン・ライヴが決定した。ミドリとロックの聖地・野音と言えば、去年の同じ6月に行なわれた大雨のライヴを思い出す。あの日、どしゃ降りの雨のせいでギターを一切使わずに演奏が繰り広げられたものの、それをバネとするかのように壮絶なテンションでオーディエンスを湧かせたライヴとして今も語り継がれている。その模様が昨秋『ライヴ!!』として音源化されたことも記憶に新しい。
そんな2度目となるミドリの野音ライヴだが、今回は特別にジャンルの垣根を飛び越えたゲストが出演することも大きなトピックと言えるだろう。ひとりは"ラッセーラー! ラッセーラー!"のギャグでお馴染みのお笑い芸人、猫ひろし。"猫ひろし!"を連呼して自ら観客を煽りながら"うるせぇ!"とツッコミを入れる予測不能なネタの数々がロックの聖地でどう響くのか。もうひとりは生粋のロック・ファンからも絶大な支持を得ているダンス&ヴォーカル・ユニット、メロン記念日の"メルヘン担当"村田めぐみ。その可憐な風貌とは裏腹にシュールなセンスを持ち合わせたメロンきっての才媛が"DJムメ"として野音の大舞台に立つと伝え聞く。メロン主催のDJイヴェント『MELON LOUNGE』で培われた一撃笑殺ナンバーの乱れ打ちを"ヲタモダチ"以外のロック・リスナーがどう受け止めるのか、個人的にも大いに気になるところ。さらには"下ネタのナポレオン"ことクリトリック・リスが参戦、オーディエンスを震撼させること必至だろう。
考えてみれば、猫ひろしはロフトプラスワンで不定期開催されている地下芸人イヴェント『ロフト・ザ・ゴングショー!!』の第1回優勝者として脚光を浴び、ロフトシネマから『猫ひろしがやってくる ニャー! ニャー! ニャー!』なるDVD作品を発表したこともある。また、村田めぐみが属するメロン記念日は我が『ルーフトップ』で幾度となくインタビューを行ない、華々しく誌面を飾って頂いている存在だ。クリトリック・リスもミドリの企画で新宿ロフトに出演してもらったことがある。そうしたロフトと縁のある三者が、常にロックの新たな地平を縦横無尽に切り拓くミドリの節目となるライヴに参戦することは象徴的なことであり、参戦するべくして参戦する必然性すら僕は感じるのだ。
そして、そうした特異なゲストを招いたミドリが当日どんなパフォーマンスを見せてくれるのか。それを見た自分はどう感じ、何を思うのか。思いを巡らせるだけで胸が高鳴る。『swing』の発表で一段とビルド・アップを果たした彼らが提示する"ネクスト・ワン"に大いに期待したいところだし、必ずやその期待以上の凄味あるライヴを見せてくれるはずだが、一番重要なのはオーディエンスの僕たちが何を感じるかである。ロックとはある表現者による一方通行な感情の吐露ではない。聴き手が感じ取ったものを表現者にフィードバックさせる有機的なコミュニケーションなのだ。去年のようにたとえ篠突く雨に見舞われようが、満身創痍の面持ちで僕は野音のミドリにあぁあいたいと思っている。(text:椎名宗之)