Rooftop ルーフトップ

INTERVIEW

トップインタビュー【復刻インタビュー】ニューロティカ(2004年4月号)- 結成20周年トリビュートアルバム発売記念!  BIG4対談!

結成20周年トリビュートアルバム発売記念!  BIG4対談!

2004.04.01

夢のロフトデビュー

──ニューロティカがロフトに初めて出たのはいつ頃なんですか。
 
小林:一番最初はイベントだったんだよね。
 
アツシ:ウチとPOGOとANTIっていうメンツで。(1985年9月3日)
 
錠:オレらは一番最初は日曜の昼のオーディションだったな…落ちたんだけど(笑)。
 
アツシ:ウチは最初それにさえ出してもらえなかったですからね。で、85年くらいにそのイベントで出してもらって、その時にここぞとばかりに当時の店長に自分の企画の企画書を持っていったんですよね。それで一回目の自分の企画をやって(1985年12月3日「ネオファミリー大作戦Vol.1」)、お客さんが70人くらい入ったのかな。
 
──そんな感じでロフトデビューを遂げて、それから一週間やったり十日間やったりと、ロフトの記録をどんどん作っていくわけですが。
 
錠:ニューロティカの場合、一週間とか十日とかあったら、ネタを仕込むのが大変だったよね。
 
アツシ:例の一週間やったヤツの初日に、錠さんがセッションで出てくれたんだけど、その後に七日間もあるから、とりあえず今日は酒飲まないで帰ろうって思ってたのに、錠さんとシゲさんから「そんなのロックじゃない」って言われて(笑)。結局毎日飲んでたんだよ! もう七日目には全然声出なかったですからね(笑)。…シゲさんは二日目には店に来てなかったですけど(笑)。結局自分の都合だけなんじゃん!
 
錠:あん時は毎日打ち上げだったもんね。
 
──その頃、他のバンドでそんなに連続で何日もやってる人っていたんですか。
 
小林:ゼルダが先に一週間はやってたんじゃないかな。
 
アツシ:それからニューロティカが一週間やって、さらに十日間やって。
 
小林:ルースターズも五日間くらいやったんだよね。
 
アツシ:ロフトで一番やって名前を残したかったっていうことだけなんですけどね。
 
──ロティカってとにかくロフトに対してのこだわりというか、意地みたいなのを常に持ってますよね。
 
アツシ:そうですね、それはもう憧れの場所でしたから。でも今ってそこまでこだわっている人って少ないんじゃないかな?
 
錠:今は渋谷でも新宿でも、小屋が増えてるからね。
 
仲野:バンドブームがあったり、ロフトが移転するとかしないとかやってた頃からそういうヤツが少なくなったような気がするけど。
 
アツシ:だからあんまりボクらの下の世代がいないんですよね。
 
──いつまで経っても下っ端扱いだと。
 
錠:この人(仲野)たちが引退しないからねー(笑)
 
仲野:(笑)。
 

誰かがいた

仲野:でも本当に、昔のロフトは行きゃあ大体誰かいたからね。
 
小林:あの頃は場所がなかったのかもね。今ほど朝までやってるようなクラブとかもなかったし。
 
仲野:まず金がなかったんだけどね。あの頃って、そういうムーブメントみたいなものが起こっていたところがロフトぐらいしかなかったんで、ゴールデン街には役者どもが集まってて、ミュージシャンはロフトに集まるみたいな感じはあったよね。ライブハウスの数だってそんなに多くなかったもんな。
 
アツシ:でもロフトに集まってたメンバーってほとんど同じメンバーだったじゃないですか。他のバンド達ってあの頃どこで飲んでたんですかね。
 
錠:イヤー、きっと夜中のロフトには怖くて来れなかったんだと思うよ。
 
仲野:それはキースが常時いたからだよ!「キースってロフトに住んでるんですか?」って聞いてる姉ちゃんとかいたもん。なんかその姉ちゃんが行くと必ずキースがいたらしいんだよね(笑)。
 
アツシ:まあボクも、とにかくロフトが好きだったから、わざわざ自転車で行ける範囲で落合に住んでましたからね。
 
錠:ああ、そうなんだ。オレはロフトに行きやすいように、ロフトの近所のビデオ屋で働いてた。
 
──ホントにみんな通ってたんですね。
 
錠:何回か本気で泊まったこともあったからね。
 
小林:みんなよく寝てたもんね。オレなんか一度、早番に遅刻しそうだったんでロフトに電話したら…キースが出たもん(笑)。
 
仲野:やっぱり住んでるんじゃん!(笑) 今は亡き尾崎豊なんかも楽屋で寝てたりしてたもんな。ホント、あの頃のロフトってミュージシャンを引き寄せる何かがあったんだろうな。
 
──尾崎豊ってロフトに出演はしてないですよね。
 
小林:出てはいないよね。
 
アツシ:尾崎にはちょっとジェラシー感じてたんですよ。…だって出てもいないのにプロモーションビデオはロフトだったんですよ! 
 
仲野:尾崎紀世彦じゃないだけ良かったじゃん。
 
錠:ロフトはカラオケのバックのわけわからない映像とかでもよく使われてたけどね(笑)。
 
仲野:それを言うなら、アナーキーが初めて出た映画「嗚呼!おんなたち~猥歌」もロフトだもんな。
 
小林:「太陽にほえろ」でヤマさんが死んだのもロフトだったんだよね。
 
錠:そうそう、そのバックでG.D.のポスターが映ってたんだよ(笑)。「ヤッター、テレビ映ったよ!」って大喜び(笑)。オレらのテレビデビューもロフトだったんだよ、火曜サスペンス劇場で島田陽子の後ろで飲んでる役(笑)。
 
仲野:オレ達のビデオ「旗をかかげろ」なんかもロフトだったな。…そう言えば「ヒストリー・オブ・アナーキー」にはロティカもG.D.も映ってるよな。
 
錠:たくさん映ってるよー…警備で(笑)。
 
アツシ:あの時はGDとニューロティカで警備やったんですよね。ウチは体格がいいヤツを二人送り込んで、ボクはカウンターの中で観てたんですけど(笑)。
 
休刊のおしらせ
ロフトアーカイブス
復刻