「西川君が気絶してもうた」
お笑いコンビ、レギュラーのお馴染みの台詞である。「さあ、これから楽しいネタが始まるぞ」と、見る者すべてが期待に胸を膨らませる瞬間だ。
ところがこの台詞に1行付け足すと、必ずしもそうではなくなる。例を見てみよう。
【例1】
西川君が気絶してもうた。
悪いのは私だ。
「私」に西川君を気絶させる気はなかったのかもしれない。しかし気絶させてしまった。あるいは心のどこかに気絶させたい思いがあったのかもしれない。だとしたら望みどおりになったわけだが、喜びは感じない。事故かあるいは故意か。答えはわからないが、いずれにせよやるせなさだけが残る。
【例2】
西川君が気絶してもうた。
日が傾き始め、西川君の影が長くなっていく。
放課後の校庭。西川君と遊んでいると気絶してしまう。だんだんとオレンジ色に染まっていく西川君。その影は長くなっていき、校庭を横断してしまうのではないかと思うほどだ。どこからか『遠き山に日は落ちて』が聞こえる。仲間とはぐれた赤とんぼが西川君の伸ばした手に止まる。もう叙情しかない。
このように1行加えるだけで、いつもとは違う風景が見えてくる。そして過剰なほどの余韻を残し、完結する。
いわば超短編といっても良いだろう。私はこれを『西川君気絶小説』と名づけ、今回いくつか書いてみたので紹介したい。気絶が生み出す様々なドラマから各々それぞれの解釈をし、余韻にいつまでも浸っていただきたい。
西川君が気絶してもうた。
インターハイ出場に王手をかけていたのに。
西川君が気絶してもうた。
迷い込んできたオウムが何度もそう繰り返す。
西川君が気絶してもうた。
放課後の教室、そう机に書かれた文字を指でなぞった。
西川君が気絶してもうた。
そのままUFOに吸い上げられた。
西川君が気絶してもうた。
ハゲタカが上空を旋回し始めた。
西川君が気絶してもうた。
動かなくなった西川君の陰だけ雪が解けない。
西川君が気絶してもうた。
馬車から松本君が飛び出した!
西川君が気絶してもうた。
みんなが帰ってしまうのを察したようだ。
西川君が気絶してもうた。
無理矢理動かすと禍が起こるらしい。
西川君が気絶してもうた。
住職の念仏がさらに激しくなる。
西川君が気絶してもうた。
これは擬死といって、動かなくなることにより身を守っているのです。
西川君が気絶してもうた。
これは擬態といって、木の枝のふりをして身を守っているのです。
西川君が気絶してもうた。
そんな西川君を囲むようにカメラを複数台設置して撮影している。
西川君が気絶してもうた。
嘘つき少年の声が村中に響き渡る。
西川君が気絶してもうた。
その姿が電器店のすべてのテレビに映っている。
西川君が気絶してもうた。
その上に雪は降りつもり、朝になるとまるで樹氷のように輝いていた。
西川君が気絶してもうた。
女は寂しくなると決まって嘘をついた。
西川君が気絶してもうた。
早稲田予備校の講演に来ていたアントニオ猪木の腹を思いっきり殴ってビンタされたためだ。
西川君が気絶してもうた。
その裏である法案が通った。
西川君が気絶してもうた。
怖くなった僕は逃げ出したのだが、今でもその時の夢を見るのだ。
西川君が気絶してもうた。
先に針の付いた電車の模型が風船に刻々と近づいていく……!
西川君が気絶してもうた。
それでもいつものようにテレビ番組は放映されていて、今はロート製薬の歌が聞こえている。
西川君が気絶してもうた。
ボタンを連打して気絶から回復しよう。
西川君が気絶してもうた。
相手チームがボールを蹴り出しプレーを止めた。
西川君が気絶してもうた。
それを避けながら福男を目指す者たちが走って行く。
西川君が気絶してもうた。
辺りは静かになり、どこからかAMラジオが聞こえてくる。
西川君が気絶してもうた。
西川君のイヤフォンから軽快なポップスが流れ続けている。
西川君が気絶してもうた。
今日はビバークするしかない。
西川君が気絶してもうた。
何も知らない転校生が慌てている。
西川君が気絶してもうた。
西川ウォッチングに来た旅行者は大喜びだ。
西川君が気絶してもうた。
斜めに伸びた手がいつもと逆なのはここが鏡の世界であるからだ。
西川君が気絶してもうた。
ヒントにそう書いてあるので、プレゼントクイズの空欄は「気絶」だ。
西川君が気絶してもうた。
ダムの放流を告げるサイレンが鳴り響く。
西川君が気絶してもうた。
人間の気絶を初めて見る少年は怖くなって駆けだした。
西川君が気絶してもうた。
伸ばした手の方向に宝があると言われている。
西川君が気絶してもうた。
その影は日時計として、我々に時を教えてくれた。
西川君が気絶してもうた。
地動説が信じられなかったのだ。
西川君が気絶してもうた。
四天王で最弱だから仕方ない。
西川君が気絶してもうた。
そう書かれた吹き出しと気絶したマネをしている若者の横に「楽しい職場です!」と書かれたバイト広告を見つけた。
西川君が気絶してもうた。
鳥が一斉に飛び立ち、小動物が逃げ出した。
せきしろ
1970年、北海道生まれ。主な著書に『去年ルノアールで』『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』『たとえる技術』『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』など。