もう思い出すことなんてないと思っていた。
あれからあたしは夜中にテレビでサッカーを観るのが嫌いになった。
あの時、彼は最後にキスをすることもなく、あたしに背を向け寝転がりサッカーを観ていた。
スポーツをした後のように、ペットボトルの水をごくごくと飲み干した。
「あたしも何か飲みたい…。」勇気を出して言った。
彼は面倒くさそうに冷蔵庫を開け、飲みかけの500mlのお茶を「これいつのだろう?」と考えるような表情で目も合わさずに渡した。
いつのか分からない飲みかけのお茶を飲み干し、彼の背中をずっと見ていた。
「サッカーあんまり興味ない?」そう聞かれて
「あ、うん。」テキトーな相づちを打って
「先、寝てていいよ。」
「あ、うん。」
本当は「あたしにあんまり興味ない?」そう聞きたかったけど
聞かなくても、その態度で何となく彼の気持ちは分かった。
あれから10年、彼のことなんて忘れていた。
だから、今この渋谷の本屋で偶然にも見かけるなんて思ってもいなかった。
彼がこの目に映った瞬間、10年前の気持ちが一気にリバースされた。
本を探しているようで、キョロキョロと辺りを見回す。
あたしは一つ先の雑誌コーナーの角に隠れ、彼の動きを目で追う。
もう二度と会いたくない人だったから、心は一気に呼吸を忘れて狂いだす。
唯一の救いは彼があたしに気付かなかったこと。
でも、彼はあたしのことなんて忘れているだろう。
たった一度だけ抱きしめた女のことなんて。
あたしはきっとあの頃、彼のことなんて好きじゃなかった。
でも、あの時、嘘でも愛みたいなものを見せてほしかったんだ。
バイバイ、愛のないセックスをした人よ。