想い出の音楽番外地 戌井昭人
紅白歌合戦は、観ましたか? わたしは観たような、観ていないような感じで、午後10時半くらいに眠ってしまいました。なんだか去年もそんな感じで、いまだに去年が続いているような気がしています。
以前は、紅白歌合戦と格闘技を行ったり来たりしながら、酒を飲み、『ゆく年くる年』が始まれば、初詣に行き、甘酒を飲んで「ああ、温まる」などと言っていました。それにしても、どうして、年明けも待たずに、眠るようになり、年末を楽しまなくなってしまったのか? 考えてみると、紅白に北島三郎が出なくなってから、そのようになってしまったのではないのかと思ったのです。
調べてみたら、北島三郎は、2013年、自身の50回目の出演を最後に紅白に出場しなくなったそうで、そのときは「まつり」を唄って大団円だったのを覚えています。その後もわたしは紅白を観ているので、きっかり、年明け前に眠ることになったわけではないのですが、「今年も、北島三郎は出ないんだ」と毎年思っていたら、徐々に気持ちにハリがなくなり、もう寝てしまおうとなったようです。
わたしは若いころから、北島三郎の「与作」が大好きで、カラオケでよく唄っていました。当時のオハコは「与作」と春日八郎の「あん時ゃどしゃ降り」でした。さらに文学座という劇団の受験のとき、アカペラで歌を唄うという試験があり、「与作」を熱唱したのを覚えています。
その後、めぐりめぐって、浅草の団子屋で働きだし、下町の名物品を売る催事の集団と一緒に函館のデパートへ、団子を焼いて実演販売をしに行きました。しかし、まったく売れずに、気持ちがくさくさしていると、包丁研ぎのおじさんに、飲みに行こうと誘われ、すき焼き弁当売りの人、きんつば売りの人、お茶屋の人などと、スナックに行きました。それまでわたしは、団子も売れず、一人でしかめ面をしていたので、大変陰気な奴と思われていたようです。でも、「なんか唄え」と言われ、「函館なので、北島三郎を唄います」と「与作」を熱唱したら、皆が大喜びをして、仲良くなったのでした。
そんでもって最近、息子が、「とんとんとんとんひげじいさん」を唄っていたので、「他にも、“とんとんとん”があるよ」と、「与作」を聴かせたら大喜び、去年の年末は親子で「与作」を唄いまくっていたのです。しかし、iTunesには、本家、北島三郎の「与作」がなくて、森進一、大川栄作、ジェロなどを聴いていたのですが、年が明けて、「与作」を聴こうとなり、iTunesをいじくっていたら、なんと、北島三郎の「与作」が解禁されたようです。
そんなこんなで、わたしは、あいかわらず「与作」を聴きまくり、はやく、現在の陰気な世の中が終わって、とっとと来年が来ないかと思っているのです。
そして無理な願いですが、紅白で北島三郎の「与作」を観たいなと切実に思っているわけです。そんなこんなで、今回紹介したいのは、北島三郎の「与作」なのでした。
戌井昭人(いぬいあきと)1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。