二十代の頃は車に乗っていました。ちなみに乗っていたといっても、友達の父親が経営するフィリピンパブの送迎車として使われていたワゴン車を一万円で購入したものでした。その車の中で聴くために、いろいろな音楽をカセットテープに録音していました。カセットごとにテーマをつくったり、つなぎの曲を試行錯誤したり、カセットに録音できる時間を考えて、ああでもない、こうでもないと、曲を入れていたのです。
でも、いつも大きな問題がありました。それは、洋楽と邦楽、ワールドミュージックなどジャンルをどのようにして分けるかということでした。考えた挙句、カセットのラベルには「日本ベスト」「外国ベスト」というシリーズにして何本もテープを作りました。
しかし現在では、洋楽、邦楽、ワールドミュージックが、ごちゃ混ぜになり、そのような線引きなく音楽を聴けるようになりました。アフリカ音楽の後に山口百恵とか、パンクの後に童謡とか、なんでもござれです。これは音楽が多様化し、ジャンル分けなんてどうでもいいところまできたからだとも思います。他にも、誰が言っていたのか失念して申し訳ないのですが、その人が言うには、iTunesができたことが大きいということでした。つまりiTunesのシャッフル機能によって、音楽ジャンルの線引きがどんどんなくなっていったようで、私自身もシャッフル機能を使って聴いてたら、フェラ・クティの後に小沢昭一がかかったりして「最高だ」と思ったりしたことが何度もあります。
それで話は戻りますが、車で聴いていた「日本ベスト」のカセットテープですが、一番、曲を入れていたのは、ダントツで、RCサクセションでした。あとは、ボ・ガンボス、エレファントカシマシ、遠藤賢司、はっぴいえんど、挙げていくとキリがないけれど、フラワー・トラベリン・バンドを外国ベストのほうに入れて、「おお!」と勝手に一人で興奮したりしていました。
とにかく、自分の中で、日本、外国なんてジャンル分けは、とっぱらいたいと思っていたのですが、どうにもできなかった。そんな思いを強く感じたのが、山口冨士夫さん率いる、ティアドロップスでした。山口冨士夫さんも、フラワー・トラベリン・バンドのジョー山中さんも外国の人の血が入っているので、エキセントリックな格好良さもありましたが、そこはあまり関係なく、ティアドロップスの『らくガキ』というアルバムは最高でした。ライブも行き、二十歳の私は、大人のロックの格好良さに痺れ、ロックンロールは簡単に国境を超えると思いました。とにかく今聴いても素晴らしい。歌詞なんて「これで良いだろ」といった感じがたまりません。
昔、テレビで、デニス・ホッパーの前で演奏していたティアドロップスを観たことがあります。山口冨士夫とデニス・ホッパーが同じブラウン管に映っていた奇跡のような瞬間、夢のようでした。夢だったのか? いや、事実だったのです。
戌井昭人(いぬいあきと)/1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。