世界各国の民族音楽には、心を癒し、ゆったりした気持ちになるものや、呪術的なもの、血潮が沸きたつものがあります。また日本各地の民族音楽に似ているものがあったりして、そのような共通点を見つけたりするのも面白い。とにかく民族音楽というものは、そこに人間の生きる根源みたいなものが詰まっているから、ワクワクしてくるのかもしれません。
このように、いろんな国の民族音楽を聴くのは楽しいものですが、聴いていると、怖くなってくるものがあります。普段は聴かないけれど、たまに聴いてみる、でも、やっぱこれは自分には合わない。しかしこれは個人的に合わないだけで、「素晴らしい!」と思える人もいるかもしれません。いや、音楽的には素晴らしいと思えるのですが...。
それは、ピグミー民族の音楽です。ピグミーは、アフリカ大陸の赤道付近に住む民族で、平均身長が150センチくらい、昔放送されていた探検番組などで、彼らの姿を見たことがある人も多いと思います。とにかく普通の人間よりサイズが小さいピグミーですが、そのような不思議については、どうぞ皆様、個人で調べてみてください。
そこでピグミーの音楽を集めたアルバムで『GABON Bibayak Pygmies』というものがあります。ほとんど情報がないので、どういう経緯で作られたのか、わからないのですが、民族音楽採集家みたいな人が、現地で録音をしたのではないかと思われます。また、どうしてわたしがこれを持っているのかといえば、とにかく民族音楽をいろいろ集めていた時期があって、大概のものは聴けば、「おおお!」と興奮していたのですが、ピグミーの『GABON Bibayak Pygmies』にぶち当たったときは、自分は生きてて良いのかと思えるくらい不安な気持ちになったのです。
音楽は、太鼓のリズムと共に、数人が「ヤァイヤァー」「エ〜エ〜ィ」といった高音の声で唄っているものや、おっさんがボソボソ唄ってるもの、ディジリドゥーみたいなものがブヨブヨ鳴っていたりしています。民族音楽をいろいろ聴いていれば、これは、よくある感じのものですが、ピグミー音楽だけは、どうしても不安になり、怖くなる。そこで考えました、もしかしたら前世のわたし(前世とか全く信じてないけど)が、ヨーロッパの探検家かなにかで、ピグミーに酷いことをしたのではないかと。
今も書きながら聴いているのですが、早く聴くのを止めたいから、早く書き終わりたいと思っている次第で、怖いよピグミー。でも前世(信じてないけど)で酷いことしてたら、ピグミーの皆様、本当にゴメンなさい。でもって皆様、聴いてみてください。あなたは大丈夫でしょうか?
戌井昭人(いぬいあきと)
1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。