空耳アワーじゃないけれど、勘違いして、ずっと聴いていた音楽というものがあります。
わたしは、トム・ウェイツのアルバム『The Early Years, Vol.1』というアルバムに入ってる、「Had Me a Girl」という曲の歌詞、「Doctor says be alright」というのを、ずっと、「Dog says be alright」と思っていました。つまり、「お医者さんが大丈夫だと言ってたよ」という歌詞を、「犬が大丈夫だと言ってたよ」と勘違いしていたのです。
だから、「トム・ウェイツはすごいな、犬と話ができたりして、やっぱ詩人だな」などと感心していたのです。でも、これはわたしの単なる勘違いでした。
しかし、いま思うと、やっぱり、医者よりも、犬に大丈夫だよと言われてるほうが、なんだか詩的だし、この曲の歌詞に合っているような気がしているので、いまだに、「DOG」だと思って聴くようにしています。
このように歌詞だけの間違いなら良いのですが、歌詞も、そして唄っている人間も間違えていたことがあって、その曲を探しても、なかなか見つからなかったという経験があります。
最初に、その曲はラジオから流れてきました。浮遊感のある不思議な音楽で、歌詞は、「チェック、まぶしい」「カモン、チェックまぶしい」「パラッパッパ」といった感じです。
それで、わたしはこの曲を、勝手に、フィッシュマンズの曲だと思い込んでいたのです。フィッシュマンズの「チェックまぶしい」って格好いい曲があるんだけれど、ぜんぜん見つからない、どのアルバムにも入ってないと思っていました。そして自分の中で、幻の名曲になっていたのです。
それから、数年後、この曲が、またラジオで流れていました。「フィッシュマンズのあの曲だ!」と思って、ボリュームを大きくして聴いて、曲が終わると、ラジオDJの人が「ポール・マッカートニーのチェック・マイ・マシーンでした」と言ったのです。
つまり、わたしが、ずっとフィッシュマンズの幻の曲として勘違いしていたのは、有名な、ポール・マッカートニーのアルバム『McCartney II』に入っている、「Check My Machine」という曲だったのです。
しかしみなさん! この曲の歌詞の「Check My Machine」というのを、あえて勘違いして「チェックまぶしい」と思い、さらにフィッシュマンズの曲だと思って聴くと、楽しさ倍増間違いありませんので、ぜひとも、そうやって聴いてみてください。日本語のわかる国に生まれて良かったと思えるくらい、名曲が、勘違いによって、さらに名曲になりますので。
戌井昭人(いぬいあきと)/1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。