世の中にはいろいろな歌詞があります。聴くほうにも歌詞の好みが、それぞれあって、やる気を起こさせる歌詞が好きな人、笑っちゃう歌詞が好きな人、情緒があるものだったり、泣ける歌詞が好きな人、新たな世界を広げてくれる歌詞などもあります。感じ方は、そのときの自分の状態に関係すると思うのですが、「この歌の歌詞によって、わたしの人生は変わった!」という人もたくさんいると思います。そのくらい歌詞というものは、人生に影響をおよぼす、重要なものであったりもします。
トム・ウェイツの『Bone Machine』というアルバムの「Goin' Out West」という曲で、「わたしは胸毛があるから、格好いいんですよ!」(訳詞カードがないので、正確ではありません、すみません。訳は室矢憲治さん)というのがあって、このような歌詞に出会うと、わたしは、衝撃を受けてやる気が出たりします。
他にも、いろいろと、わたしに影響をおよぼした歌詞を挙げればきりがないのですが、直接的ではない歌詞のほうが、後から、じわじわくるような気がします。
ボブ・ディランなんて人は、難解でわけのわからない歌詞を書いたりすると言われておりますが、英語が元だから、原文を体現することができないわたしは、本当のところ、どこまで難解なのかわかりません。トム・ウェイツもそうだけど、室矢憲治訳は、本当に素晴らしい。しかし、ボブ・ディランの訳詞を読んでると、「なんで見張り塔から見てんだ」とか「ブルーにこんがらがってどうしちゃったんだ」とかいろいろな疑問が浮かんできて、その疑問が楽しかったりします。
そんな中、今までの人生を振り返り、日本語歌詞で、わけがわからないけど、ものすごく情緒があって、大好きな歌詞に、Theピーズの『とどめをハデにくれ』というアルバムに入っている、「映画(ゴム焼き)」という曲があります。
この歌詞を聴いたときは、わたしは、混乱しました。ピーズは、このような歌詞以外に、ものすごくストレートな歌詞の歌もたくさんあります。「バカになったのに」とかは、ギャグ漫画を読んでるみたいな気分になれて大好きだし、「ザーメン」なんて、題名そのままの格好いいロックもあります。「脳ミソ」という曲のはじまりは、「脳ミソがジャマだ、半分で充分」ですよ! こんな凄い歌詞、他にないですよ。でもって、『とどめをハデにくれ』に戻ると、他の曲は、「好きなコはできた」、「日が暮れても彼女と歩いてた」、「みじかい夏は終わっただよ」、「今度はオレらの番さ」、「井戸掘り」、「手おくれか」、「日本酒を飲んでいる」、そして最後、「シニタイヤツハシネ〜born to die〜」といった感じです。
恋のおかしみ、怒り、怠惰な時間に屁が出そうになりながら、酒を飲みまくってるなどで、人間くさい歌がたくさんあるけれど、「映画(ゴム焼き)」だけが謎なのです。歌詞の内容はあえて書きませんので、皆様聴いてみてください。20代のわたしは、この謎に取り憑かれたように、「映画(ゴム焼き)」を聴きまくりました。そして思ったのです。抒情詩ってこういうのかしらんと、でも、そんなふうに思った自分も、間抜け極まりないのではないかと思い。この前も聴いたけれど、やっぱりわからない、じわじわと、わけのわからなくなる、本当に素晴らしい曲です。
戌井昭人(いぬいあきと)/1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。