うちの父は、ギターを弾いて、唄い出すことがよくあります。それも全部英語の歌なので、「なんだか、いろいろできるんだな」と、子どもの頃は思っていましたが、時を経て、レパートリーは、3、4曲で、それは、すべてハンク・ウィリアムスの曲なのだということを知ります。
そんでもって、なんと言いましょうか、カントリー・ソングの鼻に抜けるような唄い方ばかりするので、最終的には、「また、あの歌が始まったよ」と思うようになっていました。
この前も、実家に寄ったら、調弦の狂ったギターで、いとこの子どもに向かって、ハンク・ウィリアムスの「ジャンバラヤ」を唄っていました。
とにかく、父の歌から想像するハンク・ウィリアムスは、ほのぼのした感じだし、レコード・ジャケットの写真も、細身でテンガロンハットを被って、ニコリとしているので、わたしは、ハンク・ウィリアムスのことを、長いこと牧歌的な、カントリー歌手だと思っていました。
しかしながら、本や雑誌を読んだりしていると、徐々に、ハンク・ウィリアムスの実態がわかってきたのです。当時はインターネットがなかったから、ほとんど古本屋の立ち読みなどで、情報がゆっくり入ってくるのでした。
それらの情報によると、ハンク・ウィリアムスの晩年は、アルコール中毒、モルヒネ中毒となり、心臓発作で亡くなります。さらに、亡くなったのが29歳と若い。
そして、決定的だったのは、『ロックンロール・バビロン』という、セックス・ドラッグ・ロックンロールにまみれた、これまでのロック史を写真と文でまとめた本を読んでいたら、ハンク・ウィリアムスの写真が出てきたことです。
それは、父が呑気に唄っていた、ハンク・ウィリアムスや、家にある、アルバム・ジャケットの写真からは、想像できない姿でした。
上半身裸で、後方に鉄格子みたいなものがあって、留置場なのでしょうか、目つきが完全にトンでいるのでした。日本でも、西成とか山谷で、こんな感じのおっさんを見たことがある。
さらに、ハンク・ウィリアムスが、すごいのが、そのような状態でも、しっかりテンガロンハットを被っていて、なんだか、そのカントリー魂に感動してしまいました。
でもって、今回、おすすめしたいアルバムは、ハンク・ウィリアムスなんですが、いろんな、廉価版のベスト盤が売っているから、どれでもいいと思います。それを聴いてほっこりしてから、『ロックンロール・バビロン』を古本屋で見つけて、写真を見てください(ネット検索すれば出るかな)。
とにかく、あの写真を見ると、表現者は「狂気によって創作してるんだな」とか、思えてきます。
戌井昭人(いぬいあきと):1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。他に『俳優・亀岡拓次』などの作品がある。