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8回「その全ては君のものであり俺のものなんだ」

第38回「その全ては君のものであり俺のものなんだ」

2022.12.14

THEPASSENGER.jpg

text by ISHIYA(FORWARD / DEATH SIDE)

ほんの少しの思いやりさえあれば、この国はもっと良い方向に回っていくはず

 私ごとではあるが、2022年11月23日から11月28日まで、東ヨーロッパのオーストリア・ウィーンと、セルビアのノヴィ・サドに、バンドのツアーで行ってきた。
 2020年からのコロナ禍による様々な規制によって、海外などには全く行けなかったのだが、ようやく規制も緩和され、ツアーで海外に行くバンドも増えてきた。
 いまだに日本国内では、ライブハウスでの入場規制や、スポーツ観戦のときに声出し禁止などの多くの規制があるが、今回ヨーロッパに行って日本という国に感じたことがあった。
 
 今回のツアーは、メンバー5人のうち1人しかワクチン接種をしていないため、ワクチン摂取なしでも入国ができるかどうかのところから始まった。オーストリアとセルビア、移動で通るハンガリーではワクチン摂取の有無による入国規制はないとのことで、ツアーが決定した。
 そして次は、日本への帰国の際に、どういった検査が必要なのかを調べる必要が出てきた。2022年10月に、日本入国時の検査や隔離期間などが緩和され、ワクチン3回摂取者は検査なし、ワクチン未摂取でも検査と陰性証明があればスムーズに帰国できるとわかり、ひと安心で海外に旅立った。
 
 それまでコロナ禍による規制が厳しい日本という国に住む俺は、海外での様子は切り取られた一部の情報だけで、実際に理解する機会がなかった。そんなとき、ちょうどサッカーのワールドカップが始まり、中東カタールでは観客席も選手も審判も、スタッフに至るまでマスクをしている人間はほとんど見られず、応援では大声を出して歌うなどの光景が広がっていた。そしてそこまでの日本との大きな違いに違和感を持ったまま、出国日を迎えることとなった。
 飛行機へ搭乗の際からマスクをしていたのだが、いざ搭乗してみると、キャビンアテンダントでさえほとんどがマスクをしていない。乗客の日本人はマスクをしている人間も多くいたが、海外の方々はほとんどマスクをしていなかった。
 乗り継ぎのドバイ空港でも、多く見積もっても約3割程度の人間しかマスクをしていない。話には聞いていたが「一体これはどういうことだ?」と、不思議な気持ちになったのは事実である。
 そしてドバイからオーストリア行きの飛行機では、マスク着用者は皆無になる。乗り継ぎの待ち時間を含め、約22時間をかけて、ようやくオーストリアのウィーン国際空港に到着すると、さらに驚くべき事実が目の前にあった。
 「ヨーロッパではマスクをしない」とは聞いていたが、ほとんどの人間がマスクをしていないではないか。この3年間のコロナ禍の中、日本に住み、日本からやってきた身からすると、この光景には非常に驚かされるとともに、マスクをしなくていいという現実には、正直開放感があった。
 しかし初日に観光に出かけた際には、公共の交通機関であるバスやトラム(路面電車)ではマスクをつけることが推奨され、中にはマスクしていない人間も2割程度はいたように思うが、マスクをしている人間も多く見られた。
 乗り物に乗り込む際にポケットからマスクを出して装着し、降りるときには外して、またポケットにしまうという人間がほとんどだった。
 観光地の街中からレストランや各ショップで、店員も含めマスクをしている人間を見かけることは皆無に近く、日本との違いには心の底から不思議な感覚に包まれた。こうした環境であるために、マスクをする必要性が全くなく、公共交通機関以外ではバンドメンバー全員、マスクをすることはなかった。
 翌日にウィーンで行なわれた2回のライブでも、合わせて200〜300人ほどは来ていたが、マスクをしている人間はいなかった。見落とした人間がいたとしても、その人数は片手で余る程度だ。これも日本では全く考えられない。
 もともとマスクを日常的につけてはいるが、それほどマスク着用に対して執拗にこだわっているわけでもないので、受け入れるのも比較的容易であったと思う。しかし翌日に訪れたセルビアのノヴィ・サドでは、さらにマスク着用率が低かった。
 ノヴィ・サドでは公共交通機関に乗っていないため、そこはわからないが、ウィーンと比べても街中でのマスク着用率が格段に低い。正直に言って、街中やレストラン、ライブをやったフェス会場の700〜800人規模のライブハウスでさえ、ただのひとりもマスクをしている人間がいなかった。
 日本にずっといるとわからないことではあるが、「誰一人としてマスクをしていない全くの別世界」が、この日本がある同じ世の中に存在する。同じ人間が、同じように暮らしている同じ地球上の国で、これほどの違いをどうやって受け止めれば良いのだろう?
 あまりにも不思議なので、ワクチン摂取率も関係があるのかもしれないと思い、今回のツアーをオーガナイズしてくれた友人に、ワクチン摂取のことも聞いてみた。
 その友人はワクチン摂取済みで、確か3回(?)はやっていると言っていた。「接種率について正確にはわからないが、オーストリアでは60〜70%の人間がワクチンを摂取しているのではないか?」と言っていた。その質問をしたときに、友人がそばにいたもう一人の友人にも尋ねていたが、その反応は「そんなもん知らん」といった感じのそっけないものだった。
 個人的な感覚ではあるが、ワクチンやマスクに関して、要するにコロナというものに対して、少なくともヨーロッパのオーストリア・ウィーンでは、日本ほど恐れていないというのが現実だった。
 
 国民性なのか、オーストリアやセルビアなどのヨーロッパでは、マスクをしていない人間に対して恐怖感を感じる人間は、ほとんどいないと感じられた。
 そして最終日には、帰国のためにPCR検査場に行ったのだが、PCR検査に来るのは日本人だけだと検査員が言っていた。結果が出るまで10時間ほどかかるPCR検査であれば無料で、3時間で結果が出るものだと€49というものだった。
 調べてみると、様々な国で入国時の条件があるが、そのほとんどがヨーロッパ以外の国であり、ワクチンの接種証明が必要とされているようだ。
 ※参考ページ/外務省海外安全ホームページ:https://www.anzen.mofa.go.jp/covid19/pdfhistory_world.html
 ということは、少なくともウィーンに訪れる他国の人間の中で、ワクチン接種を拒否している人間がいるのは、日本だけということになるだろう。
 日本帰国時の手続きは異常なまでの煩わしさがある。専用アプリをインストールし、膨大な各質問への受け答えをしなくてはならないその困難な手続きは、ワクチン接種者でも何も変わらず、接種の有無で帰国手続きの煩わしさの違いはない。
 正直言って、このシステムをできない人間はかなりの数がいるだろう。お年寄りなどにはかなり難しいと思われるし、実際一緒にいたメンバーでも2人はアプリでの手続きを諦めた。
 証明書があったので問題なく帰国できたが、やっとの思いで手続きをし、発行されたバーコードも、帰国時に職員が手作業で各自のスマホをスクロールして目視確認していたので使うことはなく、あのバーコードは一体なんのためにあったのか未だにわからない。
 「ワクチン接種していればスムーズな帰国ができるのか?」といえば、帰国前のPCR検査以外は、未接種者となにひとつ変わらない。たかが5分もかからない検査を受けるだけで、違いがほとんどない意味不明のシステムだ。PCR検査より、アプリでの帰国手続き申し込みのほうが、膨大な時間がかかる。
 新設されたデジタル庁という組織が、やってる感を演出するための愚策にしか思えない。河野太郎なら平気でやりそうである。現実を何も知らない二世議員はこれだから困る。法律で二世議員は廃止にするべきだ。
 話を戻そう。
 
 日本ではマスクやワクチン接種で、かなりの対立があると思う。中にはめちゃくちゃな陰謀論も多い。めちゃくちゃな陰謀論はさておき、怪しいと思う事実が多いことに異論はない。事実、俺の行ったヨーロッパではほとんどマスクをしていないし、サッカーワールドカップでもほとんどマスクは見かけないが、日本はマスクをした人間で溢れている。
 だからといって「ヨーロッパではマスクをしないのだから、日本でもマスクをしない」というのは違う気がする。
 それならば「日本ではマスクをするのだから、外国に行く場合でもマスクをしなければダメ」ということになってしまう。
 実際は日本でも人と近距離で話す場合以外、野外でマスクをする必要はないのだが、国民性なのか何なのか、日本で外を歩いていてもマスクをしている人間がほとんどである。
 そしてマスクをしていない人間は、日本では容認されないことが多い。マスクを同調圧力と感じている人もいるだろう。しかしそんな大層なことではなく、不安に思う人が多い国という環境なのだから、別にマスクぐらいしたっていいじゃないか。常時マスクをしていろと言っているわけではないし、少しの間だけマスクをしていて死ぬわけじゃあるまいし。
 しかし正直に言って、ヨーロッパから帰ってきてから、個人的にマスクの必要性は全くないと感じている。マスクをしていなくても何も問題ないとは思うようになった。
 マスクをするのは日本国内でのエチケット的なものだと思う。日本という国の、強制力のないドレスコードのようなものとでも言えばいいだろうか。強制力がないので従うこともないし、無理強いするのもおかしいと思う。あとは各々個人の他者に対する思いやりではないだろうか。
 マスクをしたい人はすればいいし、したくない人はしなければいい。ワクチンも然りで、接種するかしないかを他者に強制するのはおかしいと思う。
 マスクに関しては、不安を感じる人の前ではマスクをするし、それ以外ではしないというような臨機応変な対応でも良いのではないか? これから寒くなる上に、コロナ禍以前から何もないのにマスクをしている人間が多くいたこの国で、今さらマスクで争うのは馬鹿げている。
 マスクもワクチンも、やりたい人はやり、やりたくない人はやらない。その上でエチケットは守ろうという簡単な話なだけで、みんなで争う必要はない。
 攻撃するのではなく、大丈夫な人が弱い人を守れば良いだけじゃないのか? それぐらいできるだろう。自民党の政治家じゃないんだから。
 いがみ合ったり、憎しみ合ったり、攻撃し合ったりして分断するより、もっと気分のいい素晴らしいものがあるのを知ってるだろう? 動物ならみんなやっているんだ、人間にできないわけがない。愛し合うことよりも素晴らしいものがあるなら教えてくれ。
 非難したり罵倒したり文句を言う前に、みんなにもう少し、ほんの少しの思いやりさえあれば、この国はもっと良い方向に回っていくんじゃないだろうか。
 
 
 
IGGY POP『THE PASSENGER』
 
俺は旅人
どこまでも進んで行く
街の裏通りを抜け
空に星が出るのを眺めた
そう あの明るく虚ろな空に
今夜はとても美しく見えるんだ
 
俺は旅人
ガラスの下に身を寄せ
窓の外はとても眩しい
今夜も星たちが出て来る
明るく虚ろな空が見える
街を覆うひん剥かれた空いっぱい
今夜は何もかもがイカして見える
 
歌え、La, La, La, La, La, La, La, La……
 
車に乗り込み
俺たちは旅人になる
今夜 街を走り抜け
この街のひん剥かれた裏の顔を見てやろう
明るく虚ろな空を見上げ
キラキラ光る星を見るのさ
今夜の星は俺たちのために輝くんだ
 
Oh、旅人よ
どうやって進んで行くのか
Oh、旅人よ
どこまでも進んで行く
窓の外を眺める
その目には何が見えるのか
彼は予兆と虚ろな空を見る
今夜出てくる星たちを見る
ひん剥かれた街の裏側を見る
曲がりくねった海沿いの道を見る
 
そして全ては君と俺のためにある
その何もかもが君と俺のため
だってそれは君と俺のものだから
さあ ひと回りして 何が俺のものかを見てみようぜ
 
歌え、La, La, La, La, La, La, La, La……
 
Oh、旅人よ
どこまでも進んで行く
ガラスを通して世界を眺め
窓越しに世界を眺めている
自分のものだとわかるものを見る
明るく虚ろな空を見上げる
夜にまどろむ街を見ている
今夜出てきた星たちを見ている
 
その全ては君のものであり俺のものなんだ
その全ては君のものであり俺のものなんだ
だから行こう、行こう、どこまでも行こう
 
歌え、La, La, La, La, La, La, La, La……
 
 
◉イギー・ポップはパンクのゴッドファーザーとして知られるシンガー・ソングライター/プロデューサー。1967年にパンク・ロックの先駆けとなるバンド、ザ・ストゥージズを結成。奇行とされる過激で暴力的なパフォーマンスで悪名を残す。「THE PASSENGER」は1977年発表のソロ・アルバム『Lust for Life』に収録。ジム・モリソンの詩に基づいたものだと知られているこの曲の歌詞は、当時のイギーは車も免許も持っていなかったため、デヴィッド・ボウイの車の助手席に座っている視点から書かれているという。
 
【ISHIYA プロフィール】ジャパニーズ・ハードコアパンク・バンド、DEATH SIDE / FORWARDのボーカリスト。35年以上のバンド活動歴と、10代から社会をドロップアウトした視点での執筆を行なうフリーライター。
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