異次元の常識 text by ISHIYA(FORWARD / DEATH SIDE)
入管法改正案は全くもって非人道的な差別案だ
アメリカのアフロアメリカンのジャズ歌手でありながら、フォーク、ブルース、R&B、ゴスペル歌手、ピアニストとして活動しながらも、公民権運動や市民運動家でもあったニーナ・シモン。
俺は彼女について全く詳しくないが、1年ほど前だっただろうか、SNS上で確か俺に彼女の日本語訳のついた動画を教えてくれた人がいて、その動画を観て衝撃を受けた。
まずはその歌の歌詞を読んでほしい。
ニーナ・シモン/Ain't Got No, I Got Life
私には家がない 靴もない
お金もなければ 品もない
友達もいないし 学校もない
仕事もないし 職もない
金がないから居場所もない
父はいないし 母もいない
子どももないし 兄弟もいない
土地もなければ 信じるものもない
頼る教会もないし 祈る神もいない
愛もなくした
ワインもないし タバコもない
服もなければ 祖国なんてない
品もないし 教養もない
友達はいない 何もない
神様なんかいない
大地もなければ 水もない
食べ物もない 家もない
服がないって言ったよね
仕事もない なんにもない
住むところもない
愛もなくした
じゃあ、私には何があるの?
私には何があるの?
私には何があるのか教えて
私はなんで生きてるの?
私にはこの髪がある 頭がある
脳みそもあるし 耳もある
目もあるし 鼻もある
口があるから微笑むこともできる
私には舌がある 顎もある
首もあるし おっぱいもある
ハートもあるしソウルもある
背骨もあるし セックスもある
腕が 手が 指がある
脚が 足も 足の指も
肝臓もあるし 血も通っている
命がある
私は生きている
頭痛もするし虫歯も痛む
調子が悪いときもある
あなたと同じよ
私には髪がある 頭がある
脳味噌もあるし 耳もある
目もあるし 鼻もある
口があるから微笑むことができる
舌がある 顎がある
首も おっぱいも
ハートもソウルも
背骨もセックスも
腕が 手が 指がある
脚が 足も 足の指も
肝臓もあるし 血も通っている
命がある
私には自由がある
心がある
私は生きている!
この動画はライブなのだが、ニーナ・シモンという被抑圧者であるアフロアメリカンだからこそ、説得力が半端なく伝わる名曲であるし、歌声も素晴らしい。
どこかで読んだ話に、本人はこの日のライブは良くなかったと言っているようだが、初めて観たときには何度も何度も繰り返し、食い入るように観てしまった。
2021年4月に国会に提出された入国管理法改正案は、何らかの事情により、母国へ帰ることができない方々に対し、強制送還を行なえるようにする改悪案であり、帰れば命の危険に晒される可能性がある人間を強制送還するという、全くもって非人道的な差別案である。どうしても帰ることができない人々に、刑事罰を科して強制送還できるようにするなどという改悪案は、国際法違反にも当たる案件だ。
入管法に携わる当事者としての意識を想像しにくいのであれば、ぜひこのニーナ・シモンの歌詞を読んでほしい。まるで彼らの気持ちを歌っているかのように感じるのは、俺だけではないはずだ。
在留資格がないために申請するが、認められる確率はほとんどない。それでも申請するしか方法を持たない人たちは、帰れば生命の危険に晒される可能性がある。
在留資格がない人々は、拷問を受け、迫害され、生命の危険に晒され、殺されても構わないという事実を突きつけようとしているのが、今回の入国管理法改悪案である。
実際に入管法によって拘留され難民申請をしている人々への迫害は常軌を逸した非人道的な行為だ。
2020年8月から不法滞在で名古屋出入国在留管理局に収容されていた33歳のスリランカ人女性が、3月に死亡してしまう事件まで起きるなど、社会的な問題として見過ごせるものではなくなっている。
この女性はDVに遭い、逃げていたにもかかわらず体調不良を訴えても入院などの措置が取られずに、見殺しにされたようなものである。
帰ることもできず、申請が通らなければ留まることもできずに、入管によって殺される。
親族や弁護人を監理人とすることで、収容施設から出ることはできるが、そこで仕事をすることもできず、保険に入ることもできない。
これを人道的というのであれば、この国の異常さはもう手のつけようのないほど腐りきっているとしか言いようがない。
こうした「権利」の問題について、この国は疎すぎる。それはこの国家を作っている国民の意識の問題であるとも思っている。入管法改悪はあからさまな差別であり、権利を無視したものであることは明白だ。
この問題は、権利を有する生き物すべてにとっての話であると思う。
女性であるから、移民者であるから、性的マイノリティであるから、肌の色や国籍が違うから、障がい者であるからといって権利を剥奪して良いはずがない。
この問題を俺個人としては、被抑圧者すべての権利について重要な問題だと思っている。そこに俺は「人権」という問題だけではなく、この歌詞の中にあるような感覚を共有する被抑圧者である生命すべてに当てはまる問題であり、それは動物にも当てはまるものであると断言する。
ニーナ・シモンの「Ain't Got No, I Got Life」(いいえ、私は人生を持っています)という、被抑圧者の気持ちを切実に、そして理解しやすく歌った歌詞を読んでほしい。
被抑圧者の生命と俺たちとの違いはどこにある? この歌詞の内容で、俺たちと違いのない生命の権利を求めることは、すべての問題に関わる重要な意識であると思っている。
あなたと同じよ
と歌い
命がある
私には自由がある
心がある
私は生きている!
と力強く歌う。この叫びが心に響くのであれば、俺の話を理解してもらえる人もいるはずだ。
命があり、自由を求める感情や心がある生きているものすべてが、差別なく生きる権利を持つのは至極当然で当たり前じゃないのか?
ヒトとヒト以外の動物の違いは何だ? 男と女の違いは何だ? 肌の色や国籍が違うから? 性的嗜好が違うから? 障がいがあるから違うのか? それがどうした! だからなんだって言うんだ! そんなものにたいした違いなんかない! そんな違いで迫害して拷問して差別して殺すことが許せるとでも言うのか?
根底は同じであり、すべては繋がっている。
ニーナ・シモン(1933〜2003)はアメリカ・ノースカロライナ州出身でアフロアメリカンのジャズ歌手、フォーク、ブルース、R&B、ゴスペル歌手、ピアニスト、公民権活動家、市民運動家。60年代後半になってラジカルな黒人解放をめざす歌も取り上げ、ブラックミュージックのリーダーシップをとった。「Ain't Got No, I Got Life」は、キング牧師が暗殺された3日後に行なわれた追悼ライブ録音作『'NUFF SAID!』(1968)に収録。
【ISHIYA プロフィール】ジャパニーズ・ハードコアパンク・バンド、DEATH SIDE / FORWARDのボーカリスト。35年以上のバンド活動歴と、10代から社会をドロップアウトした視点での執筆を行なうフリーライター。