緊急記者会見【伊藤耕(THE FOOLS)はなぜ刑務所内で死んだのか】
◉会見登壇者:伊藤満寿子、島昭宏(代理人弁護士)、加城千波(代理人弁護士)
◉司会進行:高橋慎一(映画監督)
◉取材・文:ISHIYA(FORWARD / DEATH SIDE)
ロックバンド THE FOOLS(ザ・フールズ)のボーカリストとして活躍した伊藤耕が、2017年10月17日に、覚せい剤取締法違反で服役中の北海道・月形刑務所で獄中死した。
その死因を「本人が何度も転倒するほど腹部の激痛を訴えていたにも関わらず、適切な処置が施されなかったため」として、伊藤耕の妻、満寿子が国を相手に損害賠償を求めた訴訟の和解が2月7日、東京地裁で成立、国側が請求額とほぼ同額の4300万円を支払うこととなった。
しかし、伊藤耕が刑務所内でどのような扱いを受けたのか、その実態は未だきちんと報道されていない。
本判決の社会的意義の大きさを考え、妻、満寿子と代理人弁護士が事件の詳細を語る緊急記者会見を、2023年3月27日に「SUPER DOMMUNE」で開催した。
▼伊藤耕(THE FOOLS)獄中死と、遺族による裁判「勝訴的和解」の概要(弁護士ドットコムより)
伝説のロックバンド「THE FOOLS」のボーカル・伊藤耕さん(当時62歳)が、服役中に亡くなったのは、刑務所などで適切な処置をしてもらえなかったからだとして、伊藤さんの妻が国に約4,321万円の損害賠償をもとめた訴訟は2月7日、東京地裁で和解が成立した。原告側によると、口外禁止条項はなく、ほぼ満額の賠償金が国側から支払われるという。
覚せい剤取締法違反などの罪で、月形刑務所(北海道月形町)に服役していた伊藤さんは2017年10月15日から、腹痛と嘔吐を訴えて、町立病院に搬送されたが、腹部の触診と痛み止めの投与だけで刑務所に戻された。その後も転倒を繰り返し、16日深夜に搬送されたが、17日未明に亡くなった。
伊藤さんの死因について、死体検案書には「肝硬変からくる肝細胞がん破裂(推定)、出血性ショック(不明)」と記載されていたが、不信感を抱いた伊藤さんの妻が、北海道大学死因究明教育研究センターで、遺体を解剖してもらったところ、「回腸絞扼性イレウス(腸閉塞)による出血性ショック」だったことがわかった。
伊藤さんの妻は2019年10月、国と月形町を相手取り、国家賠償訴訟を東京地裁に起こした。原告代理人によると、口頭弁論を経て、弁論準備手続きに入り、2022年3月に月形町と和解(解決金50万円)。監視カメラの動画提出などもあって、裁判所から「国の有責前提の和解」を検討するよう示されていたという。
※ 記者会見全てを掲載すると、かなりの長さになってしまうため、今回は一番重要な証拠であり、今回の裁判の決め手となった、伊藤耕さんの体調に異変が起こり、亡くなってしまうまでの動画部分についての話を中心に掲載します。
記者会見の内容で、喋り言葉で伝わり難い言葉や、文章にした際に理解が難しい言葉や話などを、本人たちによる確認の上、内容や意味が変わらないように修正しています。
同じ件についての話は、会見時とは話した順序を変更している部分もあります。記者会見全ての内容ではないことを、ご了承願います。
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【島昭宏弁護士】
耕さんが月形刑務所へ入ったのが2015年の10月1日。出所の予定が2017年の11月26日だったので、亡くなったのはまさに出所目前。62歳で健康上、特に問題はない。という状況だったわけですね。
死因の「絞扼性イレウス」は「腸閉塞」とも言われていて、誤解を恐れずに言えば、盲腸みたいにちゃんと手術して対応すれば、たいした問題もなく救済されるけど、放っておくと命の問題に関わっていくというものだったんですね。
重要なことは、10月15日の昼ぐらいにお腹が痛いと言っていて、嘔吐もあって看守をわざわざ自分で呼んで「経験したことのないような物凄い痛みだ」と話していて、それからまたしばらくしてもう一回看守を呼んで「もうだめだ、痛くて我慢できない」と言って、ようやく月形町立病院へ搬送されるわけですね。
3時42分に病院に到着するんですけど、このとき医師は腹を触る触診だけで「これは胃痙攣の一種だ」と、痛み止めを2回にわたって射って「また何かあったら来てくれ」ということで、病院を出るわけです。
病院を出たあとに「出てこなかった動画」が撮られる部屋に入ったんですね。
ここでこの話以前に会見で説明された、加城千波弁護士による「証拠保全」の話を掲載する。
【加城千波弁護士】
まず刑務所の中でのことについて国を訴える裁判なので、資料は全部向こうにあるんですね。そのために「証拠保全」という、あらかじめあちらにある証拠を全部出させて、裁判所立会いの元で保全して、改ざんできないようにするという手続きがまず必要だったんです。
刑務所となると、これをやらないと全部改ざんされる、あるいは「ありません」ということで済まされてしまう。これだと裁判に行ってもこちらは全然闘えませんので、まず証拠保全をするということになりました。
刑務所側には何も知らされず、当日裁判官や担当検事、申立人側が刑務所にいきなり行って「こういう決定が出ましたから、ここにある書類を全部出してください」という手続きになります。
死亡原因だけでもいくつかあり、解剖の要否だけでも話が変わっているというので、おかしいと認められたということになります。「記録を全部出してください」っていうだけではだめで、「何があるのか」「これを出してくれ」というのも、こちらで特定しなければならないので、苦労したんですけど「こういうものを出してください」というお願いをしました。
こうして抜き打ちのような形でようやく証拠が提出されるのだが、ほぼ全ての証拠が提出されたにもかかわらず、一番重要と思われる証拠が提出されなかった。伊藤耕の容態が変化してから、死亡までが記録されているはずの動画である。
【加城千波弁護士】
「動画全部を提出してくれ」という形でやったんですけども「耕さんのところに救急隊が入ってからのものはありましたが、それ以前はありません」ということを言われました。救急隊が入ってきてから病院に搬送されて、心肺停止が確認されるまでの動画はその場で見せてくれたんですけれども、それ以前のものはないと。
しかし動画以外に提出された証拠の中に、刑務所の診療所のカルテや医務日誌があった。
【加城千波弁護士】
カルテには10月の16日の段階で「腹部に腹水の貯留があった」ということが書かれていたほかにも、医務日誌には本人が「これまで経験したことのない痛みである」ということを訴えているということも書いてありました。
こうして証拠が揃ったところで、伊藤耕の妻・満寿子は国賠訴訟を起こす決意をする。
裁判を行なう上で、原告側に協力してくれた日本医科大学の救命救急の専門家の医師が、月形町立病院の医師の患者に対する対応について、かなり明確な指摘をしてくれたという。
【島昭宏弁護士】
「触診だけってありえないよね」って。腹が激痛で、我慢できないっていう患者がきて、嘔吐もしてると。それで腹触るだけで「まぁ胃痙攣だね」と。
それがまず救命救急の医師としてありえないっていうことで、裁判で提出する医師の意見書の中に『これは聴診をすれば「ちょっとおかしいね。じゃあレントゲン撮りましょう」となって、そういう流れでいけば「これはイレウスの可能性があった」って簡単にわかるはずだ』と、書いてくれたんですよ。まずそこでこの裁判が始まるんですよ。
原告側が裁判で、こうした事実を月形町や国に対して訴えると、信じられない反論がある。
▲島昭宏弁護士
【島昭宏弁護士】
月形町の反論は「カルテには触診としか書いてないけど、聴診は普段いつもやってるから、書いてなくてもやってる」というものだった。だったらカルテ意味ないでしょ? じゃあなんで触診だけ書くの?
国は何を言い出すかっていうと「遺体解剖してるかもしれないけど、亡くなってから時間が経ってるんだから本人じゃないかもしれない」とか「解剖した結果がイレウスって書いてあるんだけど、イレウスとは限らないじゃないか」って言い出した。
舐めてんのかって話だよね。終わってから「ちょっと来い。お前あれマジで言ってんの?」って本当に言いたかった。恥ずかしいでしょ?
一回目の裁判が口頭弁論で、自由に出入りできる法廷でやったんだけど、2回目以降は弁論準備っていう公開しない手続きになったんですよ。
ところがあんまり国がそういうアホなことを言うから、裁判所に「この事件の性質に鑑み、国の反論や主張を見るにつけて、これは公開法廷をやるべきだ」と、上申書を書いたんですよ。
「そんな恥ずかしいことをみなさんの前で言えますか?」って話じゃない。
そして信じられない話であるが、月形町と国側が証拠として提出した資料によって、自らが無いと言っていた動画の存在が露見する。
【島昭宏弁護士】
裁判官も「お気持ちはわかるけど、もうちょっとこのままやりましょう」っていうことで裁判が進んでいったんだけど、向こうが反論の証拠として出した中に、動画の一部分を写真に切り取って「こういうことがあった」っていうのがあったんですよね。
「それじゃあやっぱり動画あるんでしょ?」って話になって「まぁなくはないんですけど」って。
最初の証拠保全のときに無いと言っていた動画を、無いと言った張本人たちが、無かったはずの動画から切り取った写真を、法廷の場で証拠として提出する。これほど羞恥心のかけらもない悪徳な行為を平然と行なうのが、現在の日本という国家のやり方であると言っても過言では無いだろう。
この日本を現在司る政党の自民党が、国会で行なっている行為と瓜二つの鏡合わせである。自民党の理不尽が、ここまで国家機能の隅々にまで行き届いている事実に驚愕するが、全ては繋がっていると改めてよくわかる事実である。
【島昭宏弁護士】
本当に恥ずかしくないのかなっていう反論ばっかりだったんだけど、とにかく動画を出してくれという話をすると「いや、看守のプライバシーもあるし、防犯上の問題もあるので出せない」って言うから「いやいや、それはないだろ」って。
上からずーっと撮ってる動画なんだけど、看守のプライバシーなら看守の顔を隠せばいいだけだし、なんだってやろうと思えばできるわけだから。
しかしここで、原告側の島昭宏、加城千波両弁護士と原告本人である伊藤満寿子の3人には動画を見せるというので、3人は法務局へ2度見に行った。すると動画を見ることで、文書ではわからない実態が、次々と浮かび上がってきた。
【島昭宏弁護士】
倒れたりすると看守が一応中に入って来て「おい、大丈夫か?」とかいうわけですよ。
「問いかけると大丈夫と答えたのでそのまま様子を見ることにした」って書いてあっても、聞き取れるか聞き取れないかわからないような命からがらの声で「大丈夫」って言っている声を聞けば、誰が見たって「これは大丈夫じゃないな」ってわかるような、それが動画を見ることによってわかってくるんです。
そこで事実に争いが生じるわけですよ。事実に争いがある部分だけは、裁判所が「やっぱり動画を出してもらいましょう」って方向になって、向こうも「しょうがないから出します」という流れになったと。
それはもう画期的に、大きく裁判所の判断が、裁判所の心証ってものがひとつの方向に傾いていった大きなきっかけになってる。
この動画はかなり長いもののようだが、ポイントを見逃されないよう、満寿子が全てを細かく手書きでメモをとって、そのメモ自体を証拠として提出した。
しかしその動画の内容は、弁護士である島や加城が見るだけでも相当ひどい内容で、妻の満寿子が見るに耐えられないほど、生命をあまりにも侮辱した、人とは思えぬ行為がまざまざと記録されていた。
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【満寿子】
動画の中で15箇所出してもらって、見ながらメモを書きました。映像としては病院から帰ってきてからです。
動画の内容をまとめると、一度も回復をした時間がない。少しでも大丈夫になった時間は、まずありませんでした。
見る限りでは15日の夕方にカメラのある部屋へ入ってから深夜までは、ずっと痛い痛いって言っています。あと(全く)眠れていない。
途中までは自分の痛みがわかる感じで、体がおかしいから看守の人を呼ぼうと自分で動いてはいるけど、やっぱりやめようとか。そういう姿がいっぱい映っていました。
朝になってから、看守の人が声をかけたときに返事をした耕の声が、普段の耕の声じゃなかった。それを聞いて「自分の体の状態が自分で判断できる状態じゃないんだな」って思いました。歩けるんですけどふらつくとか、トイレに行ったらよろよろしてるとか。それから倒れちゃうんだけど。
【島昭宏弁護士】
トイレに行く回数も尋常じゃなかった。自分でも何しにトイレに行ってるのかわからない。そのままひっくり返ってしまう。いきなり服を脱ぎ出してそれを畳んでまた着たりとか、尋常じゃない行動がずっと入ってる。完全に意識障害だと思われる。
【満寿子】
耕を迎えに行ってメモをとったときに聞いたのは、倒れたのは夕方から3回という話だったけど、実際は朝の8時から始まっていて、8時半だったと思うんだけど、トイレで倒れてます。トイレって言ってもベッドの隣にトイレがあるみたいな感じなんだけども、そこからまた11時にも倒れて。見る限り合計で8回倒れてます。
本当にひどいのは、自分がトイレに行く、嗚咽もあるんでうがいしたい、洗面台に行ってうがいしてる、でも立ってると血圧も低くて立っていられないからそのまま倒れてしまうのに、職員が駆けつけない。倒れたまま誰もこない状況が3分4分続く。それで血圧が戻ったからでしょうけど、起き上がるとか。
まず誰も来ない。それも信じられない状況。特に(16日の)夕方からが本当にひどい状況が起きていて、とても息苦しそうに肩を震わせて倒れちゃう。倒れちゃっても(自分の体を)戻さなきゃいけないから、ずっとハァハァ言って肩を震わせながら目を覚ますみたいな。
【髙橋監督】
尋常でない体の状態がずっと記録されているわけなんですけど、耕さんの様子を見に来る人もいないというような?
▲伊藤満寿子
【満寿子】
見には来るときもあります。一応3人とかで来るんだけど、普通だったら倒れてるわけだから、何かあるじゃないですか? そういうのがない感じ。なんか舐めてるように「大丈夫か?」って言うだけみたいな。
【島昭宏弁護士】
向こうは「倒れました」「声かけました」みたいなことを言ってるんだけど、それが連続してるわけですよ。
倒れ方もひどくなって、倒れてしばらく全然起き上がれない状態が続いてる。倒れ方もどんどん変わっていってるわけで、積み重ねをちゃんと、そこを見ないと。
転倒するっていう意味がどんどん違ってきているので、動画を見て並べることによって、裁判所に対してとてもわかりやすくなった。
【満寿子】
倒れてしまって、職員だけではなく准看護師の方も来るんだけど、話しているのを聞いてると、貧血扱いみたいな感じなんです。
全部が聞こえるわけじゃないんだけど、そのときに耕に声をかけていて、聞こえる範囲でその職員たちが投げかけてる言葉の数々がありまして。
倒れてるので「立ち上がるな」「立つな」とか言うわけですよ。でもトイレ行きたくなるから立つじゃないですか。そうすると「四つん這いになって動け」とか。
動けないから言った言葉でしょうけど「オムツは嫌だろ」とか。そういう信じられない言葉がたくさんあったんですね。
【島昭宏弁護士】
目の前でなんらかの異変が起きて苦しんでる人を「助けよう」なんて意識は、これっぽっちもないのがよくわかりますよ。
そして妻である満寿子が知りたいと渇望していた、最愛の夫である伊藤耕が倒れて亡くなるに至ってしまう、見るに耐えない苦しい時間帯の話をしてくれたのだが、今でもそのときの様子を思い出すだけで涙が溢れてしまうような、人とは思えない尋常ではない扱いを目にしてしまう。
【満寿子】
10時ごろかな? 本当に倒れて亡くなってしまった時間帯が一番見てても苦しかったんですけど、そのときが写真で見るのとは全く別だったんです。(涙ぐむ)
倒れてまずそれを、職員が確認はしています。職員が部屋の外から声をかけてるんだけど、私がメモを書いたときに職員に(誰か部屋を開けて様子を見られる人がいないのか)確認したときに、部屋を開けるのは主な人(開錠の権限のある看守など)を連れてこなければ開けられないらしいんだけど、映像に映ってるのは、もうずっと倒れてるんだけど誰も来ない。もう息なんかしてない。(涙が溢れる)すいません。
それで時間が測れるから(動画を見ながら)測ったら(倒れてから看守が部屋に入ってくるまでの間の時間が)10分だったんですね。その(部屋への)入り方も普通じゃないし、入ってくる様子? そのときにもうびっくりする言葉がありまして。
「伊藤、生き返るのか?」
って言ったんです。
なんかもうびっくりしちゃって。「どういう意味だろう?」みたいな。そういうのも写真じゃわかんないし、そこに書いてないし。なんとも言えない気持ちです。
【島昭宏弁護士】
そういう状況に対してだんだん事態が深刻になっていくと、国側が「予見可能性という意味では確かにひどい。でもそこから(病院に)行っても間に合わない」って堂々と反論して来るわけですよ。
とにかくなりふり構わず責任を逃れようと。そういうのが見て取れるし、その実態みたいなものが「この社会において、そんなことがありうるのか?」っていう事実が実際行なわれていて「これは本当に特殊な事例なの?」っていうこともよく考えなきゃいけない。
(※予見可能性:注意すれば特定の出来事が発生することを予測予見できたという可能性)
【加城千波弁護士】
私も法務局で視聴したときから動画で提出されて、これ倒れ方もストっと落ちて倒れるとか、崩れ落ちるとか、いろんなパターンがあったりして、これ刑務所の中じゃなければ誰か絶対病院連れて行ってますし、助からなかったはずがないっていう、ちょっと衝撃的な動画です。
本当はこれを皆さんが見る機会があれば「こんなことが起こっているんだ」っていうのがわかってもらえると思うんですけど、残念ながら制約があって誓約書っていうものを書いて、証拠としてのみ使うという制限で見てますので、出すことができないのが残念ですけども。
時間を追うにつれて意識が混濁して行くのもわかりますし、もう本人最後は全くわからない状態で、刑務所の中にいなければ亡くなるわけがないって思いました。
この動画が提出された後に、裁判所から「月形町と国と両方相手にするよりも、整理するためにも月形町と和解して、国に専念しませんか?」という提案がある。しかし月形町は責任があると認めるわけではないので謝罪もなく、和解の文書に謝罪の文言も入れないという。
謝罪の文言の代わりに「原告側は強い不満を持っているということに鑑みて、今後の政策に生かすように努める」というような文言を入れることを条件に、見舞金というか解決金のような形の50万円で解決する。
その後の2022年5月頃に、裁判所から「国とも和解をしないか?」という話が来る。裁判所は原告側に対して、国に責任がある「有責」という「国に責任があることを前提に、和解を進めたいんだけどどうでしょうか?」という提案だったという。
ここで和解するのであれば、結論としては原告側の有利な方向へ行くだろうと考えられたようだが、和解とは紙切れ一枚の和解書だけで成立してしまうという。
原告側としては、この裁判を始めた大きな要因である「刑務所内で何が行なわれたか」を、きっちりと判決に書かかれることを求めていた。
そのため原告側は「この裁判の目的はそこ(和解)にはない」と、1回目の和解提案では「消極的です」という回答をして、裁判での証人尋問を行ないたいという申出書を提出した。
すると裁判所から「代理人だけではなく、原告本人ともちゃんと話がしたい」という申し入れがあり、原告側だけと話をしたいとのことで話をしに行く。
【満寿子】
そのときは裁判官から「和解じゃなく判決に向かいたいという理由は何か?」というのを聞きたいっていう話だったので「この起こった事実を表に出したい。そういうつもりでいます」って(答えました)。
【島昭宏弁護士】
「和解の話を進めてもいいか?」っていうのは、お互いに「こういう和解の内容だったらどうですか?」という「話し合いの入り口に入ってもいいか?」っていう話で、進めていって内容が気に入らなかったら「その内容じゃとても和解はできない」っていうのも自由ですよっていうことです。
しかし和解には通常「お互いがみだりに中身について口外しない」という「口外禁止条項」が付く場合が多いという。
【島昭宏弁護士】
特にこういうケースの場合は、放っておいたら国側から「金は払うけどギャアギャア言うなよ」というような条件がつくんですよ。だからこっちは最初から「そこは飲まない。それならば和解について協議する気はそもそもない」っていうのは明確に伝えて。
こうして和解の話が進んでいくのだが、原告側の請求4,321万円に対して、国は4,300万円というほぼ満額の賠償金を支払うことで、和解が成立する。
【島昭宏弁護士】
大事なことは、社会的な問題だということで多くの人間に知ってもらうという体制ができたということ。和解が成立したってことはここからが始まりだと。
そして島昭宏弁護士は、この事件を通して感じた、この日本という国家の現実に対する、強く真摯な思いを語ってくれた。
これは全国民がしっかりと考えて、明確な思いを導き出さなくてはならない、この事件で明らかにされた最も重要な部分である。
【島昭宏弁護士】
大切なことは、入管だったり刑務所であっても、もちろん罪を犯して入ってるとかいろんな事情があるわけじゃないですか。
だけどその人がそこに閉じ込められて自由を奪われているってことで、その人の大きな権利が制約されているわけですよ。それ以上に命に関わるようなことが起こったり、いろんなことが起こって、そこで自由が奪われている以上に、さらに権利が制限される理由なんかどこにもないわけなんですよ。
こういうことがあると、ネットの書き込みではひどい書き込みがいっぱい出てくるわけじゃないですか。
「何でそんな犯罪者のために税金使うんだよ」
とか。だけどそうじゃないでしょ。そういうふうな勘違いしている人たちが支配しているわけでしょ。その狭い制約された空間は。
だからそういうところの一から考え方を変えていかないと。
WBCで世界一になったからとかね、それで日本の文化は素晴らしいとか礼儀正しいとかね、ネットではそんなのが連日流れてくるんですよ。
だけど社会の目の届かないところでは、日常的にそんなことが行なわれている国が、それが成熟した素敵な社会だと言えるのか? ということをやっぱり考えてもらいたいし、本当にそういうことを本気で考えるきっかけにしていかなきゃいけないし、議論していきたいなと。
【髙橋監督】
我々一般の人間の意識というのも、今少しずつ潮目が変わってきているようにも思うんです。数年前まではこの伊藤耕さんの意見に関しても、冷笑するような書き込みが多かったかと思います。
でも今僕の映画で僕が答えたインタビューの書き込み何かを見ても、半々ぐらいな。
「こんな人間を礼賛するな」「いや俺たちの生活にも直結することだぞ」
って書いてくれている人と半々ぐらいで、今拮抗しているような感じの書き込みで。だから確実に数年前と、我々大衆の意識も変わってきてるんじゃないかなって。
そういったことも含めて、今日のDOMMUNEでの先生方のお話も凄く重要だったと思うんですよ。
確実に僕の中ではいい方向にも変わってきているなって思うんです。こういったことに意識的に目覚めて「こういった社会じゃやっぱりダメなんだよ」って人たちは、もう数年前に比べて僕は増えているんじゃないかって思うんです。
【満寿子】
今日は本当にありがとうございます。今日のことがあるので、昨日もちょっと考えたときに、映像を見たときに感じた看守の人と受刑者の立場のようなもので、それは迎えに行ったときも感じたものでもあるけど、
「なんで目の前で倒れているのを助けられなかったんだろう、助けようと思わないんだろう」
って思って。
じゃあそこにいる看守の人たちが、同じ仲間の看守が倒れたら助けないのかなぁ。でも助けるよね? 絶対。
じゃあ目の前にいる、自分たちが管理していると思っているんだろうけど、その自分たちが管理している人が倒れても助けないっていうのは何なんだろうな? ってやっぱ考えちゃう。
でも助けないっていうのは、たぶん勝手にその看守の人たちの心の中に、何かあるんだと思うんですね。
「助けなくていいや」じゃないけど。
何かわからないけど、ちょっと不思議だなと思います。
私は映像を見て書き留めたときにはわからなくて、見た文章だけではわからなかったけど、(私が映像を)見た限り、たぶん関わった人は20人ぐらいいます。
准看護師さんやお医者さん、偉い看守さんとか歩いてる人(看守)とか。人が20人もいるのに、誰も「え?」って思わない。
ひとりでも「これやばいですよ。どうにかしましょうよ」って、ひとこと言ってくれれば絶対大丈夫だったと思うのね。でも誰も。なんで20人もいてそうなんだろう? って。
だから髙橋さんが今言ってくれた、何年か経って変わってるっていうのが、その気持ちというか言葉が、看守のそういう立場の人たちに、少しでも届けばいいなと私は思います。
名古屋の入管問題で亡くなってしまったウィシュマさんの事件や、先日再審が確定した袴田さんの事件も、全てはこの伊藤耕さんが見殺しにされて殺された事件と酷似している。
「〇〇だからこうしておけばいい」「〇〇だから死んでも構わない」といった先入観による差別によって、生きる権利を選別し、剥奪し、非道な仕打ちで生命を奪う。
これが現在の日本という国家であり、その国家の中枢に延々と蔓延し続ける腐敗しきった構造は、国家の仕組みの至る所まで浸透している。
国家の腐敗は気づかぬうちに一般国民にまで浸透し、現在の日本を作り上げてしまった。
このままで良いわけがない。この伊藤耕さんの事件を通して、現在の日本という国の実態が浮き彫りにされた。あとは残された人間たちの責任である。
第二の伊藤耕、ウィシュマさん、袴田さんは自分たちかもしれない。我々国民全てがこの事件を心に刻み込み、根本から見つめ直さなければ未来は変わらない。
このままでは、自分の手で自分の首を絞めるに等しい現実が目の前に現れるのも、そう遠い日ではないだろう。