ビートルズやキャロルのエッセンスを分母に置いたオールディーズ・バット・ゴールディーズなロックンロールを現代に蘇生させるザ・マックショウの顔役、コージー・マックの最新作である『青のバラッド』が昭和100年(2025年)6月6日(金)=ロックンロールの日に発売された。
本作は、これまでに珠玉の名曲の数々を生み出してきたコージー・マックこと岩川浩二がマックショウの甘く切ない孤高の青春世界を紐解いた、『赤のバラッド』(昨年12月発売)に続く独唱アコースティック・バラッド集の第二弾。シンプルにギター一本でマックショウ独自の青年彷徨期ならではの世界を唄い上げ、琴線に触れる美麗なメロディと情感豊かな歌詞がより際立った感涙必至のロックンロール叢書だ。
KOZZY IWAKAWA名義で発表された『R.A.M』にまつわるインタビュー以来、実に3年4カ月振りに訪れた都内某所にあるスタジオ「ROCKSVILLE STUDIO ONE」で岩川に話を聞いたこのインタビューでは、最新作の制作過程についてはもちろんのこと、ここ数年で起きた盟友の戦線離脱というセンシティブな話題にも敢えて踏み込んでいる。その件に触れずに、約四半世紀にもわたりわれわれを魅了し続けてきたマックショウの物語と岩川の音楽人生の核心に迫ることはできないと思ったからだ。
マックショウの世界観を浮き彫りにしたバラッド・シリーズで世に投げかけようとしたことは何なのか。さまざまな社会問題が顕在化する困難な現代にロックンロールが果たす意義とは何なのか。昭和100年という節目の年に、日本屈指のロックンロール詩人である岩川に訊く。(Interview:椎名宗之)
一般層へ向けてマックショウの歌の良さを届けたかった
──ごぶさたしております。最近はすっかり荻窪方面のハコの常連になられているようで(笑)。
KOZZY:ちょっと心外だけどね(笑)。でもなんやかんやといつも楽しくやらせてもらってるし、あっち沿線は音楽をやってる人が多いよね。
──マックショウの独唱アコースティック・バラッド集という企画はレーベルから要請を受けてのものだったんですか。
KOZZY:今はマックショウを通常運転でやれないし、アコースティック形態でのライブを以前からよくやっていたのもあってね。トミー・マック(神田朝行)と二人で地方を回ったり、自分一人でやったり。マックショウは革ジャンに革パン、サングラスにリーゼントという見た目も重要なバンドだけど、実はけっこう歌がいいんだよっていうのをお知らせする目的もあった。ただ、ここ10年とは言わないけど、僕ももう57歳になって、このままずっと同じ形態でマックショウをやり続けるのもしんどいよね。10年前だって47歳でしょ? 47歳にもなってやるようなステージじゃないし、夏場に革ジャンを着込んでライブをやるのは間違いなく身体に悪いから(笑)。
──矢沢永吉さんは26歳で、ジョニー大倉さんは23歳でキャロルを解散しましたしね。
KOZZY:うん。あとやっぱり、コロナ禍の影響でバンド活動が不自由になったのもでかかった。それでアコースティック形態のツアーを回ったりしてたんだけど、それをそのままパッケージにしたらどうなの? という提案を受けてさ。以前、手書きの歌詞カードや譜面とかを付けたアコースティック音源のBOXセットをプライベートで出したこともあって、それは当時、マックショウとしてちょっとしたフレーズでもけっこう面白いことをやってるよとか、歌そのものの良さをアピールしたいところもあった。コアなファンはもちろんそこを重要視してくれたけど、世の中的にマックショウと言えばやっぱり歌がどうこうよりも、革ジャン、リーゼント、ロックンロールという3種の神器なわけでね。
──アコースティック・ソロ作品と言えば、地元である広島を舞台にしたマックショウ珠玉の名曲を独唱した『HIROSHIMA SONGS』(2018年9月発売)というアルバムもありましたね。
KOZZY:あったね。そういった作品でコア層へのアピールはできてたんだけど、もっと一般層へ向けてマックショウの歌の良さを届けたかったと言うのかな。
──『赤のバラッド』と『青のバラッド』を聴いて感じるのは、とにかく曲が良い。それに尽きますね。選曲はどう決めたんですか。
KOZZY:ライブの時は思いつくままやってるし、自分では選びきれなくてね。必ずやる定番曲やお客さんのリクエストに応えてやる曲とかをレーベルの川戸(川戸良徳|SOUL TWIST INC.)に伝えて、「じゃあこういう感じでいきましょうか」と提案してもらった。何せマックショウは曲が多いし、自分ではなかなか俯瞰できないから。川戸にはシリーズで3枚くらい出せる感じで、選曲のバランスを取ってくれとお願いした。『HIROSHIMA SONGS』みたいにテーマ性がないので、マックショウの全キャリアから満遍なく選曲してくれと。これが一夜限りのライブだと、代表曲やリクエストが中心になるんだけどね。
──しかも岩川さんのソロ・ライブは、惜しみなくどんどん曲を披露していきますよね。
KOZZY:どこでやるにも“ベスト・オブ・ベスト”みたいになる。僕のライブを観るのがこれで最後になる人がいるかもしれないし、やり方として腹八分目とかいいところで終わるようにすることはないね。一度に2ステージ、休憩を挟んで1時間ずつたっぷりと、観るほうも「もういいです」ってくらい目一杯やる。
──アコースティック・バラッド集は当初からシリーズもので行く予定だったんですね。
KOZZY:何となくね。1枚だけじゃ追いきれないし、かと言って2枚組、3枚組って感じでもないだろうってところで。それでも入りきらない曲はあるし、「なんであれが入ってないんですか?」って必ず言われるしね。
ロックの持ち味が損なわれていないアコースティック・バラッド
──『赤のバラッド』、『青のバラッド』と続いたことで、『SUPER BEST MACKS S.77-S.97』(=赤盤・2022年6月発売)、『SUPER BEST MACKS -ANOTHER SIDE-』(=青盤・2023年9月発売)というベスト・アルバム二種と図らずも対になりましたね。
KOZZY:そこはレーベルの戦略みたいなものもあるんだろうし、川戸なりにアコースティックの良さを考えてくれたと思う。僕としてはそこのブースでワーッと一発録りして、そのテイクの良し悪しを彼に判断してもらうのも大事な作業だった。僕がいいと思えるテイクをミックスして……歌とギターだけだからミックスも何もないんだけど、曲によってはギターやコーラスを重ねてる。だけど基本的に一発録りで、ライブの時みたいにいい感じでやれたかどうか聴き直す。それをどんどん川戸へ送って、「これは入れましょう」「これは省いて次のに入れましょう」みたいな感じで決めてもらった。
──「この曲はどうしても入れておきたい」という岩川さんのこだわりは?
KOZZY:特になかった(笑)。「これは『青』に入れておきたい」とかはあったけどね。歌詞に“ブルー”(「恋はキャンディー・ブルー」)や“蒼く輝く”(「今夜はビリーブ」)といった言葉が入ってる曲とかさ。
──“雨”の入った「ケンとメリーのバラード」とか。「カワサキ・レイニーデイ」は『赤のバラッド』収録ですけど(笑)。
KOZZY:なんで最初が必ず赤になるのか、よくわからないんだけどね(笑)。でもホットで勢いのある曲を最初に録っていったので、自ずとそうなったんだろうけど。
──歌とアコギだけの演奏というシンプルの極みになったことで、楽曲の良さがより際立つ形になりましたね。岩川さんのソングライターとしての才能を再確認するソングブックになっているようにも感じます。
KOZZY:マックショウの作品の良さっていうのは、グッと惹きつけられるメロディと歌詞が3人でパフォーマンスするロックンロールとして表現されることだった。それが醍醐味だったし、たった3人で奏でるからこその隙にも良さがあったんだと思う。今回のアコースティック・バラッド集は、僕の歌と歌詞、メロディの良さに焦点を当てたもので、余計に隙が際立つからアコギをけっこう練習し直したんだよ。エレキとはまた違うし、曲の雰囲気付けはアコギ一本だけだったから。ギミックでごかますとかができないし、途中で弾くのを間違えて「あっ」と思わず声の出たテイクが山ほどあるんだけど(笑)。
──そうした独唱スタイルを繰り返す上で、リズム・セクションを恋しく感じたりはしませんでしたか。
KOZZY:そりゃもちろんあるよ。途中まで録ってて、バラッドだとかミディアム・ナンバーと言えどもこれはやっぱりバンドでやるべき曲なんだなと感じたりとか。そういうのは途中でやめたり、もう一つだなと収録を見送ったりもしたね。
──“バラード”集ではなく、あくまで“バラッド”集なんですよね。屈指の名曲である「100メートルの恋」のようにしっとりと聴かせるバラードでも、決して甘さに流されないリズムとビートが保持されている。れっきとしたバンドマンならではの、ロックの持ち味が損なわれていないアコースティック・バラッドと言いますか。
KOZZY:そこは気を留めたね。こぶしを回して唄い上げると言うか、妙に落ち着き払って「こう行っちゃった?」みたいな感じになるのだけは避けたかった。「コージーも歳食ったな」みたいなさ。だから攻めのアコースティック・バラッドにしたかったし、やっぱり自分の中のロック魂を抑えきれずにどうしてもそうなっちゃうんだよね。
──バンドでの表現がもちろん100点満点なんですけど、曲によっては歌とアコギだけでも良いと感じるものもありますね。原曲と聴き比べることで新たな発見もありますし。
KOZZY:そういうのもあるだろうね。僕はあまり好きじゃないけど、たとえばビートルズの「Yesterday」はポール・マッカートニーの歌とアコギとオーケストラだけで、バンドの演奏ではないでしょう? でもライブのブートとかでバンドの演奏が入ってる「Yesterday」を聴くと、こんなバンドの音なら別に要らないとか思ったりする(笑)。ジョージ・マーティンの判断は正しかったと言うか、何でもかんでもバンドでやればいいってものじゃないし、一人でしっとりと唄えばバラードになるってものでもない。