パラレルワールドの昭和40年代からやって来た2人組、エミとゲル。『ミュージックマガジン』誌年間ベストアルバム選出、クレイジーケンバンドの横山剣も絶賛したデビュー作『ゴールデン・ヒット1965-1971』(2023年リリース)を凌ぐセカンド・アルバム『魅惑のエミとゲル~ヒット&モア』が完成した。
「昭和40年代に制作された大衆音楽」というコンセプトの下、エレキ歌謡、GS、ムードコーラス、ニューロック、ソフトロックの他、(架空の)特撮ドラマ主題歌、任侠歌謡も収録。全14曲、すべて書き下ろしのオリジナル曲、ディープかつグルーヴィーな楽曲が粒ぞろいのアルバムである。
プロデューサー、エンジニアとしても知られ、PANICSMILE、ホットハニーバニー・ストンパーズ、The Absoludeなどでも活躍する鬼才・松石ゲル。日本で最も飲酒量の多い女性ドラマーでありボーカルのエミーリー。制作総指揮でDJ&プロデューサーのサミー前田。解る人には解る最狂トリオの布陣だが、全く解らない人でも充分楽しい、ちょっと笑えて踊れる素敵なポピュラー・ミュージック(毒入り)。
愛知県豊田市在住でスタジオも運営する松石ゲルと、名古屋市在住のエミーリーの二人にメール・インタビュー。(Text:井上正章)
「和モノ」好き欲求を満たすために始めた
──「昭和40年代に制作された大衆音楽」というマニアックなコンセプトにもかかわらず、前作のデビューアルバム『ゴールデン・ヒット1965~1971』は評価も高く衝撃をウケた人も多かったようですが、デビューの手応えはいかがでしたか?
ゲル:当初はエミーリーから共作の依頼があって始めたこのユニットですが、完全に自分の「和モノ」好き欲求を満たすのと、自分の周りにいるごく少数の同好の士(和モノマニア)を笑わせるためだけに最初の7インチ『ボウリング野郎 c/w ボウリング娘』を制作しました。意外にも一般ウケが良かったので、調子に乗ってさらにマニア度を上げて『ゴールデン・ヒット1965~1971』を制作してみたのですが、横山剣さんから推薦文をいただいたり、雑誌で取り上げられたりと予想を上回る反応で、大変驚いております。
エミ:松石ゲルさんもサミー前田さんも、私の世代からすると和モノ界の神ですから。そんな神とアルバムを制作、しかも全人類に自慢できる様な傑作を残せた事が先ず嬉しかったです。それが結果的にたくさんの方に聴いて頂けて。いやあ…あの時(酒の勢いで)勇気を出してお誘いして良かったです。ナイス! エミ! 元横浜市民として、横山剣さんにコメントを頂けたのも本当に嬉しかったですね。
──今回の『魅惑のエミとゲル~ヒット&モア』も前作の延長線にあると思いきや、前作にはないタイプの曲もいろいろありますね。先行配信された「浜辺のイエイエ」は「後の渋谷系ミュージシャンにも愛された曲」とのことですが、どのような曲か解説していただけないでしょうか?
ゲル:「渋谷系ブーム」で再発見されたものの中に「フレンチポップ」と「筒美京平」というキーワードがあると思うのですが、これも「昭和40年代」の重要な要素。前回のアルバムではその辺にタッチしてなかったので、今回やってみました。「1966年に筒美京平がシルヴィ・バルタンに曲を書いたら」というコンセプトです。ちなみに歌詞は「ハイティーン・ブギ」(近藤真彦)の歌詞を「女目線」に置き換えたもの。この曲は筒美京平でも昭和40年代でもないのですが(笑)。
エミ:間奏中にセリフを入れたいと言い出したのは私なのですが、まさか「前科(マエ)」というワードが入ってくるなんて。こんなにオシャレで可愛いメロディーなのに。ギャップ萌えにも程があるところが、流石エミとゲルだな、と。
──同じく先行配信された「おかしな竜宮城」はサイケデリック時代夜明け前の匂いがするエレキ・ナンバーですが、ビートルズ「イエロー・サブマリン」への返答と解説に書いてありますが、童謡のようでいて実体はドラッグ・ソングという解釈で良いでしょうか?
ゲル:この曲はアメリカのニューウェイブ・バンド The B-52'sの「Rock Lobster」という曲が下敷きになってます。単純にこの曲が好き過ぎるというのもあるのですが、B-52'sが1970年代末に1960年代初期のサーフ・ガレージのパロディをやってるところに、エミとゲルと近しいものを感じておりました。その「Rock Lobster」が、海辺で(ドラッグ)パーティーしてて、ラリッて悪夢をみた…みたいな内容の曲なので、「おかしな竜宮城」もドラッグ・ソングという解釈で正解だと思います(笑)。
──架空の特撮主題歌『斗え!爆人ボムダー』は、パロディを越えて実際に映像も浮かんできそうです。特撮はゲルさんのルーツの一つでしょうか?
ゲル:「昭和40年代」の特撮、アニメは完全に私のルーツですね。諸作品ももちろん大好きですが、これらのテーマソングを何よりも愛しております。山下毅雄、渡辺岳夫、渡辺宙明、菊池俊輔、宇野誠一郎…等、主にこの分野で活躍した作家陣をめちゃくちゃリスペクトしています。
渚ようこに提供した任侠歌謡曲
──任侠歌謡の「サヨナラ節」は渚ようこさんが生前取り上げていて、新宿コマ劇場のリサイタル(2008年10月開催)のDVDでも最後に歌われています。元々は渚さんに提供した曲とのことで、作った時のエピソードはありますか?
ゲル:最初に作った時は「お座敷ソング」的な歌詞がついていたのですが、渚ようこさんより「リサイタルの最後に合うような歌詞で」とリクエストがあったので改変することになり、ようこさんの音楽人生を重ね合わせたようなイメージで歌詞を直しました。「どんな夢にもおわりがありんす」から「あちらさんも、こちらさんもさようなら」まではオリジナルの「お座敷ソング」のままになっています。
──エミさん、渚ようこという個性の強い歌手が歌った曲を、今、自分が歌う気持ちはいかがでしたか?
エミ:渚ようこファンとして16年前のコマ劇場のリサイタルを見に行っていたお客さんの一人なので「ウワッ!かっこいい~!」って感動していた曲を、まさか2024年に、自分が歌う事になるなんて! 人生何があるかわからなすぎる。ようこさんはいつまでも憧れの歌手のひとりです。私含めたくさんのようこさんファンの「ようこのサヨナラ節」を壊さない様に「エミのサヨナラ節」になるイメージで歌いました。私が死んだら出棺時のBGMはスパイダース「真珠の涙」にするつもりだったけど、この曲に変更でお願いします。
──ムード歌謡調の「新宿むせび泣き」はやっぱりクールファイブを意識してるんでしょうか?
ゲル:はい、その通りです。クールファイブも大好きなのですが、こういう曲はロックバンドのなかでは中々できないので、今回チャレンジしてみました。ただやはり、いわゆる「演歌(系)の歌手」の方々って歌が死ぬほど上手くて、とてもじゃないですが自分の歌唱力では、うまく雰囲気が出せなかったかもしれません。
──エミさんが作詞している「エミを巡る12の星座」は12人の男性について語るという異色曲ですが、これは実体験でしょうか? また前作からお酒にまつわるエピソードが多いので、やっぱり噂通りの酒豪なんでしょうか?
エミ:えっ、誰がそんな噂を?? アルコールに夢中なだけ。最近は甘すぎないシャンパンがお気に入りです。実体験かどうかは…ご想像にお任せするワ。
──エミさんはいろんなバンドでドラマーとして活動していましたが、エミとゲルでは歌手としての魅力が開眼したような印象がありますが、いかがでしょうか?
エミ:叩きながらコーラスをしたり、たまに歌ったり、ドラムボーカルでリーダーバンドをやったりと、あまり知られていないだけで実は昔から歌ってはいましたが、ちゃんと「歌い上げる」という活動は初めてです。エミとゲルを始めてから特別ボイトレに行ったりもしていないのですが意外と歌いこなすことができて、「エミーリーさんは歌上手いのに自ら笑いに走っちゃうから、まずはそれを減らしてみましょう」というサミー前田さんのプロデュース能力の凄さを感じました。