まな板の鯉のように楽曲もプロデュースもお任せ
── 一曲ずつ聞かせてください。明るく社交的な柳沼さんのパブリックイメージを覆すようにダークでブルージーな「パラノイア」ですが、この曲のみバンド編成の生演奏でレコーディングされていますね。
柳沼:この「パラノイア」だけ自分で作詞(桑原俊行との共作)・作曲したものなんです。10代からバンドをやってきたわりには自作曲が極端に少なくて、自分で作る曲はどちらかと言えば暗いものが多いですね。これはその中の一つで、20年くらい前に作ったものです。敬愛するポール・マッカートニーが「今日作った曲を明日まで覚えていたら名曲だ」とインタビューで答えていて、その言葉がいつも頭の片隅にあったので寡作なのかもしれません。だから「パラノイア」は“明日まで覚えていた”一曲と言うか。
──ギターのタッチやうねりが全盛期のジュリー(沢田研二)の楽曲を彷彿とさせるところがありますね。
柳沼:昭和の歌謡曲は自分のルーツでもあるし、その要素が出るんでしょうね。その一方、出だしのドラムはもっと90年代のドラムンベースみたいな感じにしても良かったかなと思って。最初に始まる無機質な電子音楽をガシャン!と壊して有機的な生演奏が始まる…というのがもともとのイメージとしてあったので。でも結果としてこのイントロで大正解だったし、凄く気に入っているんですけど。
──「パラノイア」のベースとギターは生音ですが、ドラムだけは打ち込みなんですよね。
柳沼:最初は誰かに叩いてもらう予定だったんだけど、スケジュールが合わなくて。でも自分が期待していた以上に大満足の仕上がりなので、結果オーライです。
──“パラノイア”=“偏執病”、“妄想症”という意味で、こうした深い闇を感じる曲を冒頭に配置するのは意外性とインパクトを与える効果がありますね。
柳沼:心の中は闇だらけなのかもしれないし、家じゃ暗いですから(笑)。最近はMCの明るいイメージが強いのかもしれないけど、自分の性格は本来、暗いほうだと思うんです。「パラノイア」の作詞は共作だからまだ抑えられているけど、自分一人で書いた詞はもっと内向的ですよ。「パラノイア」はちょうど4-STiCKSが終わった後にやっていたバンドのために書いた曲で、一緒に作詞をした桑原はそのバンドでボーカルとギターでした。桑原とは高校時代からの付き合いで、今はナレーターとして活躍していて、スペシャやDAZNの番組などに携わっています。当時は桑原も僕も壁にぶつかり何をやっても上手くいかないところがあって、「パラノイア」みたいにダークな曲ができたのはそのせいもあるかもしれません。彼と一緒にやっていたバンドの曲も極端でしたね。めちゃめちゃ明るい曲をやったかと思えば、途方もなく暗い曲をやってみたりして。
──軽快なシャッフルビートに彩られた「Get the hell out!」はノリの良いブギーの曲調で、ライブ映えしそうな一曲ですね。
柳沼:自分ではちょっと布袋(寅泰)さんっぽい曲だなと思いました。こういう勢いのある感じなら唄いやすいだろうという磯江さんの判断があったのかもしれないです。この2曲目以降はどれも、中尾の「夕空、焼けて」を除いて磯江さんの作曲、川住かつおさんの作詞曲なんです。かつおさんが書くような物語性の高い歌詞は唄ったことがなかったので新鮮だったし、曲作りは基本的に任せてまな板の鯉になりきったのが良かったと思います。最初に完成した歌詞を読んで、自分には想像もできないものだと感じましたから。かつおさんにはレコーディングの最初にいてもらって、言葉の意味や譜割りを聞いてから即歌入れだったんですけど、唄い終えると「バッチリです」と言ってくれたんです。だけど自分としては、歌詞がちゃんと身体に入ってないまま唄ったので本当にこれで大丈夫なのか? と終始不安でしたね。身体に入った頃にはもう全テイクOKだったので(笑)。
──歌録りのディレクションで何か言われたことはありましたか。
柳沼:この「Get the hell out!」も最初はちょっとがなる感じで唄ったんですけど、「もっと自然に、柳沼さんらしく唄ってください」と磯江さんに言われました。自分では「ああ、そうなんですね」という感じで、言われるがままにプロデュースしてもらいました。
──変に取り繕うのではなく、柳沼さんのナチュラルな部分を引き出そうとしたと。
柳沼:だと思います。それを理解するまで多少時間がかかりました。こういう唄い方のほうがパンチがあっていいんじゃないかな? と感じても「もっと力を抜いて唄ってください」と言われるので、ここは磯江マジックを信じようと思って。
──理想とするボーカリストに唄い方を寄せようと考えたりはしませんでしたか。
柳沼:磯江さんの無茶振りから始まったので、そんな余裕もなく(笑)。ただ、自分が観てきたバンドのボーカリストたち…G.D.FLICKERSのJOEさんや信吾だったり、VERTUEUXのKen1君、中尾といった人たちから受けた影響はどうしたって出ちゃいますよね。今回のレコーディングでは、磯江さんに“歌謡曲”や“歌手”というキーワードを事前に伝えていたんです。シンガーソングライターでもないし、ベーシストに徹するわけでもない。磯江さんが作ってくれた曲を努めて唄うわけだから、今回の僕は“歌手”ですよね、って。“シンガー”と言うより“歌手”と呼んだほうが昭和世代にはしっくりくるんです。
同じベーシストに褒められるのは特に嬉しい
──3曲目の「命脈」は壮大なバラードで、“歌手” 柳沼宏孝が本懐を遂げるのにうってつけの曲と言えそうですが。
柳沼:凄く難しかったですね。「命脈」ができる前、磯江さんに「ミュージカルは好きですか?」と訊かれたんです。「裏方として仕事もしてるし、全然嫌いじゃないですよ。フレディ・マーキュリーみたいな感じで唄えばいいですか?」と聞いたら「クイーン、いいじゃないですか!」と言われて(笑)。そんなやり取りの後に自分でも『ボヘミアン・ラプソディ』を見直して、フレディと似てるのは胸毛くらいだなとか思ったりして(笑)。その後、曲の一部がLINEで届いたときはびっくりしましたね。歌詞の内容も人間の生命をテーマにした重いものだったし。
──川住かつおさんなりに柳沼さんを当て書きして作詞を書き上げたところもあったのでは?
柳沼:どうだろう。「命脈」に関してはただひたすら壮大なイメージで、果たして自分に唄えるのか? と心配でした。そのイメージに合わせて声を張り上げて唄うと「もっと自然に唄ってもらって大丈夫です」と言われたし、どの曲でも張り上げて唄った部分は全部直されましたね。全曲後から自分でハモりを入れる作業も大変だったけど、良い経験ができました。
──スカのビートが心地良い「サイコロ」はブラスのアレンジが華やかで、本作の中でも一際印象に残る楽曲ですね。
柳沼:最初にデモを聴いたときにスカパラと奥田民生の曲みたいだなと(笑)。聴いた人みんなに言われますからね、「あのスカパラっぽい曲、いいですね」って(笑)。この「サイコロ」も同じく「がならないでください」と磯江さんに言われました。
──陰になり日向になり大切な人を支える側の気持ちをサイコロに喩えたような歌詞で、普段は屋台骨を支える役割である柳沼さんのことを唄っているようにも感じますね。
柳沼:奥が深い歌詞ですよね。かつおさんは裏方として働く僕の姿を知ってはいるだろうけど、「こんな歌詞にしましょう」と事前に話したわけでもないんです。録り終えて何度か聴くうちに歌詞の深みを徐々に理解できたし、気づかれずに誰かに寄り添いながら支える人の思いをサイコロに喩えるのは作詞家ならではの発想だし、自分にはとてもできない芸当ですね。「サイコロ」は特に周囲からいいと言われる曲で、とても嬉しいです。生演奏で披露すれば盛り上がるだろうし、スカパラ感がさらに増すでしょうね(笑)。
──「夕空、焼けて」は中尾諭介さんが2016年に発表した『オレンジの太陽』に収録されていた曲ですが、以前からお気に入りということで唄ってみようと?
柳沼:中尾が4-STiCKSで唄うようになってから、彼のライブに通うようになったんです。その前から「夕空、焼けて」はよく覚えていて、ライブのときはいつもリクエストするくらい好きな曲だったんです。せっかく自分のソロアルバムを作るなら入れてみたい曲だったし、中尾に「唄っていい?」と訊いたら「ぜひ唄ってほしいです」と言ってくれて。とにかく良い歌だし、まだ知らない人たちに伝えるためにもここで唄っておきたいと考えたんですよ。できあがってすぐ本人に聴かせたらとても喜んでいましたね。「ヤギさんらしい『夕空、焼けて』に仕上がっていて良かった」って。
──小滝橋LOFT的に言えば、ARBとはまた違う形の“ワークソング”ですよね。
柳沼:労働哀歌みたいなところもあるし、いろいろあるけど明日に向けて背中を押してもらえる歌ですね。G.D.FLICKERSのHAKUEIさんにCDを渡した後に会ったら、「やることやってりゃ それだけでビールがうまい」って「夕空、焼けて」の歌詞をいきなり言い出して、有難いことにちゃんと聴いてくださったみたいで。「歌が上手くなったね」と言われて照れくさかったですけどね(笑)。あと、中尾が亜無亜危異の(藤沼)伸一さんとやっている“ONE NIGHT STAND”というバンドでベースを弾いている曽我っち(曽我 “JETTSOUL” 将之)にCDを送ったら、「凄くいいよ! 今も聴きながらLINEしてるよ。2回目」と返事をくれて。こっちも調子に乗って「生バンドでやるときは弾いてよ」とお願いしたら「もちろん弾くよ!」と言ってくれて、日本屈指の素晴らしいベーシストにそう言ってもらえて凄く嬉しいです。自分と同じベーシストに褒められるのは特に嬉しい。最近は司会の人だと思われているし、「楽器も弾けるんですね」とか言われることもあるので(笑)。
──ストーンズのライブでもキース・リチャーズが唄うパートがあるし、こうしてソロのレパートリーができた以上、4-STiCKSのライブでも柳沼さんが唄うパートがあっても良いですよね。中尾さんの休憩タイムとして「夕空、焼けて」を唄ってみたり。
柳沼:このあいだも高円寺SAKURA-BURSTのオープン記念で中尾に「夕空、焼けて」を一緒に唄おうと言われて、「お前の歌を汚したくないから」と断ったのに結局唄うことになりまして。オリジナルの本人と一緒に唄うなんて、ものまね番組じゃないんだから(笑)。でもカバーするほど好きな曲だし、もっといろんな人たちに知ってほしいですね。