自然消滅的な感じだったので解散ライブはしなかった
──『PLUNK BOY』は、その後のマグネッツのサウンドや人気を決定的にした一枚だったのかと思うけど。
星川:あれは録り方にもかなり拘って。ダムドの『MACHINE GUN ETIQUETTE』みたいなサウンドの録り方をしようって。マイクの置き方とかを考えて、ザラついた感触の音とかが出せるように録音しましたね。
──確かに音はザラついた感じで凄くハードなんだけど、曲はキャッチーでポップな部分もあって、それが上手く噛み合ってるとこがカッコ良かった。ハードコアっぽさもあるし、Oiっぽいとこもあって。
星川:そうですね、そういう狙いもあったし。そのときのドラマーの辰嶋くんがけっこうハードなドラマーだったんで、それにどんどん乗ってった部分もありましたね。『PLUNK BOY』のレコーデイングの少し前に、ベースが音楽性の違いで抜けることになって。それで募集して中村くんが加入したんです。やっぱり『PLUNK BOY』でかなりお客さんがつきましたよね。その後でオムニバスが2枚出てるんだけど、ビクターから1枚とキャプテンからの『STRAIGHT AHEAD 2』ってのが出てて、『STRAIGHT〜』を出したときが一番ググッて来たかな。その頃から新宿ロフトとかでも定期的にやるようになった。で、その年の5月にスタークラブのソリッド・フィスト・ツアーの最初だったかファイナルだったんですけど、MZA有明でのワンマンにオープニングで告知無しでいきなり出たんですよ。客に暴言吐かれて、紙くず投げられたりしたんだけど(笑)。で、一気に5曲バッーってやったら、そこでまた一挙にファンがついたってのもありました。
撮影:TAMA
──その後、ドラムがEBYさんに替わって、89年にキャプテンからの1stアルバム『SARCHING FOR TRUTH』がリリースされますね。いろんな曲のパターンがあるし、1曲の中でも展開が激しかったりして、いろんな要素が詰まっていてそこが面白い。
星川:アルバムの中で起承転結って考えて作るバンドもいると思うんですけど、その頃は、パンクってシングル主体ってのがあって。ピストルズも『NEVER MIND〜』はシングル出していってそれをくっつけたような感じだし、シングル自体がパンクの基本だって思ってたから。だから次のライブのためにシングル的な曲を作ってっていう曲作りをしてて、それで何十曲あるうちから組み合わせて作った結果そうなった。1stアルバムってことで、だいぶ気負った部分もあったから、もう少し粗々しい感じで作っても良かったなって部分もありますね。だからその後のライブ盤でガーンといったんで、そっちのほうが本来の感じだなって。
──確かに。1stはボーカルもちょっと堅いというか、丁寧すぎる感じ?
星川:やっぱりキチッと唄おうってのがあったんだと思う。その前の『PLUNK BOY』がけっこう粗いから余計にそう聴こえちゃう。そういう面ではちょっと思うとこはあるけど、過去のモノでどうこう無いんだけど、あれはあれで今思えば良かったと思う。再録でもすればまた違うだろうけど。
ザ・マグネッツ(1989)撮影:辻 砂織
──それはけっこういいかもですね。その後は、ライブもコンスタントにやりつつアルバムもリリースして、順調だったように見えたけど、93年の4枚目のアルバム『CULTURE SLUT』を出して活動休止。このアルバムってサウンドの深化と時代の空気感も取り込んだ、ある意味マグネッツの完成形のようにも思えたんだけど。
星川:確かにそのアルバムが凄いって言ってくれる人がけっこう多くて。そうなんですよ、完成形を作っちゃいましたね(笑)。自分でも凄いのが出来たなっていうのはありましたね。
──この先どうなるんだろ? ってとこで活動休止っていうのは?
星川:そうなんですよね。『CULTURE SLUT』出して2回ツアーをしたのかな。で、まずドラムが辞めて、違うドラマーでやってて。でも、メンバーはここまでやってきて、バンドだけでは食えないしっていう思いもあったのかな。そこで一つ区切りをつけなきゃって思いもあっただろうし、そこでやっぱり煮詰まっちゃったのはあるかな。それでベースが抜けて、その後、田中くんも辞めるってことになって、全員辞めることになって。でもメンバー集めてやったんですよ。それで2、3回ライブやったけど、自分的にも精神的に追い詰められてるとこがあったし、プライベートでのトラブルとかもあって1回停止しようって見切りをつけた。で、そのまま引退的な感じになってましたね。やっぱりずっと一緒にやってきた田中くんが辞めたっていうのは大きかったと思いますね。
──当時、活動停止しますって発表は?
星川:なかったですね。だから自然消滅的な感じで。だから解散ライブとかもなかったし。
──未練というか、バンド活動を続けたいっていう思いもあった?
星川:最初はそうだったけど、年数が経つにつれて、もう引退だなって思うようにはなりましたね。