2022年は日本武道館 初出演という"最遅"記録の金字塔を成し遂げ、31年ぶりに日比谷野外大音楽堂にてワンマンライブを敢行したニューロティカが、2023年1月から毎月第2水曜日に10カ月連続ツーマンシリーズ『ビッグ・ウェンズデー』をホームグラウンドである新宿ロフトで開催中。その第4弾のゲストとして出演するのが、ニューロティカと共に80年代のバンドブームを牽引した"ジュンスカ"ことJUN SKY WALKER(S)だ。
今回はニューロティカのアツシとJUN SKY WALKER(S)の森純太という同世代&同学年である両者に、両バンドの出会いや惹かれ合う部分、交流を深めた新宿ロフトでの驚異の打ち上げエピソード、キャリアを積んだバンドが新たな創作と向き合うモチベーションなど、硬軟織り交ぜたトピックの数々を語り合ってもらった。ZOOMを使った高円寺と別府をつなぐトークセッションをお楽しみいただきたい。(interview:椎名宗之)
ニューロティカに出演依頼をしたら「変名ならいいよ」と言われた
──純太さんは今日、どちらにいらっしゃるんですか。
純太:地元の別府です。今週末にこっちでライブがあるので(3月25日、26日に別府COPPER RAVENSで行なわれた『MORI JUNTA 58th Birthday Tour 2023 “MJBD”』のこと)。離れていてもこうして話せるからZOOMは便利ですね。あっちゃんはスタジオ?
アツシ:はい。P.I.G.(高円寺)です。
──昭和どっぷり世代のわれわれがZOOMで取材をする日が来るとは感慨もひとしおです(笑)。まずあっちゃんに伺いますが、先日の『Big Wednesday vol.3』、ギターウルフとの対バンはいかがでしたか。
アツシ:宇宙大戦争のような感じでしたね(笑)。
純太:それは凄そうだな(笑)。
アツシ:セイジさんも僕も入っちゃいけない領域に入りました。僕は生まれて初めて、ライブハウスでギターを抱えました。セイジさんにいきなりギターを預けられて(当日の模様はこちら)。
純太:弾かされたの?
アツシ:弾かされそうになるのをかわして拒否したの。神聖なロフトで僕がギターを弾くなんておこがましいことだから。だけど結局、セイジさんの宇宙パワーで弾かされました(笑)。
──ニューロティカとジュンスカの対バンはかなり久々なのでは?
純太:どうだろう。数年前に八王子の『ポカポカフェスタ』に出させてもらったけど(2017年12月3日)、あれは対バンじゃなかったからね。純粋な2マンは、HEAVEN'S ROCK 熊谷 VJ-1(2008年12月17日)以来かな。ARBのKEITHさんもゲストに出てもらって。
アツシ:そうそう。ジュンスカが復活して最後のツアーの追加公演(『J(S)W 20th ANNIVERSARY LAST TOUR “THANK YOU”』。ジュンスカはその後、2011年4月に活動再開)。
純太:ということは、もう14、5年経つんだね。ありそうでなかった対バンってことか。
──バンド歴は世代的にニューロティカのほうが長いですよね?
アツシ:いや、ジュンスカのほうが長いんじゃないかな。高校の頃からやってたから。
純太:そうだね。俺らは結成が1980年だから。
アツシ:僕らは1984年結成なので。純太とは同学年の同世代なんだけど(アツシは1964年10月20日生まれ、純太は1965年3月10日生まれ)。
純太:ニューロティカのことは『DOLL』で知って、その後の経緯はよく覚えてないんだけど、俺らが拠点にしていた渋谷のラママでイベントを始めようと思って、それにぜひニューロティカに出てほしいと声をかけたんです。それが最初の出会いですね。クリスマスが好きだったのでクリスマスの日…1987年12月24日にオールナイトのイベントを組んで、『きよしこの夜中』というタイトルで。
アツシ:15バンドくらい出た企画だよね。
純太:うん。当時のニューロティカは勢いがあって、凄く楽しそうにライブをやっている印象があったので、自分のイベントに出てもらったら最高だなと思って。ラママのブッキングの人を介して連絡を入れさせてもらったんですけど、その頃からすでにニューロティカは大スターだったから「俺たちはシークレットじゃなければ出ないよ」と最初に言われて(笑)。そこを何とかと食い下がったら「変名ならいいよ」と。それで“DRINKIN' BOYS”という名前で出てもらうことになったんです。
アツシ:そのときに生まれたことわざが「穴があったら入りたい」ってやつですね(笑)。
──1987年のニューロティカといえば、同年8月25日に初のワンマンをロフトでやれるようになったり、ブイブイ言わせていた頃ですしね(笑)。
アツシ:いやいやいや! 1985年(9月3日)が初ロフトで、まだ2年しか経ってないからね。ただ、周りに友達がいっぱいいて調子に乗っていたのかな(笑)。
──あっちゃんは当時のジュンスカをどう見ていたんですか。
アツシ:そのラママに呼ばれたときは名前も知ってたね。よく見る名前だったので、どんなバンドなのかな? と確かめてやろうと思った。ウチ以外はロックじゃない! と意気込んでいた頃だったから(笑)。でも、昔はホントに闘いだったよね? 別に仲良くなりたくてバンドをやってたわけじゃないし。リハーサルをやる前、楽屋に入ったときから勝負だった。
純太:確かに。まあ、当時はニューロティカの圧勝だったけどね。
アツシ:いやいやいや!
純太:人数も圧倒的だったしさ。何せネオファミリーがごっそり来るんだから(笑)。
アツシ:仲間がいないと弱いタイプなので(笑)。ただ、最初に純太に呼ばれたラママの楽屋は知り合いのバンドがそんなにいなかった記憶がある。いわゆるラママ系のバンドのほうが多かったんじゃないかな。