小さな気持ちを丁寧に描いているんだなと思います
――こんなコロナ禍の状況ではありますが、女子サッカーの取材などはされたのですか。
宅野:企画が決まってから、なでしこジャパンの公開練習を観に行ったり、なでしこリーグの開幕戦を観に行ったり、女子大学リーグも観に行きましたし、フットサルで女子チームと戦ってみたりもしました。
――実際に試合もされたんですね。
宅野:高校女子サッカーの名門、十文字高校にも取材に行きました。
――生で観られていかがでしたか。
宅野:改めてみんなうまいなと思いました。それは当たり前の事なんですけど、生で観るとそのすごさを実感しましたし、女子サッカーは華があるなと感じました。いやらしい意味ではなく、健康的な美しさを感じました。そこは男子サッカーとは違う良さだと思います。
――日本女子サッカーは世界的に見ても強いですよね。
宅野:とはいえ、いざなでしこリーグの集客が多いかというとそんなに……という部分もあって、そういった女子サッカーの問題点も原作で語られているので、アニメでもしっかりと向き合いたいなと思っています。
――「勝ち続けなければいけない」というセリフは重く感じられますよね。
宅野:『キャプテン翼』は海外でもファンが多いと聞きますから、この作品を機に女子サッカーが盛り上がってくれればいいなという思いもあります。
――そこは漫画・アニメの力の凄さを感じる話ですよね。『クラマー』は高校女子サッカーが舞台なので若い世代の方にも響くのかなと思っています。
宅野:『クラマー』はサッカーを描いていますが、サッカー以外の事をやっている若い人たちにも響いて欲しいなという思いもあります。サッカーに限らないもっと普遍的なものを含んでいる作品だと思っています。
――わかります。『クラマー』のいいところは、裏で支えている人々も含めてみんなが主役になっているという点ですよね。
宅野:そこは新川先生が描きたかったことだと伺いました。あまり表にフォーカスされないようなものをあえて描きたいという気持ちがあったそうで、そういう部分が派手な点取り屋をヒロインに見立てて盛り上げるのではなく、もっと泥臭く、キャラクターそれぞれの小さな気持ちを丁寧に描いているんだなと思います。
――おっしゃるとおり、キャラクターの心情を近くに感じる事が出来る作品です。頑張りが誰かを支える、そこが自分と地続きに感じられるのかもしれないですね。
宅野:そうですね。
――今までに何作ものラブコメを手掛けていることもあって、女性を描くと言えば宅野さんという感じですが。
宅野:それはないです(笑)。今回の『クラマー』ではシリーズ構成の高橋さんが私に欠けている視点を持っていて、作品を支えていただいています。
――その高橋さんの視点について伺えますか。
宅野:これは『フットボール』についての話になりますが、恩田希という主人公は小さい頃、男子とさほど体格差がなかったのですが、中学生になって追い抜かれるという男女の成長の違いの部分で抜きがたい残酷なものがありまして。非常に理不尽ですよね。
――骨格が違ってきますから。そこは『フットボール』ではより強く描かれている部分ですね。弟分だった子に追い抜かれるなど、フィジカルの差を感じてしまう。
宅野:理不尽なものに対する憤りというのが、『フットボール』における希の強い感情です。「私は何で女なのよ」という悔しさを乗り越えいく物語ですね。高橋さんもそういう思いをしたことがあって、それに対する憤りや悔しさはわかるとおっしゃっていたので、その辺は『フットボール』の本づくりにかなり反映されているんじゃないかなと思います。
――どの業界でも男性優位の部分はまだまだ多いですからね。
宅野:『クラマー』の方になると映画とは別の形でどう描こうかというところはあったので、違う難しさはありました。具体的にはどこをクライマックスにするかという事です。描くキャラクターが多いのでドラマ上のひとつの到達点を作りました。複数の主人公がいるという作品なので、その視点がTVアニメではどうしようかという事ですね。
――確かに『クラマー』は誰が主人公と一人には決められない作品ではありますね。
宅野:そこをTVアニメで描く際は、希というキャラクターの視点をひとつの軸にして描こうと高橋さんと進めていきました。そこにも色んなアイデアがありましたが、やっぱりサッカーを見るというよりはキャラクターを見るという構成で間違いないと思っています。そうやってキャラクター周りを厚くしたといいますか、分かりやすく整えた部分はあります。
――青春群像劇を描いたという事ですよね。宅野さんと言えば青春モノを今までにも描かれてきていますが、その面白さは何ですか。
宅野:私の青春は暗かったので(笑)。でも、何かに没頭しているという事は年齢に関係なく青春なんじゃないかなと思います。彼女たちはサッカーの事で頭がいっぱいで、サッカーをやれれば楽しい。不安とかもあるんでしょうけど、それを上回る楽しさがある。没頭できることがあるのが青春だし、アニメもそういう時間を描く物なんだろうなと思います。私も没頭できている時に一番充実感があります。1カットいいカットが出来たときの達成感はいまでもあります。若いころは映画館にいって映画ばかり観ていましたけど、その時間は至福の時間でした。それが私の青春だったのかもしれないですね。
――全力を傾けられるというのは楽しいことですから、それが今なかなかできないのが辛いですね。
宅野:そうですね。個人でできる青春もありますが、みんなと仲間との青春はやっぱり楽しいので、それが今はやりづらい時期になっているのかもしれないですね。根源的に人は熱狂したい生き物だと思っています。サッカーがこれだけ世界中で愛されているのはそういったものがあるからだと感じていて、それはコロナごときでは変わりはしないだろうと思っています。
――そうですね。コロナが長く続いていますが、その気持ちを忘れることはないですから。
宅野:そういう事です。
――宅野監督の作品は光の使い方が凄い綺麗だなと感じました。演出の際に心がけていることはあるのでしょうか。
宅野:題材によって見せ方はもちろん変わりますけど、アニメーションに限らず映像作品にとって光と影というのは大きな武器になると思っています。どこに光を置いてどこに影を置くかというのは、常に意識しています。そういう面では画面設計で今作に入っていただいている田村仁(以下、田村)さんは、非常に光の表現に秀でた方なので田村さんのおかげです。光を使ったアプローチによって説得力を持つ画面にしていただけました。
――同じ表情でも光のアプローチで全く逆の意味になることもありますからね。そこは音もそうだと思いますが。
宅野:そうですね。その点も音楽の横山克さんや音響監督の鶴岡陽太さん、音響効果の森川永子さんに助けていただいています。『フットボール』の劇伴は、希が試合に突入するまでをひとつの旅として見立てて、ロードムービーを意識した楽曲を制作していただいて、観ているコチラ側に心情を伝えられるようにしていただいています。
――いま、現在進行形で制作されていると思いますが、『クラマー』チームの結束力はいかがですか。
宅野:非常に頼もしいです。日々、助けられています。大変ですが始まったからには終わらせるだけですね。
――スポーツに縁がない人でも日本人は何かの形でサッカーに触れたことがあるはずなので、そう考えるとサッカーは凄い力を持っていますよね。その分、サッカー警察が怖い部分もありますが。
宅野:そんな詳しい方にも突っ込まれないようには作っているつもりです。
――『フットボール』『クラマー』で女子サッカーも魅力的だなと気付かされました。
宅野:これをきっかけに女子サッカーを楽しむ方が増えて、競技人口が増えるといいなと思っています。ぜひ、アニメを楽しみにしていてください。