LPでも本でも名は体を表してしまう不思議
──久住さんのなかでは、ジャケットの良さと作品の良さは比例するということですね。
久住:それがすごく不思議なんですよね。LPでも本でも、名は体を表してしまうのがとても面白い。たとえば80年代に復活を果たして以降のマイルス・デイヴィスが出した、ピストルを持ってるジャケットの『You're Under Arrest』というアルバムはやっぱりあまり良くないんですよ。ボク的にはね。だけど晩年にヒップホップに正面から取り組んだ『Doo-Bop』は愛らしい感じがあって、けっこう好きなんです。そんなふうにジャズの帝王と呼ばれるマイルスですら名は体を表すような作品を発表し続けてきた。マイルスの作品でジャケ買いしたのは『'Round About Midnight』で、ものすごく好きでしたね。ホントにあのスタイリッシュなジャケット通りの内容で。デザインはそのアーティストがやってるわけじゃないのに中身が似た感じになるのは実に不思議だけど、思い当たる節もあるんですよね。というのも、ボクは大学の後半に小劇団のチラシやポスターを作っていたんです。ああいうチラシやポスターって、宣伝のために公演の何カ月も前から作るものなんですけど、そういうときはまだ話の筋も何も決まってないことが多いんですよ。決まっているのはタイトルだけ、内容もよく分からない状態で演出家が「ポスターとチラシはこんな感じで」とボクに依頼をするんだけど、そこでバチっとデザインがキマると、そのポスターやチラシの雰囲気に似た内容の芝居に自ずとなるものなんです。そんな体験が何度もあって、向こうの言いたいことがこっちにうまく伝わらなかったり、こっちももっと格好良くしようとヘンに考えすぎたときはあまり良くないものになる。デザインを仕上げたときは最高だと思ってるんだけど、始まった芝居を見ていまいちだと思ったらチラシやポスターもやっぱりいまいちなんですよ。そういう不思議な相互関係を以前から感じていたので、レコードのジャケットにはミュージシャンの思いや何かが反映されるものだと思っていたんです。そんなことを理解してきた頃に出会ったのがザ・バンドの『Music From Big Pink』で、この『面食い』にも書いたけど、ボブ・ディランが描いたヘンな絵を見たジャケットのデザイナーはきっと「大将の絵じゃダメとは言えないよな…」という心境だったと思うんです(笑)。メンバーは5人なのに6人描いてあるし、キーボーディストの足を押さえてるのは何者!? っていう(笑)。あと、裏ジャケでアルバムタイトルがヤケクソのようにデカい文字になってるのもいいし、表と裏のどちらにも“THE BAND”と書いてないのもおかしい。中ジャケはいい感じのデザインなのに外がヒドいんですよ(笑)。でもロック史上屈指の名盤なのは間違いないし、『Music From Big Pink』にしか出せない味がある。
──外見と中身の関係性に以前から着目していたわけですね。
久住:以前、サントリーの山崎蒸溜所を取材したことがあって、輿水精一さんという今は引退されたチーフブレンダーの方と話すことがあったんです。名は体を表すレコードジャケットのように、山崎と白州もあの瓶のような味わいと個性があるのはなぜなんでしょう? と輿水さんに尋ねたら、山崎と白州の作り方は全然違うけど、元のモルトは同じなんですと聞かされてびっくりしたんですよ。山崎は京都の郊外、白州は山梨と、寝かせた場所や樽が違うけど元は同じだと。それが結果的に山崎は甘みのあるまろやかな味わいになって、白州はクリアでキレのある味わいになるのが不思議なんですよね。山崎は茶色の瓶、白州は緑の瓶で、それぞれ違う筆文字がラベルに書かれてあるけど、ボクにはその外見の違いも味の違いにつながってるような気がしてならないんです。味も目に見えないものだけど、音や響きもまた目に見えないものですよね。それを目に見えるものにするのがジャケットなりパッケージなのかなと思います。たとえばブルーノートから出てるレコードのジャケットは太字のタイポグラフィが特徴的で、それを見てすぐにブルーノートのものだと分かる。やっぱりプロデューサーや音作りに携わる人たちのなかにはこういうジャケットにしようという確固たるものがある気がします。だからニール・ヤングはゲフィン・レコードとウマが合ってなかったということだと思いますよ(笑)。
──そこへいくと『面食い』のジャケット……赤鬼のように丼飯をかき込む男を描いた和泉晴紀さんによるカバーイラストは、キング・クリムゾンの『In The Court Of The Crimson King』(邦題:クリムゾン・キングの宮殿)へのオマージュなんですか。
久住:特にキング・クリムゾンを意図したわけじゃないんです。最初にボクが描いたのは横向きで丼飯を食べてるコンテだったんだけど、和泉さんにそれを送ったらすごく大人しいイラストがラフであがってきたんですよ。そうじゃなくてもっと強いコンテを改めて描いて送ったら、和泉さんが「『クリムゾン・キングの宮殿』みたいな感じかな?」と思ったみたいで。ボクからそういう指定はしてないんですけど、結果的にこうなりました。和泉さんとしてはキング・クリムゾンに引っ張られたところがあったのかもしれませんね。
──「厳選!ジャケ写10+1枚 前編」の扉写真に『クリムゾン・キングの宮殿』のジャケットも紛れて写っていたので、てっきり確信犯なのかと思いましたが。
久住:いや、全く。結果的に似ちゃったものだから、いっそのこと並べちゃえと思ったんです。和泉さんにはLPと同じサイズの30cmの正方形でイラストを描いてもらったし。
吉祥寺の《闇太郎》は“ジャケ食い”の原点
──『面食い』では45店に及ぶ個性的な飲食店が紹介されていますが、ジャケ買いと同じく、店の外観や佇まいが良ければ当たりであることが多いものですか。
久住:うん、確率は高いですね。
──《炭火かき家山崎》(佐賀県・小城市)のように、大きな看板も照明もないビニールハウスの外観には怯んでしまいそうですが…。
久住:あの店はね、一度針を落としてちょっと聴いたら「失敗したかな…」と感じたのが、何度か聴いていくうちにだんだん良くなっていくパターンですよ。ビニールハウスのなかに入ってカニ汁を飲んだり、牡蠣を焼いてくれる佐賀弁を話すおばちゃんの話を聞いてるうちにLPを3回聴いた気分になったというか(笑)。ああ、こういうのもいいじゃないかと素直に思えてくる。よくあるじゃないですか。音楽雑誌のレコード評で、1、2曲聴いただけで最後までちゃんと聴かずに書いたような文章が。いまグルメサイトに書かれてあるものってそれに似てると思うんですよ。アルバムを10回も聴いてないでしょ? みたいなね。
──久住さんの軽妙な文章や和泉さんのユーモアに溢れたイラスト、飲食店の“ジャケ写”を純粋に楽しめる本ではありますけど、たとえば「新しい駅舎のそっけなく見える店」(佐賀県・伊万里市)の文中で「一生懸命営業中」と書かれた既製品の木札や既製品ののぼりを見て一瞬たじろぐ描写があって、店の没個性化に対する憂慮が本書全体のテーマとしてあるようにも感じますね。
久住:でもあれは、既製品ののぼりでも良かった店なんですよ。つまり見た目で判断してマズい店かもしれないと思っていた自分はまだまだだな、ということなんです。最初は「伊万里だから《ひまわり》という店名なのか? ダジャレか?」とか思ったり(笑)、看板もなくて店名がガラスの自動ドアに書いてあるのはどうかなと思ったんだけど、最初に頼んだギョウザ一発で「疑ってごめんなさい!」と悔い改めましたね。
──他にも美味しそうなメニューがいろいろあるにもかかわらず、久住さんはどの店でもビールとギョウザ、焼きそばばかりを注文していますよね(笑)。
久住:この本では焼きそばばかり食べてますね。自分で校正してても「また焼きそばか」と思ったくらいで(笑)。たぶん昼間が多かったからですよ。旅先の昼に訪れた店が多いから。以前出した『野武士、西へ 二年間の散歩』(集英社・刊)という東京から大阪まで歩いた本ではラーメンばかり食べててイヤになりましたけどね(笑)。
──「桶の上下音で会話が中断の店」(大阪府・宗右衛門町)は、わがロフトプラスワンウエストの近所にある店ですか。
久住:そう、すぐ近くです。ロフトプラスワンウエストのイベントに出た後に打ち上げで立ち寄ったんですよ。「打ち上げどうします? 近くに1軒、面白い店がありますよ」とスタッフの人に言われて、「『エレキ』の店?」と聞いたら「え、どうして知ってるんですか!?」と言われて。実はリハの後に近場をぶらぶら散歩してたら見つけたんですよ、提灯に「エレキ」と書いてある店を。「エレキ」っていうのはウォッカベースの透明なオリジナルカクテルで、くし切りにしたレモンが入っているんです。それを頼んだときにスキンヘッドの大将が「これがそこの通りで何人キ○ガイを作ったか…」と大阪弁で話すのがすごくおかしくてね。店の佇まいとしては適当な料理が出てきそうな感じかな? と最初は失礼にも思ってしまったけど、料理はちゃんと美味しくて安かった。刺身も新鮮で、包丁さばきも良かったし。
──久住さんの“ジャケ食い”の原点は吉祥寺にある《闇太郎》だそうですね。ぼくも何度か通ったことがあるのですが、一人で切り盛りする店主が客に小言を言う個性的な方ですよね(笑)。
久住:そうそう。「あんた、ちょっと長く居すぎるよ」とか言われたりね(笑)。最初は入るのに勇気がいる店だなと思いましたよ。何しろ名前が《闇太郎》だし、表から店内が見えないし。だけど一緒に行った奴の兄貴がよく行く店だということで、そのお兄さんもバンドをやってる人でね。その昔、《闇太郎》の隣になまず屋というブルースの店があったんです。そこには一度行ったことがあるんだけど、トイレのメンバー募集の貼り紙に「ベース募集 やる気よりテクニック」と書いてあるのがすごく良かった(笑)。《闇太郎》に通うようになってから店主に「昔、隣になまず屋ってありませんでした?」と訊いたら「あったよ。あれもね、若者が夢を持って3人か4人で始めたんだけど、結局仲違いして終わったんだよ」と話してくれて。みんなで店をやろうと始めたものの内輪っぽい感じになって、結局はお金の問題とかで揉めて店を閉じたという話でした。