鬼才・山本政志監督、約5年ぶりの新作『脳天パラダイス』。観れば直接脳にキマル電子ドラッグのような今作。感動はない(?)けど心が軽くなる。意味が分からないけど何かが残る。言葉にできないこの感覚。観ることで訳が分からないうちに心のタガをぶっ壊してくれるこの名作(迷作?)。主役家族の父親・笹谷修次役で出演された、いとうせいこうさんに『脳天パラダイス』そして山本政志監督について語っていただきました。[interview:柏木 聡(LOFT/PLUS ONE)]
日常そのものがブルシットですよね、大変ですよねって気付かせてくれる
いとう:『脳天パラダイス』どうでした。
──凄い作品でした。言葉にするのが難しいというか、むしろ野暮になるんじゃないかなと感じる作品でした。今回お話を伺えるということで質問項目も作ってきたんですけど、質問することは正解なのかなとも思っています。
いとう:観て、それだけで十分みたいな(笑)。
──はい。あらすじを紹介しても伝わるのかな? と、ただ素直に凄い映画だから観て欲しいと言うしかないです。
いとう:今は僕も含めてみんながコストパフォーマンスを求めてしまって、ついついどんなシーンでも意味を求めてしまうんです。でも、この映画にはそういう所が1個もない、ゼロ!
──本当にそうなんです。最初に家族再生を匂わすんですけど、結局は…って。普通はどうにかしたいと思っちゃいますよね。
いとう:いかに我々が硬直しているかがよくわかりますよね。そういう意味でこの映画は解毒剤なんです。解毒剤は飲んで下痢しちゃう人もいる、効果がわからない人もいる。でも『脳天パラダイス』という解毒剤が心に効いて重荷がなくなる人もいると思うんです。
──本当にその通りで、観終わると悩んでいるのが馬鹿らしくなるんです。
いとう:馬鹿らしいよね(笑)。こんなのを真剣に作っている大人がいるんだって思うと悩んでいる時間がもったいない。
──そういう意味で、おっしゃる通りデトックス映画ですね。
いとう:我々はこういう映画を見てデトックスだと思わざる負えないほど酷くコストパフォーマンスの思想に捕らわれてしまっているんです。
──本来エンタメは、意味がなくてもいいものだと思うんです。
いとう:文化というか日々の暮らしも不要不急なんじゃないのかな。ほとんどがブルシット(たわごと・でたらめ)、そもそもジョブがそうだから。これはワザとブルシットをやっていくことで、日常そのものがブルシットですよね、大変ですよねって気付かせてくれるんですよ。今は映画鑑賞にも意味を求めてしまっていて、SNSで書くことを考えながら映画を観ちゃうでしょ。
──そういう行為こそ意味がないじゃないですか。どうしても書いている人のフィルターが入りますから。
いとう:でも、これはどう書いていいかわかんないと思うんです。ずーっとポカンとして、どうしようどうしようって。でもそれがデトックスに、マッサージになっている。
──そうですね。その訳が分からないけど良いっていうのがザ・サブカルという感じで、まさにLOFT的な映画でした。
いとう:プラスワンで15時間くらいしゃべるやつだよね。
感覚的なバランスは絶対あったうえで撮影しているんです
──最初の柄本(明)さんが銅像拝んでいるところから最高で、全員がキマッてしまってお葬式をするという。それを観てこっちもキマッてしまえばいいんだって(笑)。
いとう:そうそう。これだけ無茶苦茶をやっているのに消えた人はちゃんと帰ってきて、一応それぞれの結末をつけていて、なかなか倫理的なんですよ。
──だから、観終わったあとに暗くならないんですね。
いとう:結局、刺激のために何か血を出したりするのは気分が良くないものなんです。この映画はそんなことなく、最後はちゃんと収まっているんですよ。そこは脚本段階でいろんなことを考えていたんだと思います。撮っている時は全く思わなかったけど、完成した作品を観るとそうなってました。
──こんな質問もおかしいんですけど、脚本はあったのですか。撮影しながらライブに近い形で作り上げているんじゃないかなと感じたのですが。
いとう:ちゃんとあって、それどころかほぼ変わってないです。山本(政志)さんの演出で芝居は変えてますが、割とそのままで進んでいきました。あんな馬鹿なことになっているのに変えていないというのは、それぞれのバランスはあったという事なんです。撮り方はセッションでしたけど、感覚的なバランスは絶対あったうえで撮影しているんです。
──正に天才の仕事ですね。
いとう:山本さんはやっぱりすごい。例えば、盆踊りのシーンって異様に長いじゃないですか。でも見れちゃうの凄く音楽的だから。間に僕の暗いのシーンなんかも入れていて、バランスをとっていて。
──確かに。今、言われて気付きました。
いとう:やっぱり山本さんは音楽が好きでわかっている監督なんだよね。それは凄い大事なことですよ。
──流れている『ギガピンピン』も刺さる刺さる。
いとう:さすがOtoさんっていうね。全世界の音楽がちゃんと入っていて、それでも別に厚い音作りでもなくて、スカスカ感があって。大人が上手く遊びで作るな、さすがでしたね。
──それだけメチャクチャなのに人生が全部入っていましたよね。恋に破れて、SEXして、産まれて、結婚して、就職して、不倫して、離婚して、お葬式して。
いとう:確かに全部入っていますね。別々の人が担当しているけど、みんなが1回は通るんですよって。あまりにも素っ頓狂だからわからないかもしれないけど、脳天の中での一人の人生なのかもしれない。
──それがこの奇天烈な世界に入り込める要因の1つかなと思っています。
いとう:あと、特撮ですよ。ものすごい力の入った。
──あそこだけは別作品みたいでした。
いとう:ああいう短編なのかなって思うくらい素晴らしくて。あの特撮シーンはたまらないチープ感があります。
──わかります。それとは真逆のハンシャ役の人たちの本物感。
いとう:マジで凄かったから本物感が、これは素人じゃないなって思うくらいでした。いいのかなと思いながら撮ってました(笑)。
──毒を食らわば皿までじゃないですけど、この作品なら混ぜてしまえばなんでもありですよ(笑)。新郎新婦の首をアイスピックで刺しているわけですから。
いとう:凄いことやるよね。1回はみんなででっかく観たいな。インド映画と同じで鳴らしていいとか声かけていいとか、そういう上映がやったらいいのに。
──うってつけの作品だと思います。ただ残念なことにいま、声が出せないんですよね。
いとう:ああ、そうか。じゃあ、鳴り物で。
──逆にSNSを押した方がいい作品かもしれないですね。
いとう:なるほど。ちょっと明るくてもいい、「くだらない」ってつぶやいて楽しむ。