独自の活動、独自のサウンドで、まさにオルタネイティブな存在のバンド、GEZAN。2018年のアメリカ・ツアーを追ったドキュメンタリー映画『Tribe Called Discord:Documentary of GEZAN』が6月21日(金)より公開される。
GEZAN初の劇場公開作のメガホンをとったのは、やはり初の監督作であり、GEZANを撮り続けている神谷亮佑(かんだに りょうすけ)。カメラは素のままのメンバーの表情に、興奮、喜び、驚き、葛藤の感情に、肉迫していく。そして神谷監督自身の感情も溢れ出ているのだ。この生々しさは長い付き合いの信頼だけではなく、神谷監督がメンバーと一緒になって旅の渦の中にいるからだ。だから観ている側も渦の中に巻き込まれる。
広大なアメリカ。その土地土地で音楽によって繋がった友だち、いや家族。そして押し寄せてくるアメリカの現実。差別。格差。その土地土地の出来事はいつしか線で結ばれ、帰国後の『全感覚祭』に、もちろんこのロードムービーに繋がっていく。そしてその先の人生にも。
葛藤とは可能性なのだ。『Tribe Called Discord』を観て思った。(interview:遠藤妙子)
映画の投げかけがみんなの〈続き〉になれば
──初の監督作品、おめでとうございます! 試写会で観させていただいたんですが、終わって外に出たら会場の前のスペースで、GEZANのメンバーと神谷さんもいらしたのかな、お客さんと挨拶したり談笑されてましたよね、興奮ぎみに(笑)。
神谷:はい。感想を聞かせていただいたりしていたんですよね。
──その光景がまるで映画の一コマ、映画の続きのようでキラキラしていて。なんか、映画の中のLAのガレージがここにもある! って思って。まるで演出のような(笑)。
神谷:演出ではないです(笑)。でもそう感じていただけたなら嬉しいです。言われてみれば、LAで最初にやった時が確かに続いていた。僕はこの映画が、みんなの中で続いていくものになってくれればなと思っているので。
──映画が終わっても日常は続くわけで。そこでどうするか、どう生きていくか。そういうことを観ている側も考えさせられる映画です。
神谷:そうなっていてほしいし、そういう映画になったかなって思っています。映画の中で最終的に答えみたいなものは出ていなくて、投げかけたわけですよね。投げかけたものが、みんなの中でも〈続き〉になっていってくれたらホントいいですよね。
──私、映画を観ながら自分も映画の中にいるような気分になりましたよ。それは監督自身が驚き、悩み、葛藤しているのが伝わってくるからなんだと思うんです。
神谷:確かに僕自身が右往左往してましたからね(笑)。
──ドキュメンタリーだから何が起こるかわからないとしても、だいたいの流れを考えていたわけではなく?
神谷:アメリカに行くってなって、最初のイメージは一つの青春の旅みたいな、バンドのツアー・ドキュメントみたいになるだろうって気持ちでいたんですが…。
──ロング・ツアーの様子とそれによるバンドの成長物語みたいな。
神谷:そうです。そういうものを撮れるんじゃないかなって。でもそうはいかなくなっちゃった。予想もつかないことに出会って、ホントにドキュメンタリーですよ。そこに僕も飲み込まれていく。
──だから監督の視線が、観ている側と近い視線になっていて。
神谷:だと思います。
──そこがとても良かった。グイッと映画に入っていける。もともと映画を撮るって決まってツアーに向かったんですか?
神谷:いえ、全然。決まったのは帰ってからです。カンパニー松尾さんがマヒト(マヒトゥ・ザ・ピーポー:Vo)のブログを読んでいて。ツアーのことを書いた帰国後のブログを読んで、「アメリカ・ツアーは撮ってた?」って言ってくださって。そこからです。そこから映画になっていった。
──そうなんですか! マヒトさんのブログ、私も読みました。アメリカ・ツアーで出会った、人種間の差別問題のことと真摯に向き合っていて。次のアルバム(『Silence Will Speak』)に反映されるだろうってことが書いてあった。映画にも繋がっていって嬉しかったんですが、その時はまだ映画は決まってなかったんですね。
神谷:そうなんです。最初からツアーは撮るつもりではいたんです。DVDとか、何かの形で発表できればと。でもまさか映画になるとは。
──映画になって良かった〜。一つの青春の旅としても、ライブ・ドキュメントとしても面白いんですけど、そこに、アメリカの現実を目の当たりにした感情が貫かれていて。GEZANを知らない人もきっと感じるものがあるはず。
神谷:そうなれば嬉しいです。
人種の違いとそこから生まれる差別
──遡ってお聞きしますが、GEZANとの出会いは?
神谷:最初にマヒトと会ったのは、マヒトがバンドを組む前なんです。ライブハウスに行くと凄い飛んでる(ダイブしてる)長髪の赤い奴がおるなって。それを後々、最近なんですけど、なんかのタイミングで、「あの頃、飛んでた奴ってオマエ?」って聞いたことがあって。そしたら「オマエもおったの?」って返ってきて(笑)。
──実は凄く昔から出会っていた。ちなみにどんなライブでマヒトさんは飛んでたんですか?
神谷:いろいろですが…、キングブラザーズで飛んでましたね。僕の中では知り合う前から赤い長髪の目立った奴ってインプットされてたんです。で、実際知り合いになったのは…、まずカルロス(カルロス・尾崎・サンタナ:Ba)と知り合ったんです。その頃、GEZANはZINEを作ってたんですね。その作業をしていたのが僕の友だちで、彼の家に行ったらカルロスがいて。意気投合して朝まで喋って。ライブに行くようになって。それがいつ頃なんだろ、10年ぐらい前なのかな。僕はもともと映像をやっていたんで、「ライブ撮ってよ」って。
──初期の頃からZINEを作っていたことからもわかるように、独自のやり方で活動の場を作っていくバンドですよね。そしてライブは過激。撮影していてケガはしませんでした?(笑)
神谷:大丈夫でした(笑)。まぁ、特に初期のライブは激しかったですね。で、ドラムが一回抜けたんです。抜けてからバンドが復活するまでの流れをドキュメントとして撮って。それからですね。ライブだけじゃなくGEZANというバンドをガッツリ撮っていくのは。
──じゃ、アメリカ・ツアーの同行もごく自然に?
神谷:ツアーに行くってなった時、最初はお金がなくて断ったんです。GEZAN自体もお金がなかったんですけどね。アメリカへはツアーとレコーディングが目的で、でも資金はない。それで『BODY VUILDING PROJECT』というクラウドファンディングでなんとか行けました。
──濃い旅になりましたね。LAから始まって、どんどんアメリカのリアルを見ていく。
神谷:僕は初めての海外だったんです。アメリカは場所によって全然違っていて…。人の違いもそうですし、場所場所ですべて違っていた。州によって法律が違うせいもあるわけだけど。映画に出てくるショーンっていうスケーターの悪そうなおっさん(笑)と出会うんですが、その日の夜、ライブが終わった後、外でお酒を飲んでいたら、「外では絶対飲むな」って凄いルールが厳しくて。マリファナはOKなのに(笑)。街のルールの違いっていうか。ちょっとしたとこから、どんどんどんどん〈違い〉っていうものが膨れ上がっていったって感じですね、自分の中では。人種の違い、そこから生まれる差別。
──あの、実際のツアーの道程の順序も、映画の順序と同じなんですよね?
神谷:もちろんそうです。なんか、ホント、盛り上げてくれてますよね(笑)。
──ホントに。奇跡のような流れで(笑)。
神谷:でももしかしたらなんですけど、コーディネーターのボブが考えてこの順序にしたのかも。ボブはメキシコからの移民で日本が大好きなんですね。アメリカの現実を僕らに見せたかったのかなって。
──もしそうだとしたらボブに感謝だし、ボブも映画を観て喜ぶと思います。
神谷:喜んでくれるかな。そうだったら僕も嬉しいです。