名前もなく死ぬなんてことはないように
──にじ屋のSNSってみんなの顔も名前もバンバン出ていて、実際会ったことない人ですら覚えてしまうくらいですよね。それって意図的だと思うのですが。
佐藤:あの事件を二度と起こさないためには、こっちが責めていくしかないと思っているから、うちはみんなの顔もSNSに出すし、にじ屋に来るお客さんからバレンタインチョコを誰がいちばん多くもらえるか企画をしたりして、とにかく名前と顔を覚えてもらってるの。名前もなく死ぬなんてことはないようにしないと、そこをまず取り戻さないと話しが始まらないんだよ。うちのビラくばりをしていると、近所の人が必ず「おー、イチマル頑張れよ」って声をかけてくれるの。
イチマル:そう、みんな知ってる。
佐藤:でもみんな俺のことは知らないわけ。
イノウエ:だって佐藤さんにじ屋にいないもん(笑)。
佐藤:だからイチマルたちすげぇなって思って。「ああ、にじ屋の人ね」って近所の人に認知されてる。いま、もしイチマルたちが事件で殺されてしまったら、その人たちはすごく悲しんだり怒ったりするでしょ? それを増やしていかないといけないんだよ、なのに施錠しようなんて、逆だよ、それは。
あきこ:名前ってすごく大事だなと思っていて、イチマルって名前を知らなかったら「あの金髪のおにいちゃん」ってなるけど、名前を知っていればすぐわかる。うちはみんな呼び捨てかニックネームだけど、うちから別の団体に行ったひとは「さんづけをされるようになった」って言ってて、毎日一緒にいるのにその距離感ってどうなのって。呼び方って大事だと思う。
佐藤:よその作業所で働いていてうちに遊びに来る子が言ってたのが、「一番いやなのは敬語で怒られること」って。
──ああ、「◯◯しないでくださいね」とか。
佐藤:敬語で怒るってなんなんだよな(笑)。うちだったら、ここでお互いが喧嘩したら、「おいイチマル、コラ(番長口調で)」ってなるからさ。
イチマル:あはははは!
ノブ(愛称:のんちゃん)
施設に対して、俺らと一緒に「それおかしい」ということもできたはず
佐藤:施設ってどんな印象ある?
イノウエ:俺は行ったことないけどオグラはひどかった。
ノブ:ひどかった。笑わないし、言葉も発しないし。ほんとに一切しゃべらなかった。あと、カニさん歩きしかしない(笑)。
イノウエ:そう、まっすぐ歩けないの。
──まっすぐ歩けない!?
外口:足の内側の筋力がなくなっちゃって、うまくまげられなくて、気付くと壁をつたって横向きにしか進めないんだよ。
佐藤:首もずっと曲がって下を向いていたから、首に障害があってあがらないんだなと思っていたら、今、全然上がってるからね(笑)。
あきこ:とにかく筋力がすべて落ちていたんだよね。
──今のオグラさんって、マラソンもしてますよね。
ノブ:うん。でも来たばかりのころのオグラは、歩いて5分くらいのファミマに行くのにも、昼休み全部かかってたの(笑)。
佐藤:だってね、施設に入る前、オグラは生徒会長やってたんだよ。そんな活発な人が歩けなくなるんだよ。
あきこ:たぶん歩き方自体を忘れてたんだと思う。
──そういう施設は特殊というわけではなく…?
佐藤:それが、そこすごく評判がいい施設だったの。最初、オグラの姉ちゃんが「面会に行っても一切笑わないし、全然しゃべれなくなった」って心配してうちに相談に来たんだけど、いくらなんでも話しを盛ってるだろと思って。その施設の評判をまわりにたくさん聞いたら、環境も整ってすごくいい施設だって言うし。でも実際にオグラが来たら、ほんとうに廃人状態。ここまで人が変わってしまうんだ、と。だってさ、何年も同室だったひとの名前をひとりも覚えていないんだよ。そんなことある?
コンポーザー・佐藤一成
──ほんとに空白の数年間なんですね。ただ、これを読んだ人に誤解してほしくないのは、にじ屋は決して家族を否定しているわけじゃないということで。今の生活で施設が必要だったから「施設の中にも夢はある」と信じていないとやりきれない気持ちはわかる。だから、そうせざるを得ない社会の現状への批判ですよね。
佐藤:そう。その状況が家族や親を追い詰めているんだよね。うちに毎日遊びに来てる子がいたんだけど、それを親がやめさせたの。でもその子はその後も変わらず来てるんだよ。
ノブ:うん。自分から遊びに来るの。
──なんで親御さんはやめさせたかったんですか、障害者団体っぽくないから?
あきこ:うちは連絡帳とかはないから、彼がうちにきてなにをしてどうやって過ごしているかを教えてもらえないのが不満みたいで。
佐藤:最初は親御さんも喜んでいたんですよ。自分も親の介護をしていたから、やっと手が離れたって。それがなんで180度変わったかっていったら、介護が終わったから。
──自分の依存先を求めているんでしょうか。
佐藤:こういうことっていっぱいあるんだよ。
あきこ:それはそれで不幸だよね。
佐藤:お母さんがべったりっていう子もいて、家に帰ると出られなくなるって言うんだよ。だからにじ屋に毎日泊まりたいって。知的に障害があるとそれをどう表現してどう抜け出せばいいかわからないから。このクソババア、みたいなわかりやすい反抗期ができないまま。
あきこ:そして余計にお母さんが、この子はわたしがいないとだめなんじゃないかって。
佐藤:でも親を悪者にしてもしょうがないんだよね。だってうちに来る前に、イチマルの親だって「親が面倒をみろ」って散々言われてきて、ちょっと出かけても「親はどこにいるんだ」って言われて、イチマルがなにかをしても本人に怒るんじゃなくて、親が怒られてごめんなさいごめんなさいって、そうやって生きてきたのに。だから親を責めるのもまた違うんだよな。
──施設は施設で、ちんどんの『ションベン』の歌詞みたいに、トイレに行きたいけど呼んでもこないとか、何回も呼ぶと怒られるとか。
佐藤:それなのに「俺にも希望があった」なんて、嘘つけよって。だから「親が面倒を見られなくなったら施設に行けばいいじゃん」っていう、今の社会の仕組みが悪いと思う。だってイチマルなんかより全然できるやつが施設にいるんだから。
ノブ:あはははは、そうそう(笑)。
イノウエ:そう、いっぱいいる。オグラもそうだった。
イチマル:あはははは!(全然聞いていなかったけど空気を読んで笑う)
──あの事件後、ここまではっきりと施設は解体っていう意思表示をしたのは、にじ屋だけだったんじゃないかなと思うんです。しかも即時ににじ屋の機関紙(※毎月発行している)に出しましたよね。
あきこ:ありがたかったのは、その記事を読んだ方が「自分たちは施設のことをなにも知らなかったから教えてほしい」って言う人がたくさんいたことなんです。
佐藤:だから、仮定の話しだけど、施設の中の状態を見ていた植松被告がもし、施設で働いていた数年の間に感情が変わっていってしまったのだとしたら、最初に彼の抱いた「これはおかしい」という感情は我々と近かったはずなんだよね。施設での暮らしに一緒に疑問を抱いてくれる人がいなかったなら、やっぱりそれはおかしい。だから、殺すなんていうバカな考えに発展しなかったら、俺らと一緒に「これはおかしいぞ!」と声をあげることができたかもしれない。
イノウエ(自称リーダー)