若い頃の根拠なき自信がないとつまらない
──「月食」のように赤い月が浮かぶ夏の雄大な夜空を情感豊かに描く叙情派路線、「SAME-OLD SAME-OLD」のように歩きタバコをしてポイ捨てする俳優に怒りをぶつける直情直結路線と、恭一さんの歌詞は大きく分けて2パターンありますよね。
杉本:曲作りは完全に洋楽志向なので、どちらのパターンでも最初はデタラメな英語の歌詞を乗せてるわけ。それを日本語に変える作業にいつも時間がかかる。言葉の響きと曲の世界観と言いたいことが合致すれば自分のなかでOKが出るんだけど、これがなかなか難しい。まぁそれはレピッシュの頃からずっとそうなんだけど、当時はもっといい加減だったからね(笑)。
──歌詞の試みとして面白いと思ったのは「時間」なんですよね。〈時間〉という言葉から連想される〈守る〉、〈やぶる〉、〈進む〉…といった動詞をパッチワークのように切り貼りしていく手法が曲の世界観にマッチしていて。
杉本:あれは完全にコラージュだね。仮タイトルの時から「時間」で、〈時間〉で思いつく言葉をただ並べていったものなんだけど。あの語りの部分も最初は適当な英語だったんだよ。
──知的な歌詞や物語性のある歌詞も良いですけど、「DaLaLaLa-Ta-Ta-Ta」のような特に意味をなさない言葉が羅列された歌詞もロックンロールの醍醐味だと思うんです。クリスタルズの「Da Doo Ron Ron」、リトル・リチャードの「Tutti frutti」、マンフレッド・マンの「Doo Wah Diddy Diddy」、ポリスの「De Do Do Do, De Da Da Da」のように、意味を伝えることよりも意味のない言葉にこそ感情を揺さぶる何かがあるのが面白いですよね。
杉本:ロックンロールってそういうものだからね。それもその人の言葉に聴こえなくちゃ意味がない。そこが自分の判断基準なんだけれども、近年、自分にしかわからない欲求が上がってて、その及第点を超えないとなかなか完成という気持ちにならないんだよ。ただ、振り返れば何も考えずにつくった曲がずっと残ることもあるし、時間をかければ良いとか、時間がかかってないものが良くないとか、音楽ってそういうことじゃないからね。たまたま今回はかかってしまったというだけで。ちなみに「DaLaLaLa-Ta-Ta-Ta」はもともとサイケデリックなアレンジだったんだけど、歌詞がああなっていくなかでミックスとマスタリングでニュアンスが変わったんだよね。
──「アリカ」は窮屈な時代のなかで〈だけどライブハウスは今日も音が鳴る〉と高らかに唄われるライブハウス讃歌とも言うべき元気の出る楽曲ですね。
杉本:やってることは正しいけど窮屈になってる昨今を唄う歌が今回のアルバムには多いんだけど、ライブハウスは変わらずに我々の居場所としてそこに在るというかね。不安ばかりの毎日なら〈ズル休み〉をすればいいし、おおらかな心を剥ぎ取られるようなことがあればいつものライブハウスへ行けばいい。これがまだ20代だったらただ文句を言う歌だったり、「そんなのブチ壊せ!」とか言うような歌をつくってただろうけど、この歳になると「ズル休み」や「アリカ」みたいな表現になるんだろうね。
──優しくノスタルジックな曲調の「世界本店」は、不寛容な時代が失ったユートピアを唄っているようにも聴こえますね。
杉本:世界本店というのは山谷に実在した立ち飲み屋でね。最近はもうあの辺へ行ってないけど、テレビの報道を見る限り、今も変わらずドヤ街のムードは変わってない気がする。表向きはキレイになったけど中は何も変わらず、ひょっとしたら今のほうがもっと窮屈になってるかもしれない。まぁ、「世界本店」で言いたかったのは時代の移り変わり以上に、『あしたのジョー』の舞台になったドヤ街に「世界本店」とまで言い切った立ち飲み屋があったってことなんだけど(笑)。あと、若い頃にあった根拠なき自信が今もどこかにないとつまらないってことかな。「世界本店」っていう大仰なネーミング、その思い上がったセンスに気持ちが高まるっていうか(笑)。
──〈バンドを始めてまだ間もない頃/みんなで遊びに来たのさ〉という歌詞はほぼ実話なんですか。
杉本:そうだね。現ちゃん(上田現)がああいうドヤ街が大好きで、どっかの雑誌の撮影で行ったこともあった。そのレピッシュのアプローチは失敗に終わったけど(笑)。
──歌詞にある通り、世界本店へ行った時の写真も存在するんですか。
杉本:現ちゃんが亡くなって、現ちゃんに捧げた「空と踊る男」が入ってる『Electric Graffiti』を持って現ちゃんの奥さんのところへ行った時に「こんな写真が出てきた」って言われて渡されたのが、山谷で現ちゃんと俺がはしゃいでる写真でね。「世界本店」は自分のなかでその写真のイメージそのままの曲かな。
音楽がないと生きていけない
──アコギを基調として語りかけるように唄われる「サビイロ」が顕著な例ですが、本作もとにかく恭一さんの歌が艶っぽくていいんですよね。
杉本:これだけ長くソロでやってると〈歌うたい〉という意識が随分と高くなってるよね。もちろんギターと合わせてなんぼなんだけど、ずっとひとりで弾き語りをやってると、ギターがどうのこうのという以上にまず歌でちゃんと表現したいと思うようになった。その辺の意識はだいぶ変わってきたかな。今回のアルバムでも、ギタリストだからギターでいろいろと変わったことを聴かせなきゃとか、あまりそういう意識はしてなかったしね。『MARKING POINT』や『MAGNETISM』の頃は「そろそろちゃんとギターをやるか」って気持ちがあったけど(笑)。近年はそういうのがなくなってきて、逆に複雑になったり難しいことをしてるんだけど、別に長いリードがなくてもいいし、テクニックや変わったサウンドで驚かせたりしなくてもいいかなと思って。どんなサウンドのなかでも歌がちゃんと伝わればいいわけだから。
──歌のレベルも及第点がどんどん上がっていく一方なのでは?
杉本:どうだろう。今回、歌録りはけっこう早かったね。時間が経って言葉を変えたり、部分的に録り直したところはあったけど。唄い方や言葉の載せ方を何パターンかクマやまんぢゅうに聴いてもらって、そのなかでどれがいいかのセレクトが見つかれば録りは早い。その曲に合った唄い方を見つけるまでは何テイクがやってみるけどね。
──アルバム・タイトルの『think outside the box』は〈既存の枠にとらわれない〉、〈型にはまらない考え方をする〉という意味ですが、これは恭一さんの信条を表したものですか。
杉本:そうだね。これまで出した8枚のアルバムもそうなんだけど、今回はより想像力を使って聴いてもらいたいなと思って。
──ロックにせよバンドにせよ、一定のフォーマットに則ったものじゃないですか。その既存の枠をどうはみ出して新たな表現を生み出すかというパラドックスがありますよね。型にはまってどれだけ型破りなことをやるのかという。
杉本:レピッシュを始めた頃は、メンバー5人とも実力がないくせして型破りなことをやろうとしてたんだよ。まだ若くて音楽の知識もないのをいいことに、誰かがやってることは絶対にやらないとかね。最初はそうやって誰々風とか何とか風みたいなのを嫌うバンドだったんだけど、次第にそれだけじゃやっていけなくなる。それで遅れて音楽を勉強するようになって、いろんなことを覚えていく。だけど小慣れる前に、型にはまる前にまた壊してしまう。結局はその繰り返しなんだよね。
──こういう窮屈な時代だからこそ〈型にはまらない考え方をする〉ことが大事というメッセージがタイトルに込められているようにも思えますが。
杉本:もちろんそれもある。みんながちゃんとルールを守るのは間違いなく正しいことだし、それで街がキレイになるのもいい。ただ何事もやりすぎは良くない。なんだか正しさの概念が押しつけがましくなってきたし、そこをちょっとズレたら社会から総攻撃を受けそうな状態はあまりにもしんどいよ。誰かにずっと見張られて生きてるような感じで、このままじゃ耐えきれずに爆発してしまう人が増えそうだし、もっと寛容さがほしいね。特に俺たちはおおらかな時代に青春を過ごせたから余計にそう思うのかもしれない。
──「アリカ」で唄われている通り、おおらかな心を取り戻すにはライブハウスに来るのが一番ですよね。
杉本:それが音楽の力だからね。最近は近所迷惑で怒られるからなんだろうけど、街を歩いていてもどこかの部屋から音楽が聴こえてくることがなくなったよね。iTunesで音楽を聴くのももちろんいいけど、人目を気にせずでかい音を浴びるならライブハウスがあるよってことかな。ライブハウスは俺を含めて〈音楽がないと生きていけない〉人たちの居場所だからね。
──恭一さんはどれだけ生みの苦しみを味わっても〈音楽がないと生きていけない〉んですね。
杉本:音楽のなかにどっぷり浸かっても飽きることはないし、バンドで音を出してる時は最高だし、ソロの弾き語りはバンドとまた違った快感があるしね。そもそも今の自分があるのは音楽のおかげだから。まだ何者でもなかった若い頃に音楽を好きになって、自分で音楽をやるようになって初めて前が見えるようになったからね。今も新曲をつくると聴かせたくなるし、聴かせたくなると作品をつくりたくなるし、ライブもやりたくなる。生みの苦しみを味わってる最中は「もうこれで最後かな」とか思ったりもするけど、こうしてアルバムができるとまたすぐにでもつくりたくなるし、また音楽をやらせてもらう権利をもらった気にもなる。その繰り返しだね。音楽という表現で人を楽しませたり、びっくりさせたり、格好いいと思わせたり(笑)、いろいろとやりたいことがあるけど、やっぱり俺は〈音楽がないと生きていけない〉んだよ。