"think outside the box"、すなわち〈型にはまらない考え方をする〉。杉本恭一のソロ通算9作目となるアルバムのタイトルは、なにかと窮屈なこのご時世を軽やかに歩むヒントのような言葉だ。肝心のアルバムの中身は、迷い道を行くくらいなら寄り道をしよう、一緒にズル休みをしようと優しくいざなってくれる歌を始め、杉本の飾らない人柄が反映された温かみのある歌、つい鼻歌で唄いたくなる親しみやすい歌がギュッと詰まっている。奥村大(g, cho)、有江嘉典(b, cho)、中畑大樹(ds, cho)という敏腕ミュージシャンらと奏でる武骨な極彩色サウンドは老舗の味の安定感があるが、核となるのはやはり杉本の滋味豊かな歌声だ。レピッシュのギタリストがキャリアの出発点だった彼がここまで艶やかで味わい深い歌を聴かせるボーカリストになると誰が予想しただろうか。ソロ活動開始から今年で23周年、作品もライブも自己ベスト記録を更新し続ける今の杉本こそ必聴必見だ。(interview:椎名宗之)
『ピクチャーミュージック』の再現ライブをやった意義
──ちょっと話が遡りますが、昨年の3月に高円寺HIGHでファースト・アルバム『ピクチャーミュージック』の再現ライブ(『イチ「ピクチャーミュージック」か!バチ「STEREO 8」か!』)を敢行されましたね。あのライブをやったことで当時31歳だった恭一さんがやろうとしていたことを再認識したり、改めて感じたこと、また本作『think outside the box』の制作にフィードバックしたものはありましたか。
杉本:あの頃は譜面をちゃんと残してなくて、ライブをやるにあたっては一からコピーし直す曲がほとんどで大変だった。でも想像以上に自由にやってたし、アレンジ的にもいろんな仕掛けが施してあるんだなと思ったね。良くも悪くも自分がジョン・レノンくらいの天才じゃないかとまだ勘違いしてた時代だから(笑)、どれも難曲だけど自由にやってたのはわかった。あのライブが今回のアルバムにどう作用したかはわからないけど、なかなかやれないことだから貴重な経験だったとは思う。
──そもそもどんな経緯で『ピクチャーミュージック』を再現してみようと思い立ったんですか。
杉本:HIGHにはイベントでは出てたけど、初めてワンマンのオファーがあってね。10周年ということだったし、ブッキングに関わってる奴とは若い頃からの知り合いで、せっかくならそいつにも喜んでもらえるものにしたかった。それならファースト・アルバムと最新アルバムをいっぺんに聴かせれば面白いんじゃないかと思って。その対比で音楽的なギャップはなかったと思うけど、ファーストの曲はキーがどれも高かったね(笑)。でも結果的には下げずにやったし、まだギリギリできたかな。
──『ピクチャーミュージック』のように20年以上経っても普遍性の高いアルバムを一枚でも多くつくりたい、その思いが今回のアルバム制作へのモチベーションになったりはしませんでしたか。
杉本:再現ライブをやったことで、ますますゼロになろうとした感覚はあったね。それまでの何作かは「この曲は今回のアルバムには合わないかな」と次のアルバムに持ち越したり、たいてい何曲かストックがあったんだけど、今回はそういうのを全部捨てて、全曲を新たにつくりあげていった。そういうことができたのは、あのライブをやったからかもしれない。ストックがない状態でアルバムを完成させたのは、たぶんこれが初めてじゃないかな。
──ツイッターを拝見すると、だいぶ前からレコーディングに取りかかっていましたよね。
杉本:曲をつくり始めてからマスタリングまで丸1年かかったね(笑)。「今年は絶対にアルバムをつくるぞ!」と決意して、2018年の元旦にできたのが「Rain Song」だった。
──そうだったんですか。しかも恭一さんの場合、絶え間ないライブと並行してのアルバム制作だから時間は否応なくかかりますよね。
杉本:再現ライブが終わったと思ったら、すぐに『アコギの夜』の準備に入ったりしてね。ライブの仕込みに入ると同時進行できなくなって、アルバムのことは一旦置いちゃうんだよ。これだけ長く時間がかかったレコーディングは今回が初めてかもしれない。『ピクチャーミュージック』もレピッシュの空いた時間を使って、完成までけっこう長くかかった記憶があるけどね。
──今回、そこまで時間がかかってしまった理由として、ライブ以外に思い当たる節はありますか。
杉本:それはもう明白で、良くも悪くもキャリアが長くなってきたぶんだけ欲がどんどん深くなってきてるから。聴く人によっては今回も杉本恭一らしい楽曲だと感じるかもしれないし、手癖みたいな感じに聴こえるかもしれないけど、自分のなかでは今までと違うところを見つけたいと毎回思ってるし、何か新しいものを見つけられないとOKにはならない。言ってみればだいたいのことはやってきたからね。言葉はまぁ、それが仮に同じような言葉だとしても、自分がその時に言いたいことだからしょうがないんだけど。
自分らしい言葉以外は使いたくない
──「サビイロ」に〈同じようなことして遊んでるのさ/ちょっとだけ歌詞が違う同じ歌で〉という印象的な歌詞がありますが、老舗の味にひと手間加えて新たな味に仕上げるのはなかなか難しいだろうし、自ずと時間もかかりますよね。
杉本:確実にかかる。あと、環境的な変化もあった。レピッシュから俺のソロ作、『PENNY ARCADE』以外の全作でタッグを組んできた松本大英というエンジニアがいてね。若い頃はやたらケンカもしてたけど、『MACKA ROCKA』、『7↓8↑』、『STEREO 8』といったここ何年かの作品では阿吽の呼吸で絶妙なやり取りができていて、良い相方というよりも二人で杉本恭一をやってるくらいの感じだった。その大英が2017年にエンジニアを完全に引退してしまって、そのことも時間がかかった要因ではある。奴に頼ってたこともいっぱいあったし、奴が担ってくれてた部分を一人でできるか不安もあったしね。
──大事な片腕を失ったわけですね。
杉本:まさそういうレベルだった。でも今回はエンジニアのクマ(熊手徹)やマネージャーのまんぢゅうが多大な力を貸してくれたし、新たな環境でこうして良いアルバムをつくれたのはまたひとつ大きな自信になったね。
──恭一さんの持ち味はそのままに、全体を通してフレッシュな印象を感じるのは新たな環境で臨んだ背景があったからなんですね。
杉本:若いクマに対して「俺の音はこうだから」と押しつけることは最初からやるつもりもなかったし、俺が出して奴が録る音、ミックスに向かう音を受け止めながらゴールを見つけようとしたのが良かった。それに奥村大、有江嘉典、中畑大樹の3人は最強だし、信頼しきってるしね。
──〈あれもこれも全部サボってやろうぜ〉と聴き手の背中を押してくれる「ズル休み」のようなミディアム調の曲をリード曲にしたのも新しいですし、それを配信で先行発表したのも新たな試みですよね。恭一さん自身は音楽配信を利用しているんですか。
杉本:普通にiTunesで買ってるよ。俺は整理整頓が全然できないタイプで、CDをアルファベット順に並べるとかができない。CDをデータ化したら全部押し入れ行きだね。そういうタイプにとってiTunesはアルファベット順に検索できるからラクでいいけど、配信は何を買ったか忘れてしまう。「あれ、最近聴いてたの何だっけ?」と思うと、アルファベット順では見つけられずに、結局は〈最近追加した項目〉で見つけることが多い(笑)。
──普段利用しているのであれば、配信リリースにも抵抗はなかったわけですね。
杉本:うん。ちょうど『Tail Peace Tour』の最中だったから、配信で先行して出すのも面白いかなと思ってね。「ズル休み」と「アリカ」と「SAME-OLD SAME-OLD」はすでにツアーでもやっていたから。実を言うと、どの曲を配信しようかと迷う以前に仕上がった曲を配信するしか選択肢がなかったんだよ(笑)。そのレベルまで追い込まれてた。
──ちなみにアルバム完成のゴールが見えたのはいつ頃だったんですか。
杉本:秋口だったかな。けっこうギリギリだったし、今回は我ながら本当によく間に合ったと思う(笑)。
──「月食」のめくるめく幻想的なギター・ワーク、「時間」の時空旅行をしているような浮遊感、「Rain Song」の雨風と呼応するかのような緩急のバランス、「アリカ」のドタバタしたブギー感、「2023」の近未来を想起させるサウンド…と、どの曲も想像力を掻き立てられるような微に入り細を穿つアレンジが施されているし、やはりそこに一番時間を費やしたんですか。
杉本:ところが作曲と編曲はすごく早めに終わったんだよ。聴いてもらう曲順も夏頃には決まってたしね。時間がかかったのは全部歌詞。歌詞がとにかく遅いんだよね。たとえば誰かの歌を聴いても、あまり格好良くないことでもこの人が唄ってるから格好良く聴こえるんだなっていうのがあるじゃない? それと同じように、俺が話してるような言葉以外は使いたくない。どれだけ格好良い言葉でもその人の言葉らしくなければ全然耳に入ってこないし、ダサくて使い古された言葉でもその人らしい言葉ならOKに聴こえる。そういう自分なりの言葉を見つけるのに時間がかかるのかな。