制約があるようで自由度は高い
──今回のアルバム収録曲には朗読やセリフが多いですが、戸川さんが歌で演じていると言うか、歌の中に戸川さんの女優の側面が出ているように感じますね。
戸川:そうですね。ただそれもライブのほうがより強く出ていると思います。さっきも話した通り、レコーディングはライブよりも抑えめに唄いましたから。やろうと思えばもっと演劇的な要素を入れられるんですけど、そこをあえて抑えて、音階やリズムを重視しました。
おおくぼ:唄い方はある程度決まっているので歌のテイクはそれほど重ねなかったんですけど、セリフの部分は何度も録り直したので戸川さんのこだわりを感じましたね。「愛はかげろうのように」のセリフもそうだし、「肉屋のように」の朗読もそうだし。
──本作を聴くと、数年前と比べて戸川さんの声の張りがだいぶ戻ってきたのを感じるし、七色の声を巧みに使い分けるボーカリストとしての凄みを改めて感じますね。
戸川:実はカラオケボックスで人知れず訓練しているんです。わたしのソロやヤプーズの曲が入っているから、それを大音量で鳴らしてマイクを使わないで発声したりして。カラオケボックスって、マイクを使わないとすごく声を吸われるんですよね。それでだいぶ腹筋が鍛えられました。
──そんな鍛錬の場があったとは…。
戸川:「声が劣化した」なんて言われたこともあったから、初心に返ろうと思って「蘇州夜曲」や「支那の夜」、「銀座カンカン娘」といった懐メロをカラオケで唄ったりもしましたよ。ゲルニカをやる前のわたしの原点は懐メロだったので。懐メロはちゃんと声楽を習った人が唄っているから意外と難しいんです。しかもマイクを使わないで唄うから訓練になって、だんだん声が出るようになったんですよ。
おおくぼ:そういう成果が今回はよく出てますよね。「バージンブルース」も今までにない新しい唄い方だし、「王様の牢屋」も他のレコーディングでは聴いたことのない独特な唄い方ですから。
戸川:「王様の牢屋」も「愛はかげろうのように」もおおくぼさんとのデュオじゃなければやれませんよ。バンドではできないことをやれるのは楽しいです。
おおくぼ:それを含めて、戸川さんの歌の新しい表情が聴ける作品になったと思いますね。
──レパートリーは他にもたくさんありますし、この調子で行けばまたアルバムを作れそうじゃないですか?
おおくぼ:まずはこのアルバムが売れてからですね(笑)。
戸川:わたしもおおくぼさんもめちゃめちゃエモくなっているライブ盤とか出したら面白いかも(笑)。
おおくぼ:ライブから始まったユニットだし、最初はライブ盤を出すことも考えたんですよね。ライブでは毎回アレンジを変えたり、即興的なことをやっているので、今回のアルバムではそういったライブのレパートリーをひとつの雛形として残しておきたかったんです。
戸川:わたし、おおくぼさんにひとつお願いしたことがあったんですよ。こんなことを言ってしまって申し訳ないと思ったんですが、「クレオパトラの涙」の間奏をライブよりも短くしませんか? と提案したんです。
おおくぼ:最初、「クレオパトラの涙」のトータルタイムが10分くらいになっちゃったんですよね(笑)。
戸川:ライブでは即興ですごく長くしていただいても構わないんですけど、スタジオ録音では標準サイズにしたほうがいいと思って。
おおくぼ:たしかに。あと、スタジオ録音ではスタジオ録音でしかやれないことをやりたかったし、最初は他の楽器を入れた曲があってもいいのかな? と思ったんですけど、やっぱり歌とピアノだけにこだわったほうがいいと思い直したんです。歌とピアノだけの構成を徹底したので、かなりストイックな作品と言えますね。
──お話を伺っていて、まだ開けていない扉がある、伸び代のあるデュオであることがよくわかりました。
戸川:まだ開けていない扉もあるし、開けている扉でもまだ少ししか開けていないのをいきなりバーン!と開けることもできるし、自然と開いた扉もあるし、やってみたいことはまだいろいろありますよ。おおくぼさんから「こういう曲をやってみませんか?」と提案を受けるのも面白いですし。“どシャンソン”以外にも四季折々の歌を提案してくださったんですよ。クリスマスの季節に「降誕節」を唄ってみたり。
おおくぼ:初夏の時期には「夏は来ぬ」をやりましたね。
戸川:今まで唄ったことのない歌を唄いませんか? と提案されるのはありがたいことだし、すごく新鮮なんです。だから「夏は来ぬ」の曲自体は穏やかだけど、わたしにとっては攻めた曲なんですよ(笑)。それこそライブでしかできないことだし、自分の中で新しい扉を開けてもらえる快感がありますね。
おおくぼ:歌とピアノだけの編成は制約があるようでいて、逆に自由度が高かったりするんです。戸川さんの曲も元の作りが自由度の高いものが多いし、いろいろと料理できる面白さがあるんですよ。
戸川:「諦念プシガンガ」をもっとウィスパー・ボイスにして繊細に聴かせることもできますからね。そういういろんなことを試せるのがライブなんです。さっきも話しましたけど、わたしにとってこのアルバムは入口で、ぜひライブに来ていただきたいんですよ。おおくぼさんもわたしもまだまだこんなもんじゃないんだ! というところをお見せできると思うので(笑)。
*Rooftop2018年12月号掲載