音楽を長く続けていくには…
——みなさんは音楽活動がとても長いと思うんですけど、音楽を長く続けていくには、何が大事だと思いますか?
aie:根性。あと健康。これは今年になってすごく気を付けてることかな。
SHIGE:健康に気を付けるって、aieさんにはまだ早いでしょう(笑)。
aie:いやいや、僕より1コ2コ上の周りの人が、長い間、楽器を背負った姿勢とかで、骨とかが軒並みにどんどん悪くなってるから。
ryo:1〜2年前は、頻繁だったもんね。
aie:そう、バタバタと倒れちゃって。長年のものが溜まってたんでしょうね。楽器を持てなくなったら困りますからね。
幸也:ryoくんとSHIGEは、世代が一緒で同期だってこと以外にもいくつか共通していることがあって。2人とも、自分で自分の作品のデザインとか、アート・ワークのプロデュースをやるってことと、2人とも1回バンドから長らく離れてるんですよね。だから逆に、1回長く離れてしまって、また本格的にバンドをやるぞってなる心境とかもどんななのかなって思うんですよね。僕なんて、完全にダラダラと惰性で続けてるだけなんで。
SHIGE:そんなことないですよ(笑)。
幸也:続けてますっていうよりは、止めてないってだけの感じなんですよね(笑)。
ryo:僕の場合は、GULLETを解散させた後、当時の機材とかを全部処分して地元に引っ込んで、3年間、先輩がやっているデザインの事務所を手伝って、初めはペットの冊子を作ったりとかそういう仕事をしてたんですけど、あんまり資金的に順風な事務所ではなかったんですね。例えば夜のお店の飲み屋さんとかの看板を作るようになっていったりとか、下世話なっていうと失礼なんですけど、「これは本当に世の中の為に立ってるのかな?」みたいな仕事ばかりが、その3年間の中で増えてきたんですね。お金を稼ぐのは、やっぱり大変なことなんだなとか思っていて。ちょうど30の大台に差し掛かってる時期で、人生のターニング・ポイントになった時に、同じ“物”を作るんだったら、結果が出なくても、挑戦して自分がやりたいことをやった方が、きっと後悔しないで死ねるだろうって思った時と、9GOATS BLACK OUTになるメンバーが声を掛けてくれたのとが重なったのが、もう一度音楽、バンドをやりますっていうきっかけでしたね。
SHIGE:なるほど。僕は逆かもしれないですね。1回止まった時は、曲が書けなくなって。止めようと思って止まったんじゃなくて、止まらざるを得なかったというか。自分が次のビジョンが見えなくなって。ライブをやろうってなった時に、前回のライブのクオリティを越えられるのかとか。これは越えられないぞってなって出来なくなったんですよね。その時に、今後自分が好きなことをやるには、レコーディングとかも自分でやらなきゃいけないなとか思って、僕は機材を集め出したんですよね。環境を構築するまでにすごく時間が掛かって。使いたい機材とかを1個ずつ集めていくわけなんですけど。
幸也:お金がかかりますからね。
SHIGE:そうなんです。そんなに安い物ではなくて。それまでのレコーディングとかは、割と環境が良かったというか。お金を掛けてレコーディング出来る環境にいたんで、それを越えるってなると、相当やらなきゃいけないぞってなって。機材を集めながら、曲をリハビリしたりとかして、それに時間がすごく掛かって。で、これでいけるぞってなった時に、きっかけは幸也さんなんですけど、幸也さんから「俺のライブでちょっと手伝ってくれよ」って言われて、一緒のステージに立って。久し振りにステージに立った時に、全部思い出すというか。やっぱりライブって素晴らしいものだなって思って、また活動を再開させたっていう経緯があったんですよね。
幸也:一緒に設立したレーベルの10周年のイベントがあって、その時に「久し振りにちょっと出てよ」みたいな。そのライブがきっかけみたいな感じですかね。
——タイミングって、本当に大事ですよね。声が掛かった時も、タイミングが合ってなかったら断ってしまいますよね。
SHIGE:本当にそうですね。ryoくんは、何年くらい離れてたんですか?
ryo:3年くらいかな。
SHIGE:僕は7年くらい離れてました(笑)。
ryo:長いね。時間を掛けましたね。
SHIGE:1から自分でこれなら出来るぞっていう環境を作り上げるまでに、結構時間が掛かりましたね。機材面もそうだし、デザインとか、金銭面もそうだし。自分で全部をやってやろうって思ったから。
ryo:意志が明確だったんだね。
SHIGE:そうですね。逆に言うと、レコード会社に所属していて、こんなやり方でずっとやっていくのは無理だぞって思ったんで。これからの時代は、自分で気に入ったものを作るっていう、ちょうど多様化していった時代なんで、一極集中っていうのは終わってしまうなって2000年くらいに思ったんですよね。これからはインディーズで、自分たちの好きなことを好きなようにやるのが、長く音楽を続けるには必要だなって。僕の場合、そういう意味では近いところに幸也さんがいたんで。幸也さんって僕の中では、インディーズの中でも、運営から何からも自分で何でもやって、それですごく上手く回ってる代表的な人だったんで、その背中を見ていて、これからはこれだなっていうのをすごく思ったんですよね。
幸也:俺は本当に止めるタイミングが分からなかっただけなんですよね。お金がもらえたんで。
一同:(笑)
ryo:すごいのは、ただ止めなかっただけじゃなくて、普通は止めざるを得なくて止める人の方が多いじゃないですか。止めなくて良かったのをずっと続けられたっていうのがすごいですよね。
幸也:そうですね。いろんなことがありますよね。興行面とか集客とかだけではなくて、もっと言うとプライベートな家庭環境とかも含めてだと思うんですけど、恵まれてるっていえば恵まれてたんでしょうね。止めなくて済んだことには、感謝はしてますね。珍しいじゃないですか。すごく売れて有名になった人だったら、バーンって爆発した余力でずっと何年も生きていけますけど、俺みたいに、1回も売れたことがない奴が、フワフワっと20年やってる例って、芸能界や音楽業界でもあんまりいない感じで、俺も自分と同じような人にはあんまり会ったことがないんですよね。ずっとアンダーグラウンドなまま生きてるみたいな(笑)。
ryo:俺が聴いてた時は、D≒SIREはもう名盤ですよ。
幸也:いやいや、割とフワフワっと。ラッキーです(笑)。
SHIGE:幸也さんって、プロデューサー視点というか運営側の視点も持ってるんで。僕らなんか、割とミュージシャンの視点だけでやってて、分からないことは事務所が何とかしてくれるとか、レコードメーカーが何とかしてくれるっていう考え方だったのを、元々そういう視点があるから、運営を自分でコントロールしてて、ものすごく斬新というか、珍しいというか。
——確かに。昔は自主で全部をって人って、そんなにいなかったですよね。
SHIGE:そんなにいなかったんですよね。当時は雑誌とか見てても、人気があるバンドの人たちは、「あっ、この事務所の人なんだな」とかっていう感じでしたけど、幸也さんだけ『極楽レコード』とか書いてあって(笑)。
一同:(笑)
SHIGE:「えっ?! 極楽って何だろう?」って(笑)。
幸也:(笑)ふざけたままで来てしまったんで。
ryo:aieさんは? 音楽を長く続けるには?
aie:根性ですね。
一同:(笑)
SHIGE:やっぱり根性(笑)。
幸也:もうだって、aieさんも『david skull no records』の社長ですからね。
aie:そうですね。もう15年くらいになりますかね。
ryo:あー、そんなに経ったんだ。
SHIGE:レーベルの?
aie:はい。まあ、僕らしかいないですけど(笑)。